転生と、愛を教える者。
自分が女性だったことは覚えている。
取り立てて特徴もなく生きていて、ある日、交通事故にあい、死んでしまったこと。
飲酒運転の車が、私の歩いていた歩行者専用の道に突っ込んできたのだ。ガードレールがあればよかったのだが、残念、私は死んでしまったらしい。
そして、今、私は、真っ白な空間に一人ぽつんと座っていた。
自分の姿を見ようとしても、見えない。
「ん? どういうこと?」
頭の中に不思議と声が聞こえてくる。
『あなたは死んでしまいました。そのため、もう前の姿はないのです』
なるほど。
つまり精神だけの状態ということだな。
「あなたは誰なんですか? ここはどこですか?」
寒くもなく、温かくもない空間。
居心地がいいかと聞かれれば微妙。
死んでしまった後の、天国がここならば、あまり嬉しくはない。
だって何もないんだもの。
私の好きだった少女漫画も、乙女ゲームも。
『私は、愛を知らぬものを救うものです ここは保留所』
「保留所」
なんだか情報が渋滞を起こしている。
『あなたは愛を知りません』
失敬な。
『言い直しましょう。三次元の愛を知りません』
ぐうの音が出なくなってしまった。わずか三秒で。
「あなたは―――その、三次元の愛を教える人なんですか?」
『いかにも』
「よけいなお世話なんですけど……」
二次元で大変満足している私からすると、頭の中に語り掛ける声の主は、おせっかいにもほどがあるのだ。
私は、二次元の幸せな世界の中で暮らしていければそれでいいのだ。
三次元での暮らしは、おまけなのだ。そこに愛を求めたことは一度もない。
『あなたに愛を教えるために、転生先をある程度選ぶ権利をあげます。ここは、その選ぶ先を私とすり合わせる保留所』
なんかもう、『ある程度』だの『すりあわせ』だの、こういった場に相応しくないような言葉ばかり聞こえる。
「完全に選ばせてはくれないんですか!」
『それに似た世界があるとは限らないのです……。某ポケットサイズのモンスターの世界に行きたいといわれても、完全に同じモンスターがいる世界にはならないことが多いのですよねー』
口調が砕けてきている。
「じゃあ、争いのない幸せな世界ならどこでもいいです」
『おおざっぱすぎません? あなた、乙女ゲームが好きなんでしょう? そういう、もっと作品名で絞ってくれません?』
なんだろう、この声の主、自称愛を押し付ける者は。
これは夢なんじゃないかと思ってくる。
交通事故は夢で。
転生なんて嘘で。
私は生きている。
ああ、それなら、夢のようなことを言ってもいいのか。
「じゃあ、私の持ってる乙女ゲーの、ファンタジーものの一番幸せな奴」
『ああ、まじ☆ふぁんにする?』
「まじ☆ふぁん」こと、まじっく☆ふぁんたじーは、ハッピーエンドしかない乙女ゲームで有名だ。
攻略キャラと結ばれることのないエンドでも、主人公は生存しているし、すべて未来のある終わり方になる。「恋愛だけが人生じゃないよね」といった感じだ。
ゲームの世界に転生するのなら、二次元は三次元になる。
三次元の男の人に触れる気がしないので、共通エンドというものは私に必須だ。
三次元の彼らと結ばれるエンドなんて、想像がつかない。
「うん、それで」
『えーっと、ああ、あるある。まじ☆ふぁんとほとんど……いや、もうおんなじ世界があるね。ラッキーだね。完全にまじ☆ふぁんだよ。よかったねー。じゃあ、ここでね』
「なんだか、お手数おかけしてしまって、すいませんね」
『いえいえ、愛を知るものを増やすためです。かまいませんよ』
これは夢なのだ。
だから、私は望む世界に行く。
けれど、三次元での恋はしない。
私は平和に、ただただ暮らしたいだけなのだ。
愛を伝える者の言葉に生返事をする。
『あなたが、今度こそ、愛を知り末永く生き続けますように……』
声が聞こえなくなると同時に、私の視界は真っ暗になった。
次に目が覚めた時は、私はどこにいるのだろう。
意識の端でそう思った。
次から転生先です。
2/26 誤字・表現修正しました。