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乙女ゲーイベントが発生しませんけど!

 魔法学校入学式のイベントで、出会える男の子は、主人公の行動で変わってくる。


 入学時式にむけて、登校中、曲がり角でぶつかって出会うのがアカツキ君。

 在学生代表として、新入生に言葉を送るのが攻略対象の一人。

 裏庭で、入学式に出ることなく、昼寝をしているのも、攻略対象の一人としている。

 間違って私の教科書を持ってきてしまった、と新しいクラスにやってくるのがクルト君。

 入学式のイベントで出会えるのは、この四人だ。

 テオはもう最初からいるので数に数えていない。

 アカツキ君は正統派さわやか主人公で、私が望むべきルートの一つであるのは確信している。

 だから入学式の日は、必ず、アカツキ君と曲がり角でぶつかるイベントを迎えなければならない。

 アカツキ君とのイベントを重ね、彼のルートを選び、平和なエンドで人生を終えたい。

 例え、三次元の彼を好きじゃなくても?

 心の中に出てきた疑問を振り払う。

 二次元の彼が好きなら問題ないだろう。

「問題ないはず」

 よし。

 今日クルト君は先に学校に馬車で行っている。生徒会という名の学校ボランティア集団に入っているクルト君には入学式の準備があるからだ。

 そう、今日は魔法学校での入学式だ。

 とうとう、やり直しのきかない乙女ゲームが始まってしまう。

 人生をかけた乙女ゲームだ。

 というか、人生だ。

 ん? 人生って乙女ゲームだったか?

 ともかく。

 魔法学校の入学前の今日まで、三日に一回はアカツキ君の仕立て屋に通い、交流を深めていた。彼の妖精とも仲良くなれた自信はあるし、好感度でいえば、攻略キャラクターの中で頭一つ抜けている……かもしれない。

 選択肢がないし、好感度を表すものもないので、全て希望的観測なのだけど。

 悪い印象は持たれていないはず。

「よし、問題ない! 大丈夫!」

 攻略できる!

