おっさんのクローゼットが大異変!
恥ずかしさからか、クローゼットに逃げるように飛び込むリリナ。
それと同時に、何か物を盛大にひっくり返す音が部屋中に鳴り響いた。
よく有る『どんがらがっしゃーん!』て感じの音だ。
明らかに、何かをひっくり返した音。
リリナの身が心配になって俺はクローゼットに飛び込む!
「だいじょぶか!」
「いったー! いたたた!」
リリナが飛び込んだせいだろうか?
崩れて来た押し入れ収納ボックスに、リリナが下敷きになってきた。
ぶちまけられた服の中から慌ててリリナを掘り起こす。
「怪我はないか? 大丈夫か?」
「いやー、僕らしくない、凄く恥ずかしい事言っちゃって、すごく恥ずかしくなっちゃったから、逃げるようにクローゼットに飛び込んだんだけど、ダンジョンが無くなってた」
「ダンジョンが?」
確かに見てみると、いままでの見慣れたウォークインクローゼットがそこに存在してた。
リリナによってぶちまけられた、古着がいっぱい詰った段ボール製の収納ボックス。
ハンガーレーンに吊るされた、くたびれた背広とジャージ。
我が愛しのおパンツの入った、引き出し式の収納ボックス。
今まで確かに存在していたダンジョンの入り口は跡形も無く消えて、元通りのクローゼットがそこにあった。
「どうなってるんだ?」
普通に考えれば、洞窟の入り口が有った方が明らかにおかしいんだけど。
今は、洞窟の入り口はどこにも見当たらない。
となると、ここにいるリリナは、いったいどこからやって来た?
「へくちょん!」
リリナが可愛らしいくしゃみをする。
濡れた服を着てるせいかな?
僕はハンガーレールからジャージを取ると、リリナに着るように勧める。
「寒いだろ? これに着替えろよ」
「ありがとう。図々しいお願いなんだけどパンツとシャツも貸してくれないかな? なんか湿ってて気持ち悪いんだ」
「パンツ??」
さすがに女の子に俺の男物のパンツを貸すわけにはいかない。
しかも、俺のお下がりなんて言語道断!
「ちょっと待ってて!」
俺はリリナを部屋に残し、大慌てでコンビニまで走る。
コンビニまで百メートル。
走って一分もかからない距離だ。
それは筆記具売り場の横に置いてあった。
──女物のおパンツ、通称ショーツ。
──女物のシャツ、通称キャミソール。
僕はパンティーとシャツを買うと速攻部屋に戻った。
所要時間二分。
たぶん、ギネス記録成立クラスの素早さだ。
「今、下着買ってきた。これ着て!」
「わざわざ買ってきてくれたんだ! ありがとう!」
「気にすんな」
「じゃ、今すぐ着替えてくる!」
リリナは、俺のコンビニ買い出し記録に負けないスピードで脱衣所に消えた。
そしてジャージを着て戻って来た。
ジャージの姿のリリナは健康的な清潔さが有ってとてもいい。
「似合ってる?」
「いいね、すごく似合ってる」
「てへへ!」
俺の言葉に照れるリリナ。
そんなリリナは可愛かった。
リリナが服を着た事で風邪の心配も無くなったので、クローゼットの調査を始める。
クローゼットは異変の起こる前、そのままの姿だった。
俺はダンジョンの入り口が、ついさっきまであった場所の石膏ボードの壁を、ハンマーで叩き割る。
中から出て来たのはこのマンションの本来の壁、コンクリート打ちっぱなしの灰色の壁だった。
ダンジョンの形跡は跡形もなくなっていた。
「洞窟が消えたな」
「消えたね」
「もう戻れないかも?」
「僕はおっさんと一緒に居られるなら、帰れなくても構わない。でも、アイテムの換金はしたいよね?」
「ちょっとお金に困ってるからね。実は俺、会社が倒産しちゃって、今は仕事してないんだ」
「そうなんだ。でも、私が働いて食べさせてあげるから安心して! まだ新人のトレジャーハンターだけど、ダンジョンでおっさん一人の面倒をみる位は稼ぐ事が出来るからっ!」
「いやいやいや。こっちの世界にダンジョンなんてものは無いし、トレジャーハンターなんて仕事もないから!」
「えっ? マジ?」
「トレジャーハンターどころか、刃物持って外を歩いてたら、即捕まって、牢屋に入れられる世界なんだぜ」
「うわ! それは厳しい! でもこっちの世界の人は刃物無しでどうやって稼いでるの?」
「そうだな。物売ったり、物作ったりして稼いでる人が殆どかな?」
「へー、じゃあ私たちも何か作って儲けないとね。あっ、そうだ! すき焼き売ろうか!」
「すき焼きか、あんまり売ってる人を見たこと無いな」
「じゃあ、バカ売れするかもね」
「いや、すき焼きはあんまり売れないんだ」
「やっぱりm高級過ぎて売れないの?」
「うーん、どうなのかな? すき焼きを売ってる店は無い訳じゃないけど、この世界には他にもいろいろ美味しいものが有るからな。すき焼きをわざわざ外で食べる人は少なくて、家で食べる人が殆どだと思う」
「他にも美味しいものがあるの?」
「あるよ。安いものから、高いものまで、美味しいものは色々あるよ」
「へー。今度連れてってくれない?」
「明日にでも行ってみるか」
「うん!」
俺たちは翌日、食べ歩きをすることになった。