【番外編】 バレンタインの日
とても甘い話になりました。
読まなくても本編に支障はないです。
「この世界にもバレンタインというものがあったとは」
うーむ、と腕を組み考え込む。
日本でイベント化された、女の人から男の人にチョコレートのお菓子をあげる日とは違うが、この国にも、バレンタインの制度はある。
バレンティアヌスの日で、バレンタイン。
この国にも昔、バレンティアヌスという人がおり、その人がした偉業を称える日だとかなんとかかんとか。
曰く、男の人から女の人に本気の愛をこめてものを渡す日だ。
この国では、どうやらそういうイベントになっている
つまり、義理チョコやら友チョコやらは一切ない。
愛情百パーセントの贈り物でなければ、本日のこのバレンタインの日に相応しくない。
ともあれ、バレンタインがあるということを知ってしまった以上、お祭り好き日本人として、黙っていられない。例え、女の人からチョコレートを渡す日ではなかったとしても、バレンタインに参加すべきだろう。
―――いや、チョコレートが食べたいわけじゃないよ。愛ちゃん。
話しかけられてもないのに、愛ちゃんに言い訳をしてしまった。
そう、この国にもバレンタインはあり、チョコレートがあるのだ。
ないと思ってた、大好きなチョコレート。
どうやら遠くの国でカカオが取れ、そこから加工することでチョコレートができるらしい。ただ、カカオの生産量が少ないため、貴重品なのだけど。
この国でのチョコレートは、むしろ小さな宝石といえるかもしれない。
茶色くて、つやつやで、甘い香りで。
考えるだけでも、うっとりしてくる。
私が現在、いるのは、館の調理場。普段はメイドさんがいるところだけど、早朝の今は誰もいない。
私の部屋の、小さいベッドの上で寝る、オラオラ妖精さんはまだ夢の中だ。
本日はバレンタインの日。
そして、目の前にはカカオ豆。
そうカカオ豆だけ。
お小遣いの関係上、完成されたチョコレートが買えなかったのだ。
カカオ豆を買うのにも、有名パティシエのホールケーキくらいの値段だったのだから。
これは、気合を入れて作らねばならない。
頭の中の知識を総動員する。
カカオを……剥く?
うろおぼえの知識で、行動を起こせば、茶色い塊の中から、さらにこげ茶の塊が出てきた。
「そうだ、そうだ! これを集めて、すりつぶしてえっと……」
なかなか大変そうな作業である。しかし、どうやら、頭の中のチョコレート知識は確かなようで、どんどんチョコレートに近づいてきている。
向いたカカオ豆を、細かく砕いて、すり潰して……。
魔法ですり鉢をまわせればいいのだけれど、魔法を使い続ける労力を考えれば、私がぐるぐる回した方が速い。テオやクルト君が魔法を使えば、ほとんど一瞬で終わる作業なのだけど。
いやいや、自分で作った方が美味しく感じるというもの。
よし。
二の腕の筋肉が悲鳴を上げ始めているが、自分を奮起させ、頑張るのである。
「レイラ見なかったか?」
メイドに聞くが、首を横に振る。
これで何度目だ。
ふわふわ浮きながら、オレ、テオドールは間抜けレイラを探していた。
「ったく、なんなんだよ」
朝早く部屋から出て行って、それっきり、戻ってきていない。
水でも飲みに行ったかと思って、二度寝をしてしまったのがいけなかったのかもしれないが。
まさか、そのままいなくなるとは思わない。
ガキじゃあるまいし。
だいたい、こんな日にいなくなるなんて、わざととしか思えない。
この、バレンタインの日に。
「あー腹立つ!」
感知魔法で、館の周囲を探るが、レイラの反応は薄い。学校や街で感知魔法を使い、レイラを探すのは容易い。しかし、館はレイラの生存反応が沁みついてしまっているため、ほとんど意味がない。
本気を出せば、位置の特定もできると思うが、どうせまた変なことして隠れてるか、もしくはどこかに閉じ込められてるレイラのことを思えば、探す気もなくなるというもの。
こういうことは、まぁ昔からあった。
レイラが危険な状態ではないことはわかるため、別に急いで探さないけれど。
「でも、イライラするな」
「テオも、レイラを探してるの?」
でた。
振り向けば、緑色の瞳を細めた男がいた。レイラの兄のような男。
「クルト……ああ、見つかんねえんだ。朝からな。館の周りにはいるはずなんだけどな」
「朝から? 困ったなぁ、今日は昼から出かけるのに」
首を傾け、眉を八の字にする。
こういう優男みたいなのが、人間の女には人気なんだろうか。
クルトの手には四角く、赤い箱がある。
「バレンタインのプレゼントか? オレから渡しといてやろうか?」
「ああ、本当かい? 助かるよ」
当たっていた。
妖精の勘というのだろうか、いや、やめておこう。
赤い箱を受け取る。魔法で浮かせて持って行こう。
大きさ的に、ネックレスかもしれない。それか首輪……なんて。いや、クルトならありえなくもないか……?