「問題大ありなんだよ、この馬鹿! 寝坊しやがって! なんで誰も起こしに来ねえんだよ! 今日に限って!」

 テオが私の頭上をイライラしながら飛び回っている。赤ちゃんのおもちゃみたいで少し面白い。遅刻しても、私が余裕なのは、それが計算の上だからである。

 アカツキ君に出会うためには、遅刻しなくてはいけない。

 最初のイベントスチルは、パンを加えたままの状態の私と、ぶつかるアカツキ君だ。

「しょうがないよ、クルト君のお父さんが早朝に帰ってきて、また出張に行ったんだからさ。準備やらなにやらで大忙しだったし、メイドさんも眠いんだよ」

「なんでてめえは余裕なんだよ! 走れ!」

 今から馬車を準備するより、テオに高速魔法を足に掛けてもらい、走った方が早い。

「テオは学校の先生の誰かに、遅刻するかもですって先に言ってきて!」

「あーもう! 高速で! 素早く! 安全に! 速やかにこい!」

「テオが私の安全を案じてくれている……!」

「ルクトとレモネに怒られるからだよ!」

 叫ぶと同時にテオは目の前から消えた。

 学校に先に走ってくれているのだろう。妖精単体で走った方が速いから、確かな判断、確かな采配である。さすが私。

 そう、これこそ、アカツキ君とのイベントに入るための布石。

 私は高速魔法を使い、学校まで駆けていくだけである。

 おっと、口にフランスパンをくわえるのを忘れずに。



 王道ルートのアカツキ君に出会うはずの曲がり角まで走ってきた。

 これぞ、少女漫画の導入、乙女ゲームの始まりの台詞を口にする。

「いっけなーい! 遅刻遅刻!」

 フランスパンをくわえながらではあるが、きれいに発音できた。

 序盤のイベントを、これほど必死に真面目に頑張る私はなんて偉いんだと自己持参。

 魔法がかかった足で、軽やかに曲がり角を曲がり、駆け抜けていく。

「え?」

 いやいやいや、駆け抜けてはいけない。

 アカツキ君とぶつからなくてはいけないのだ。

 立ち止まって、人影を探す。裏道と呼ばれるところを通っているため、人通りがない。

 早朝ということもあるだろうけれど、どういうことだ。

 人っ子一人いない。

 アカツキ君が、いない。

「え、なんで? 愛ちゃん! 説明求める!」

 空に叫んでも何も返答なし。

 ここでアカツキ君に出会わなければ、一体どういうイベントになるのか。

 通常であれば、ここでアカツキ君にぶつかって、二人して倒れこんで。

 自己紹介、それから入学式に向かう同じ新入生だとわかり、二人で一緒に校門まで駆けていくのだ。

 息切れしながらも、どうにか間に合い、彼の精霊のトーンに身なり、髪型を直され、無事に入学式に出席するのだ。

 そこから、魔法学校での毎日が始まる―――。

「うそでしょ……」

 あたりを必死に走り回るけど、あの黒髪の男の子の姿は一切見えない、影もない。

 口にくわえていたフランスパンも、もう食べてしまった。

 もしかして、魔法学校入学前に、アカツキ君にあってしまったから、未来が変わったのだろうか? 背筋が冷たくなる。

 アカツキ君と出会い、交流を深めたことが、逆に、彼とのイベント内容を変えるきっかけになってしまったのか。

 頭を抱える。ここからどうやって、アカツキ君のイベントに持っていくのかがわからない。

 イベントという事前情報がない限り、私はこの世界においてただの人間だ。

 予知の魔法が使えるならともかく、彼が、今、どこにいるのかもわからない。

 普通に魔法学校に行くしかないだろう。

 頭の中がぐるぐると、彼のイベントを思い出し始める。

 次のアカツキ君大きなイベントは、食堂でのイベントだ。お弁当とお金を忘れた彼に、私が半分お弁当を差し出すのだ。

 それまで、彼とのイベントはない。

 そのうちにルクト君とのイベントが進んでしまう可能性は、ある。もう一人の高圧的な男の子とのイベントが進んでしまう可能性もなくはない。

 入学の時点で、アカツキ君か、もう一人の男の子とイベントを立てておくのがベターだ。

 思考を切り替える。

男の子の名前はスイーナク・フィリベルト。

 一言でいえば、彼は無口系。アカツキ君ほどではないが、幸せなエンドを迎える男の子の一人だ。

 私と同じく新入生である彼は、持ち前のマイペースさで、入学式をさぼり、木の上で昼寝をしている。

 選択肢の分岐としては、真面目に入学式に遅刻しないルートで会える方の男の子であるため、急ぐ必要がある。

 入学式に間に合ったうえで、会場がわからず、学校内で迷っているところで出会うからだ。

 中庭でぐうぐう寝ている彼に、私が「入学式の会場どこだかわかりますか」と聞くことから始まる、スイーナク・フィリベルトのイベント。

 そうとなったら、フルダッシュだ。

 テオがかけてくれた魔法に重ね掛けをして、さらに効果を増そうと試みる。アカツキ君を探し回って、だいぶ時間をロスしているからだ。

 ポケットから杖を取り出し、靴に向けて詠唱。白い光が靴を温かく包む。

 新しく両親に買ってもらった茶色い学生靴は、音を立てて壊れた。

「―――はいぃ?」

 魔法が失敗したと、脳が受け入れられなかった。

 さっきまでピカピカに輝いていた茶色い靴は底が抜け、走れそうにもない状態になってしまっている。

「な、なんで……」

 テオがかけてくれた高速魔法も、私の失敗魔法で打ち消されてしまったみたいだ。

 今の私は、ただのボロボロの靴を履いた遅刻野郎である。テオはまだまだ私のところに戻ってこないだろう。誰も助けてくれない。自分で何とかするしかない。わかっている。

 けれど、涙が出そうになる。

 こうなってしまえば、どのイベントにも間に合わない。

 私は、幸せになれないーーー? 飛躍した考えかもしれないけれど、マイナス思考にはマイナスの考えが重なってくる。噛みしめた唇が痛い。けれどこうでもしないと本当に泣いてしまいそうだ。腰の力が抜け、その場にしゃがみこんでしまう。

 ふ、大きな影が私の頭上にかかった。

「……何してるの」

 喋りかけられた方向は真上、涙目になりながら声のしたほうを向けば、人がいた。

 まるで、そこにガラスの階段でもあるかのように、空中に人が立っている。

 魔法学校の新入生が着るローブを身にまとい、私を見下ろしている。

 白髪で、蠱惑的な紫の瞳は、どこか人間らしさがなく、幻想的で。陶器のように真っ白な肌が、朝の陽ざしの色を反射するかのように眩しく輝いている。

「そこ、ベンチじゃないけど」

 その人間の名前は、スイナーク・フィリベルト君だった。

四人目の攻略対象との出会い。


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