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三次元との接触事件

 転生前の記憶が戻って、強く残念に思うことが一つある。

 この世界には乙女ゲームも、少女漫画も何もないこと。

 つまり、二次元での愛はない。乙女ゲームの世界なのだから、当たり前かもしれないが、心に風穴が開いたような、寂しさを感じる。

 転生前の私は、愛を二次元に求めていた。

 いろんな男の子と、時には女の子と恋に落ちた。

 攻略した人数は百人、ときめいた数はそれの百倍。ときめきをもって、毎日を生きていた。

 しかし、この世界には、ときめきが二次元にない。

 魔法の参考書の中にも。

 妖精と人間の童話にも。

 あるとしても、日本でいうところの源氏物語のような、古い言葉で書かれたものだけだ。読むのは楽しい。楽しいけれど、脳内保管が多すぎて、素直に楽しめない。

 この国版光源氏が、魔法を駆使しながら十股を繰り広げる話なのだが、もう、やきもきする。なんで浮気するんだよ! と主人公を殴りたくなってくる。

 女の子が主人公の、恋愛ものがないのだ。

 ベッドに突っ伏する。

 本当は、この先、どうやって平和なルートを確立するのかを考えなくてはいけないのだろうけれど。

 午睡もいいだろう。

 レモネおばさまに、スパルタ魔法塾を怒られてから、練習は一日中ではなくなったし、縛りも軽くなった。

 休みたい、といえばテオはすんなり言葉を聞いてくれる。

「ときめきが足りないなら、自分で作ればいいのでは……?」

 天才的な発想をしたと思う。

 ベッドからとび起きて、机に向かう。ガラスペンをとり、紙に文字を書く―――。

 書けない。一文字も。

 そういえば、転生前も、読む専門で、自分で物語を生み出したことなどなかった。

 ペンを置き、机に頭をくっつける。

 八方ふさがりだ。

 平和な日々を望んでいる私だけれど、どうやら娯楽としてのときめきは欲しかったみたいだ。

 三次元とは違う、二次元の幸せ。

 青い袋のお店に行って、予約した乙女ゲームの限定版を引き取ってワクワクしたい。少女漫画の新刊を買いに本屋さんに行き、気になる少女漫画をジャケ買いしたい。

 心がもだもだする。

 この世界は嫌いじゃないけど、ときめきが足りないのだ。

「じゃあ、三次元でときめけばいいじゃんです?」

 リンとした声が聞こえた。

 はっと顔をあげるが、部屋には私しかいない。テオは朝からレモネおばさまのお手伝いをしてるから、ここにはいない。

 聞き覚えのある女性の声だった。転生する前に聞いた音。

「もしかして、愛を押し付ける者さん?」

「呼び方はなんでも良いですけど……それはちょっと」

「じゃあ、愛ちゃん」

「すごい親しみやすくなりましたねぇ」

 あきらめたような声で愛ちゃんは言う。名前って不思議なもので、愛を伝える者から、愛ちゃんに変わると一気に近所の女の子感が増す。神聖なものはほとんど消えてる。

「愛ちゃん、十六年ぶりですね」

「ええ、あなたが記憶を取り戻して以来です」

 ふふ、っと愛ちゃんは笑う。

 元気だったー? とか、最近何してんのー? とか、年頃の女の子らしく愛ちゃんの手を握りながら質問攻めにしたいのだけれど、愛ちゃんの姿はどこにもない。

「今日も、声だけなの? 愛ちゃん」

「結構忙しい身なのでね―――それより、レイラさん。言ったでしょう。私は、三次元の恋を知るためにこの世界に送り込んだんですよ?」

「別に頼んでないけど」

「二次元に愛が足りないなら、三次元に! 愛を! 求めましょうよ! 安定じゃなくって!」

 愛ちゃんは人の話を聞かない。

「愛ちゃん、忙しいならもう帰っていいよ」

「ひどいです!」

 さめざめと愛ちゃんは泣き始める。ウソ泣きだろう。姿が見えないから断定はできないけれど。

「レイラさんは、愛が欲しくないのですか?」

「どっちかって言うと、欲しいけど」

 心の中のもやもやとした気持ちが、うまく言語化できない。

 二次元の愛は欲しい。

 でも、三次元の愛はいらない。

 というよりも

「愛ちゃんが『まじ☆ふぁん』じゃなくて、『まじ☆ふぁん☆えたーなる』の世界に転生させるから、面倒くさいことになったんじゃない? 『まじ☆ふぁん』だったら、ノーマルエンドで、必ずしも誰かとくっつかなくても、幸せな終わりを迎えられたじゃん」