深入りしたくないため、これ以上聞かないことにした。
クルトと別れ、再び館の周辺を捜索する。昔閉じ込められてた場所、隠れていた場所には行った。となると、新しい場所でも開拓したのだろうか。
ため息しか出ない。
庭にあるバラ園の近く、ふ、と甘いにおいが鼻をかすめた。
「バラの匂いじゃねえな」
温室の中のバラ園は、魔法の影響下におかれており、年中花が咲いている。
赤白黄色、色とりどりのバラを通り過ぎ、甘いにおいの元へ行けば、ぐうすか寝ている女がいた。
温室の椅子に座ったまま、机に突っ伏して。
「こんな馬鹿女、初めて見た……」
「もう食べられない……」
「食うな!」
叫べば、馬鹿レイラがとび起きた。
かちゃかちゃと、机の上にあった皿が音を立てる。ティーセットまである。
「わ、テオ? どうしたの?」
「どうしたもこうしたもあるか! この万年ボケ娘が! なんで朝起きたら隣にいないんだよ!」
「テオ、なんか、割とすごいセリフじゃない? それ」
舌打ちすれば、ひぃ、とレイラは悲鳴をあげた。
「あ、あのね、チョコレートが……えっと、急に食べたくなって」
「急にぃ?」
治癒魔法の亜種である、人体異常を発見する魔法でレイラを見れば、どうやら二の腕が筋肉痛になってしまっているようだ。
つまり、こいつは、早朝に、チョコレートを作っていたと
こっちは、お前が三日にカカオ豆を買っていたのを知っているのだが。
メイドにでもチョコレートを作らせるのかと思っていたが、どうやらこいつは、オレの見込み通りの馬鹿野郎だったらしい。
チョコレートをカカオ豆から作るなんて、とんでもなく労力がかかる。魔法もうまく使えないこいつなら、なおさらだ。
「……なんで、オレを呼ばないんだよ」
「だって、テオに内緒で……プレゼントしたかったんだよ」
怒られたことなど数秒で忘れただろうレイラは、にっこりほほ笑みやがった。
「あんまり量は作れなかったけど、はい」
銀色の箱に黄色のリボン。
魔法で箱を開ければ、豆みたいなサイズのチョコレートが数粒入っていた。
「チョコの赤ちゃん見たいでしょ? これならテオも食べやすいよね?」
ニコニコしながらレイラはオレを見る。
早く食べてみて、と言っているみたいだ。
「……その前に一つ質問いいか?」
「? どうぞ?」
「なんでバラ園にいるんだ」
「え? 上手に作れたから、綺麗な景色を見ながら、自分の分を食べようと思って」
「なんで寝てたんだ」
「朝から頑張ったから疲れちゃって」
こいつの間抜けさには、ほとほと腹が立つ。
出会った時からそうだった。いつもイライラさせられて、こいつといて、心穏やかに時を過ごせたことなどないんじゃないかというほどだ。
大きくため息を一つつく。
「テオ、チョコレート、嫌い?」
いつもいつも、騒ぎを起こす。
問題を起こす。
面倒事を起こす。
でも
「嫌いじゃない」
チョコレートを一つかじる。
クソ甘い。
「美味しい?」
「まずくはない」
「もう!」
「これ、クルトの分はあるのか?」
「うんレモネおば様と、パトリーおじ様の分もあるよ!」
クルトだけじゃなく、奴の両親の分まである、と。
やっぱりな。
「あぁ、そうそう、クルトからバレンタインプレゼントだとよ」
赤い箱をレイラの手元に置く。
「え、あー。え?」
レイラは大変不思議そうに首を傾げた。
「バレンタインって、恋人同士のものじゃなかったっけ」
「……オレも、まぁそう思う」
それを言われてしまえば、オレも立つ瀬がない。
というか、クルトから毎年のように何かを貰ってるのに、今更そんなことを言うのか。
レイラが開けた箱の中からは案の定ネックレスが出てきた。
「綺麗……」
銀色のネックレス。先にはバラの形の飾りがついている。
ひとしきりネックレスを眺めた後、レイラはそれをつけることなく箱の中にしまった。
「これを渡しに来てくれたの? ありがとう、テオ。クルト君にもありがとうって言っておくね」
「おう」
「……どうしたの、テオ」
「あ?」
「いつもより暴言が少ない」
レイラのこういうところが嫌いだ。何も考えていなさそうで、実は人の機微に聡い。
ため息を一つつく。
「……ガラじゃねえんだけど」
魔法で隠していたものを、レイラの前に突き出す。
クルトのように、恋人たちのためのバレンタインに、妹へ贈り物をするような性格ではない。
だからこそ、それ以外の理由が必要だった。
「もうすぐ魔法学校に入学だろ? 入学祝いと、バレンタインを兼ねて、これ」
白い花のブローチ。
花畑に咲いてあるリナリアという花に、十年枯れない魔法をかけて、知り合いのオレより器用な妖精に加工してもらった。
「……別に、捨ててくれていいから。お前の言う通り、バレンタインなんて、恋人同士のものなんだから……」
オレが言い終わる前にレイラはストールの端にブローチをつけた。
「……気に入ったのか?」
「ありがとう、テオ」
今までに、見たことがないくらいの笑顔だった。
泣きそうなくらいの笑顔。
こいつの、こういうところが、好きじゃない。けど嫌いにはなれない。
「素敵なバレンタインだよ……」
「そーかよ」
「ネックレスも、ブローチももらって……それに」
「それに?」
「チョコレートも食べられたしね!」
「言うと思った」
馬鹿みたいに、能天気に笑うレイラを、今日はもう怒らないでおこうと心に決めた。
ブローチに使った花のーーー花言葉は誰も知らない。
唐突に書きました。