テオとスパルタ魔法塾
テオにだけは言っておくべきだろうか。私が転生前の記憶を持っているということを。
すぐに首を横に振る。
一笑されて終わりだ。
『何言ってんだ、ブス。脳みそまでブスになったか?』
最悪、そういう言葉を言われる気がする。
そう考えると、テオの属性って、オラオラ系じゃなくって、ただの暴言系じゃない?
ドS属性とやらが最近の乙女ゲーではやっているみたいだけど、ドSとやらと、オラオラ系は何が違うのだろう。一緒?
「はぁああああ」
大きくため息をつく。
乙女ゲーは、たとえ苦手なキャラクターがいても、頑張ってすべてを攻略し、スチルも既読率も百パーセントにする。
しかし、ここは三次元世界。
苦手な人とは関わり合いをなくしてもいいだろうし、なんなら知り合わなくてもいいはずだ。
ただ、イベントというものは存在するはずだ。
このゲームの本編開始は、魔法学校入学の日から。
つまり、入学三か月前の時点で、転生前の記憶を取り戻した私は、十分に起こりうるイベントに対処する時間がある。
あるはずなのだけど。
ここで冒頭の悩みに戻る。
テオに、私が転生前の記憶を持っていることを言うべきだろうか。
「おら、杖の素振り止まってるぞ。迷いがあると、不細工な魔法しか生まねぇ」
杖を持っていた手が叩かれる。
晴れ渡る空。
綺麗な館の外、目に美しい花々があたりを囲む、庭で、私は魔法の練習をしていた。
「こんなイベント、ないよ……」
「ああ? なんかいったか?」
「なんでもございません……」
私の周りをちっちゃいイケメンが飛び回る。
テオは、私の月並みな魔法力をどうにかしたいらしい。最近、本当にうるさい。
そして、テオの特訓を断れない、意志の弱い私がいる。
だって怖いんだもん。
「ものを上に浮かす魔法、ほら、杖を動かして! 詠唱なしでできるように!」
「うへぇ」
数メートルさきに置いてあるシロツメクサの花冠を、あげたりさげたりを繰り返している。
一時間はしているかもしれない。スパルタな妖精もいるものである。
普通は―――このせかいの普通の貴族のお嬢様はこんなことをしない。
魔法はたしなみ程度に、刺繍や、詩を作ったり、インドアなのだ。
こんなアウトドアなことはしない。
日に焼けるようなことしないのだ。
私がそう主張すれば、
「お前、成り上がり貴族なんだから、しょうがないだろ」
とテオは言う。泣けてきそう。
両親が魔法騎士であるため、そういうのだろう。わたしがレースのハンカチにすずらんを刺繍したって、意中の相手に恋の詩を作ったって、この先の未来で役に立つとは思えないーーーというのがテオの主張。
私も両親と同じく、魔法騎士になって、職場結婚をするというのがテオの理想なのだ。
女らしくしたところで、貴族としてあまり力がないチェチェスター家の女を嫁にもらってくれる家は少ないから。
今の時代、キャリアウーマンがいいよね。
手に職をつけるのは良いことだよね。
心の中で泣きながら、テオのスパルタ指導に従うのである。
ただ、こうやって開いてる時間のほとんど全てを魔法の練習に捧げてしまうと、この乙女ゲー世界の傾向と対策を考えることができない。
テオなら、テオなら、私の幸せをきっと祈ってくれる。
熱心に、私が正気であることを伝えれば、きっと、転生前のことだって理解してくれる。
理解したうえで、私が幸せに暮らせる方法を考えてくれる。
「ね、ねぇ、テオ!」
テオの釣り目が私を見つめる。
「なんだ? 質問か?」
「違う! あ、えっと、うーん?」
「はっきりしろよ」
「テオは、私のこと、好き?」
「……は?」
何を言ってんだこいつ、という顔だ。石化の魔法にでもかかったかのようだ。
ポケットに手を突っ込んだまま、同じ位置で飛び続け、表情を固まらせている。そんなに馬鹿なことを聞いてしまったのだろうか。
コミュニケーション能力不全の私は、質問も下手なのかもしれない。
私のことが好きであれば、私の馬鹿な転生話も受け入れてくれると思ったから、聞いてみたんだけど。
「……なんで」
たくさんの沈黙の後、テオの小さな口は開く。
「なんでそんなこと聞くんだよ、ボケ!」
頭を小突かれた。テオに直接殴られたというより、頭に風魔法で風の塊をぶつけられた感覚。
「いや、六歳の時に契約してから、ずっと私みたいなポンコツと一緒にいたし、愛想尽きてないかなって」
テオは黙る。
「あ、もう愛想尽きた?」
小さな妖精の、手がぎゅっと握られる。唇も、噛みしめて、何やら怒り出しそうな気配。
「今、尽きた」