 攻略対象の誰かと、くっつかなければならないという、強制が、辛いのだ。

「ごもっともです。しかし、お忘れですか? 私は、愛を伝えたいのです。『まじ☆ふぁん』なら、あなた、共通エンドに逃げるでしょう? 三次元は愛せないって」

 その通りだ。

「その点、「まじ☆ふぁん☆えたーなる」の世界は、必ず、誰かとエンドを迎えますからね! 楽しみですね!」

 うきうきしている。目の前に愛ちゃんがいたら、花が待っているような喋り方だ。

 手に負えない。

「私は、楽しみじゃない。転生って、もっとワクワクするかと思ってた」

「ワクワクするでしょうよ! 愛が待ってるのだから!」

 話が通じない。

「レイラさん、あなたは、ます、三次元になれることから始めればいいと思います」

「なれる?」

「あなたが好きになろうと努力しているアカツキ・キラ・マクファーレンに―――三次元の彼にも、なれなければいけませんよね?」

「まぁ、そうかな」

『まじ☆ふぁん☆えたーなる』で一番性格が優しく、一番ルートが平和なアカツキ君を攻略するのが、当面の目標。二次元の彼とは選択しを駆使してよく喋っていたものだけど、三次元は違う。

 慣れが足りない。

 そうかもしれない。

 私にとっての最悪は、高圧的なキャラクターとくっつくエンドになってしまうこと。

 それを回避するために、慣れは必要かもしれない。

「……どうしたら、慣れるかな」

「二次元と、三次元の違いを考えればいいと思いますよ」

 愛ちゃんの言葉に、頭をひねる。

「たくさんあると思うけど」

「ええ、ええ。その中の一つです」

 BGMがないとか、SEがすごいリアルとか、ご飯が美味しいとか、レモネおば様の美味しいケーキの匂いを嗅ぐことができるとか?

「触る、ですよ、レイラさん」

 くす、っと愛ちゃんは笑った。

 悪い微笑みの声だった。

「近場の攻略対象でなれましょーう!」

「えっ!」

 その瞬間、私は椅子から立ち上がり、部屋の扉に向かって歩き出した。自分の意思とは違う動きだ。想像に易い。愛ちゃんが勝手に私の足を動かしている。

「ちょ、ちょっと!」

 扉は開き、私の足は廊下を歩き出す。いつもの歩き方とは違い、スピードが速い。都会の人間の歩き方だ。足がもつれてしまいそうになる。メイドさんたちとすれ違ったら「いつもはあんなに元気よくあるかないレイラお嬢様が、元気に館内を歩かれているわ……」と心配されてしまうレベルだ。

