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過保護な兄とのエンドも避けたい所存ですが

レイラ・チェチェスターは、貴族の生まれである。

しかしながら、昔からの貴族ではない。

両親が両方とも魔法騎士で、王に使える身であり、三年前の事件で、王様を魔物から守るという功績をあげた。母親は王様を身を挺してかばい、父は逃げる魔物を捕まえた。

それがきっかけで二人は貴族に格上げされ、今に至る。

事件がきっかけで二人が結婚した際には王様からのお祝いの言葉も来た。

だから―――うん、つまり、ねっからの貴族ではないけれど、庶民感覚が残っているけれど、貴族の特権は使える、というわけだ。

社交界だって行けるし、魔法学校への通学だって馬車で行けるほどの余裕がある。

「うーん」

 悩む。

 自室のベッドの上、私は非常に悩んでいた。

「徒歩で通学するかー、馬車で通学するかー」

 楽さを考えたら、完全に馬車なのだけど、あれはけっこう融通が利かない。

 携帯電話がないため、少し用事があって馬車いらない、なんて通用しない。

魔法も、学校に入学する前の身であるため、あまりうまく使えない。

通信のための魔法も五分の割合で失敗する。

 それに、馬車だと、親戚のクルト君と一緒に通わないといけないだろう。

「レイラ、なんで、そんな簡単なこと、いっちいっち考えてんだよ」

 テオが周りでうるさい。

顔が整ってる分、キラキラしててさらにうるさい。

 両親が魔法騎士で、中途半端な貴族であるため―――かはわからないけれど、彼らはよく二人して家を空け、出張に行ってしまう。国境警備だったり、要人警護だったり。

 そのため、私は親戚の家にほとんど常に預けられているのだけど、そこにいるクルト君という男の子が、少々怖いのだ。

 エンド的に。

「テオ、私ね、平和に暮らしたいの」

「お? 別に暮らせばいいじゃねえか」

「そのためにね、いっぱい考えなきゃいけないの」

「はぁ?」

 そう、クルト君も攻略対象の一人なのだ。

 平穏に暮らしていきたい私としては、フラグを立ててはいけない対象の一人かもしれない。

「テオは、クルト君のこと、どう思う?」

「いいとこのお坊ちゃまだな。オレより格好良くはないけど、まぁそこそこできるやつじゃないか?」

「そうなんだよねぇ」

 クルト君―――外面はすごく良いキャラなのだ。

人当たり優しく、誰にでも平等で、道端に枯れた花があるならば、水魔法で水を分け与える、困っている人がいれば、すぐに手を差し伸べる。そういう人間だ。

 聖人君子だ。天使だ聖母だ。

 だが、彼のエンドは、私の望む平穏なエンドとは違う。

「なんだよ、クルトから何か嫌がらせでも受けたのか?」

「ううん、そういうわけじゃないの」

 テオとのエンドの回避は簡単だ。私が優秀にならなければいい。

 七つの属性がある魔法。そのすべてを極め、魔法学士の道に進むほどに大成しなければ、私から供給される魔力が足りず、テオは人間サイズになることができない。

 そうすれば、最終スチルのときの姿にならないわけで、つまりはエンドを回避することができる。

 魔法学士という職業は、とても人気で、現代でいう公務員だ。全部の魔法を極めなければなれないが、なった後は安定した給与がある。

 安定した老後も。

 諦めるには惜しいけれど、平和に生きていくうえでの働き口は、まだどこかに、たくさんあるはずだ。

 テオの問題は、そういった事情でとても簡単に解決する。

 優秀にならず、ほどほどに勉強し、日々の強い口調に耐えれれば、問題ないのだ。

 ただ、クルト君は違う。

 簡単なのだ。

 チュートリアルキャラクターといってもいいかもしれない。

 誰のエンドにも入れなかった乙女が最後の希望で迎えるエンドが彼のエンド―――かも、なんて。

 ほどほどの成績で、ほどほどに仲良く。壊滅的な選択肢を選んでいかなければいい。

 そしてクルト君との接触を増やしていけば、それだけでエンドだ。

 これはまずい。

 同じ家に帰る以上、接触を控えるのにも限度がある。

 登校、下校を同じ馬車にしてしまうと、余計に同じ時間を過ごしてしまう。

 首を横に振る。

 だめだ、やっぱり馬車はダメだ。

 ドアがノックされる。

「はい?」

「レイラ? 入っていいかい?」

 クルト君だ。噂をすればなんとやらだ。

 テオは人間の形から光の形へ姿を変え、私の背後に回った。

 どうやら、先の会話から、テオはクルト君を警戒しているらしい。

 この口の悪い妖精は、だてに私と長い間一緒にいるわけじゃなく、もしかしたら本当は優しいのかもしれない。

 口がすごい悪いだけで。

 なんて考えていたら、本を抱えたクルト君が入ってきていた。

「レイラ、魔法学校への入学の準備は進んでいるかい?」

 柔和な笑顔でクルト君はこちらを優しく見つめる。

 茶色く、少しくせのある髪の毛。緑色の目は利発そうな印象しか与えない。

 私よりとても高い身長。ベッドに座る私は彼をとても見上げるかたちになる。

 魔法学校の制服を着ているのを見ると、どうやら学校帰りに直接私の部屋に来たらしい。

 私の後ろにいるテオは動かない。

 この国の成人年齢は十八歳。テオ君は成人年齢だ。