テオの周りの空気が変わる。
「ふざけんな」
それは、昨日感じたクルト君と同じような空気。威圧のような、高圧的なもの。
ただただ、怖い。
肌に触れる空気が冷たい気がする。ピリッとして痛い。
「オレがどれだけお前を―――待て」
瞬間、テオの姿が消えた。
同時に庭の入り口の方からドンという大きい音がする。
反射的に音のしたほうを見れば、誰かが走り去る後ろ姿があった。
「え、だれ?」
「ぼけっとしてんな! 不法侵入だよ! お前はそこにいとけ!」
頭の中に直接テオの声が聞こえる。
どうやらテオは、人影にいち早く気づき、けん制攻撃を仕掛けたうえで、逃げる侵入者を追っているらしい。
庭の入り口にはおおきな水たまりがあったことから考えるに、水でもぶっかけたのだろう。
テオは得意魔法がないかわりに、使えない魔法はない。
全属性が使える妖精だ。侵入者に水をぶっかけることくらい朝飯まえである。
「テオはすごいなぁ」
侵入者のことより、テオの凄さを考えてしまうのは、私の日和見主義によるものかもしれない。
もっというならば、テオのように全属性の魔法が使え、契約者に暴言をはく妖精は少ないのだ。
謎だ。
テオのルートも、クルト君のルートと似ており、少々救済ルートに近いのだ。
いうなれば、ガリ勉救済ルート。
ゲーム性を把握できず、パラメーターだけあげた乙女が行きつくエンドがテオ。
クルト君が好みではなかったりする乙女が落ちやすい。
ちゃんとしたルートではないため、他のキャラクターと比べて、情報が少ない。
イベントもないに等しい。
彼の裏にある秘密―――あればの話だけど、それも、エンドには出てこない。
魔法士になった私をお姫様だっこし、笑いあうスチルが最後だ。
私はスチルとステータス以外の彼を知らない。
「テオすごいね」
「お前がとろいんだよ、ブス」
いつのまにか目の前にテオがいた。
「うおわ」
「変な驚き方だなったく」
腕をくみ、不服そうな顔で遠くを見ているテオ。小さな眉間の、さらに小さなしわが深く刻まれているのを見ると、どうやら侵入者を取り逃がしたらしい。
「レイラ、お前、侵入者に心当たりあるか?」
「えっと」
そんなイベント、あったかな?
魔法学校入学前に、私の住んでる館―――もといルクト君住む館に侵入しようとする人間。そんなことして、何の意味があるだろうか。
考えても出てこない。
「じゃあ、クルトが狙われてんのか?」
「クルト君の親衛隊かも?」
男女問わず、あのお兄ちゃんキャラで人気のあるクルト君には、少数だが親衛隊がある。本人は特に守られるほどか弱くもないのだけど。
「いや、でもあれは、お前を見てた」
「そんなバカな」
「お前も成り上がり貴族だけど、貴族は貴族なんだから、身には気をつけろ、いいな」
乱暴なテオの言葉に頷いた。
もし、さっき、テオが気づいてなかったら。テオがいなかったら、何が起こっていたのだろうか。考えると少し怖い。
妖精との契約は、成人後、それぞれの自由に任せられる。
テオとずっと一緒にいる絶対の期間はあと二年だけ。それ以降はテオと私で話し合う。
生涯をともにするか、友人としてそばにいるか、精霊として付き従う契約を結びなおすか。
どっちにしろ、テオに守ってもらうままではいられないのだ。
「私、キャリアウーマンをちょっと目指すよ」
「きゃり、あ? え、はぁ?」
「自分の身は、自分で守るようになる!」
「お、おう」
私の意気込みについていけないテオの生返事に、満足し、決意した。
魔法士になったら、テオとのエンドが待っているが、そうならないギリギリのラインまで自分を高めるべきなのである。
自分の身は自分で守る。手に職をつける。
それが、平和な暮らしの一歩だ。
「よし、じゃあ、さっきの魔法もっかいするね!」
杖を持ち、遠くの花冠に向かって魔法をかけなおす。
シロツメクサの花冠が、ふわふわ宙に浮くイメージ、そして魔力をよどみなく体の家から外に出す感覚。
「あ、馬鹿! 杖!」
「へ?」
杖の持ち手が逆だった。
魔法は滞りなく発動し、杖の先から私の体に伝わる。つま先が地面の芝生から離れていく。
ふわっと体が宙に浮く。
ジェットコースターのスタート時の気持ちみたい。体全体が何やらふわふわしてしまう。
「あ、あわ、わわ」
「馬鹿レイラ!」
さらさらの銀髪を乱し、テオが叫ぶ。
テオに手伝ってもらい、何とか無事だったのは言うまでもない。
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