「愛ちゃん、とめ、とめて……」

「攻略対象の一人に触れるまで止まりません!」

「これ、触れるっていうか、ぶつかるレベルだとおも……わ!」

 進む廊下の奥、茶色い頭が見えた。クルト君が曲がり角から歩いてきた。

 優しい緑の瞳が、今ばかりは驚きに見開かれている。

「く、クルト君、止めて!」

 返事をせず、クルト君は胸ポケットから小さめの杖を出し、私のほうに向けて動かした。

 無詠唱の魔法。対象の動きを止めるものだろう。

 状況を的確に把握し、さらに詠唱もなしに魔法を使えるクルト君は正直に言ってできる男の子である。さすがは優秀なお兄ちゃんキャラだ。しかし。

「と、止まんない?」

 クルト君が焦りながら何度も私に向かって杖を動かす。

 多分、愛ちゃんが魔法を無効化しているのだ。そこまでして、誰かと触れ合わせたいのだろうか。努力むなしく、私の足は止まることなく、クルト君に思いっきりぶつかった。

 ぐい、と肩を抱きしめられ床に落ちる。

「クルト君! ごめん!」

 私が痛くならないように、クルト君は私を抱え込みながら無防備に後ろ向きに倒れた。

「頭ぶつけてない? 大丈夫? 治癒するね!」

 クルト君の腕の中から抜け出そうと体を起こす、が。

 かなりの力で抱きしめられており、首をあげることしかできない。

「え、えええ」

 気を失っている様子のクルト君はううん、とうなっている。頭はぶつけてなさそうで、ほっとする。しかし、一切起きる気配がない。

「クルト君! 起きて―! ここから出してー!」

 じたばたもがいても、腕の中から逃れられない。

 こんなところ、レモネおば様やテオに見つかったら、何て言われるか……。

 魔法を使おうにも、腕も使えない状態なので、ポケットの杖が取れない。

 広い胸板に包み込まれていると、意識してしまう。

 じんわり温かい体温が、衣服越しに伝わってきて、みるみる顔が赤くなってきてるのがわかる。引き寄せられた時の強い力も、抱きしめられたままの腕も、年上の男の子……男の人なんだと強く意識させられる。

 三次元。

 もし、これが乙女ゲーのイベントなら。私はニヤニヤしながら見れる。繰り返し同じテキストを読む。でも、これは違うのだ。

 二次元と、三次元の違い。

「あ、あ……あ……」

「ちょっと? レイラさん? 頭ショートさせたら誰が収集つけるんですか?」

 愛ちゃんの声がパニックになった頭に届く。

 どの口がいうのか。

 愛ちゃんのせいじゃないか。

「愛ちゃんの馬鹿……もう無理……」

 ダメだ、涙が出てきた。

 こんな荒療治をするからだ。

「びっくりしすぎて泣くとか、子供ですか! こうなったら……あら」

 視界の端に銀色が見えた。

 愛ちゃんの言葉が聞こえなくなる。

 首だけ上にあげると、呆れたような顔をしたテオがいた。

 テオの周りには料理に使うだろう調理器具がぷかぷか浮いていた。荷物運びをしてる途中だったのかもしれない。

「テ……テオ……」

「馬鹿がいる。魔法の練習もせずに」

 廊下の真ん中で、抱き合いながら寝転がっている男女の姿は、さぞ馬鹿に見えるだろう。

「テオぉ……」

「大方、レイラが魔法を失敗して、その失敗魔法の影響で、馬鹿みたいに部屋から走り出して、クルトにぶつかったんだろ?」

 勢いよく首を縦に振る。

 テオの察しの良さに救われた。

「まぁ、クルトがお前の魔法を無効かできなかったのが、ちょっと気になるけどな……間抜けレイラの魔力が上回ってたのか、それとも、クルトのわざとなのか……ま、わざとだとしたら、こいつももう少し上手にやるか」

 頭をかき、大きくテオはため息をついている。

 依然として私は、クルト君の腕から抜けられずもがいているのだけど。

「んで、レイラ、助けたほうがいいのか?」

「助けてよぉ!」

「ったく」

 ゆびをパチンと鳴らしたテオ。クルト君による拘束はとけ、体の自由がきいた。

 すぐに彼から離れ、廊下に座り込む。

 ドキドキで心臓が張り裂けそうだった。やっと息がしやすくなり、開放感がある。

「お前もしかして、変な方向に魔法の能力あるんじゃないか? アカツキ・キラ・マクファーレンの名前を予知したり、クルトの停止魔法を超える魔法を使ってたり」

 テオは意地悪く笑い、再び指を鳴らした。

 気を失ったままのクルト君はふわふわと浮き、彼の部屋のほうに移動している。

「そうかも……」

 ははは、と笑って誤魔化す。アカツキ君の件は、私が予知魔法に成功したということになっているのだ。予知魔法なんて、クルト君がやってもほとんど成功しない魔法なのに。

「ま、魔法を暴走させるなんてありえないけどな」

 はは、と乾いた笑いをするテオは、運んでいた調理器具をぷわぷわ、彼方に去って行ってしまった。

 廊下には座り込んだままの私が一人。

 何故かひどく惨めな気分だった。

「もーやだ。愛ちゃん嫌い」

 ポツリ呟いても、愛を押し付ける者からの返答はなかった。

せっかくのバレンタインだから、小話を入れようと思ったのですがね……忘れてましたね……。

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