 成人になると同時に、自身の妖精と契約を切り、円満にさよならをしたらしい。

「レイラ?」

「あ、うん……じゃないや、はい、クルト兄様」

「どこかのお嬢様が現れたかと思った。どうしたんだ急に」

「魔法学校の先輩になるわけだし、年上だし、敬意を払ってみたんだけど……だめ?」

「ダメじゃないけどなぁ」

 クルト君は顔をくしゃくしゃにして笑っている。

 どうやら私の渾身の猫かぶりは、クルト君にとっては面白いものらしい。

「レイラは家族なんだから、そういうのはいいんだって」

 そういうだろうとは思っていた。

 二歳年上のクルト君は、私が居候させてもらってる家の次男だ。

 クレーデル家の次男。

 私の家と同じくらいの貴族だ。

 父方の親戚にあたる。この家も、クルト君の父親が……パトリーおじ様が、魔法騎士であり、王のために日夜働いている。

 そのため、私の家の事情を分かってくれて、まるで本当の家族のように接してくれている。

 この家の人たちの優しさはよく知っている。

「ほら、これ、僕が使ってた魔法に関する参考書。わかりやすいのを選んで持ってきたから、よかったら読んで?」

「あ、ありがとう……」

 僕が使ってた、というからには、お古の本なのかなと思いきやすべて新品だった。

 このクルト君という男、新しく私のために参考書を買いなおしてくれたと見える。

「参考書よりドレスとかネックレスとか、そういうもののほうがよかったかな、とは思ったんだけど」

 首を横に振る。

「うれしいよ、クルト君」

 優しそうな顔は笑みを深めた。

「喜んでくれて何よりだよ」

 ドレスを着たら、社交界とかパーティとかそういうイベントがある。そこにいけば優雅さとか気品とかそういうパラメーターが上がるのだろうけれど、遠慮する。

 平和に生活する上では、不要だからだ。

 嫌いなわけではないけれど、必要でなければ行きたくない。

 友達の友達に遊びに誘われた感じの用事だ、と一人納得する。

「じゃあ、それだけだから」

「うん」

 クルト君は私の頭をくしゃっと撫でる。

 妹扱いされているなぁと思うが、案外気持ちがいい。

 はっ、こういう接触を増やしても、攻略につながってしまうんじゃないだろうか。

 今更ながら冷汗をかく。

「あと、最後に一個、レイラに聞きたいんだけど」

「……なに?」

「まさか、徒歩で登校する、なんて言い出さないよね?」

 目が本気だ。

 部屋の外で私の独り言が聞こえていたのだろうか。

「な、なんで? クルト君」

「んー? なんでだろう」

 クルト君の緑色の目が細まる。

 物わかりの悪い生徒を見る―――鬼教師のような目だ。

「貴族の娘が―――いや、貴族で、魔法を使って自分の身を守れない女の子が、たった一人で徒歩通学をしようとしてるかもしれない、だなんて、黙ってられないだろ?」

「誰も、私をさらう人なんていないよ。」

 成り上がり貴族だし。

 家も、貴族にしては、そんなにお金持ちじゃないし。

「レイラのこととは言ってないよ?」

 怖い。ひたすらに怖い。

 クルト君の後ろに鬼が見えるジャパニーズ般若が見える。

 この国でいうのならオークかも知れない。ま、魔物かもしれない。

「まぁ、ね。レイラが徒歩通学にするなら、マリーも困るわけだけど」

 マリーとは、クルト君のお付きのメイドだ。

 ご高齢の、館内、腰を労わってほしいメイドランキング一位の。

「どうして、マリーさんが困るの?」

「僕がいつもより早起きするから。馬車通学から、徒歩通学に変えるためにね」

 クルト君は微笑む。

 先ほどまでの柔らかい、マシュマロみたいな微笑みとは一切違う。

 体の芯から冷えてしまうような、見る者すべて凍らせてしまうような笑い。

 意図してその表情を作っていないだろうということも、恐ろしい。

「じゃあね、また夕食時に」

 振り返ることなく、クルト君は部屋を出て行った。

 残されたのは新品の参考書たち。

 クルト君。クレーデル・ランベルト・クルト君。

 彼の悪癖は、私に対する過保護―――それだけだ。

 私のことを、本当の妹のように思っており、両親と同じくらい大切に扱ってきてくれた。テオの次に長い付き合いかもしれない。

 人当たりのいい彼とのエンドで、レイラはほとんど家を出ることを許されない。

 外出は必ずクルト君と一緒だ。

 そして、それを幸福に感じているレイラは何も疑問に思うことなく、永遠に二人の世界で一緒に生きるのだ。

 その選択をしたレイラが幸せであれば、私は文句は言わない。そのエンドにだって、特に文句はない。ただ過保護な兄エンドだなぁ、と思うだけである。

 ただ私に置き換えた時、どう思うか。

 単純に、嫌だ。

 束縛はされたくない、自由でいたい。

 だから、クルト君のフラグを立てるべきではないのだ。

 しかし、しかしだ。

 彼のほうから干渉してくるのだ。

 そう、過保護だから。

「徒歩も、馬車も……」

 結局、クルト君と一緒に登校することになるのならば、もう答えは決まっている。

「馬車で行こ……」

「最初からそうしとけよ」

 後ろからテオの吐き捨てるような声が聞こえるけれど、今日は無視させていただこう。

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