ダンジョン脱出編19 リリナの消失
目の前から忽然とリリナが消えた。
光の粒となり俺の目の前から消えた。
俺は腹の底から叫ぶ!
「リリナ! リリナ! リリナはどうなった!」
落ち着き払ったどわ美が俺を見る。
「大丈夫だっ」
「大丈夫じゃなものか! 消えたぞ! いま、目の前から消えたんだ!」
「大丈夫だから安心しろっ!」
「なに落ち着いてるんだよ! リリナが目の前で光になって消えたんだぞ! リリナの命は本当に大丈夫なのかよ!?」
「大丈夫だから安心しろっ! 落ち着けっ!」
どわ美は俺を抱きしめる。
思ったよりも力強い。
どわ美に抱き締められると荒れた心が落ち着く。
「こうなるのは解っていたんだっ。想定の範囲だっ。リリナは今、向こうの世界の魔導研究院の実験室に戻っているはずだっ」
「それは本当か? 本当にリリナは無事なのか?」
「ああ、間違いないっ。無事だ」
どわ美の落ち着き払った態度とその言葉を聞いて俺は平静を取り戻した。
でも魔導研究院の研究員ペリアの顔は浮んでなかった。
「でも、想定とはかなり違いましたね」
「事前の計算ではあの魔素量だったら三時間はこっちの世界に居られるはずだったんだがなっ」
「リリナさんが実体化した瞬間、何らかの力が働いてこの世界から弾き飛ばされた様にも見えましたね」
「予定だと実体化した後に帰巣石を使わせてここにいつでも来れる様にするはずだったんだがっ、その暇もなかったなっ」
「リリナさんも今日の事を楽しみにしてたみたいですから相当ガッカリしているかもしれませんね」
「今回の実験に関してはリリナがここに来れた事は間違いないので成功と言う事で魔導研究院に報告しておいてくれっ」
誇らしげにそう言ったどわ美の顔を見たらなぜか再び怒りがこみ上げて来た。
どわ美は何も悪くないのになぜか言わないではおけない気分になった。
俺はその言葉を喉で止めずに口から吐き出してしまった。
「何が成功だよ! リリナがここに来れただと? 来れてないだろ! 今ここに居ないだろ! それで何が成功なんだよ!」
「成功なんだよっ!」
「どこが成功なんだよ?」
「床の上を見てみろっ。お前の立っている床の足元だっ! そこには今でもリリナの涙の痕が残っているだろっ? 間違いなくリリナはこの部屋に現れたんだよっ!」
「でも、リリナは今ここに居ないぞ!」
「今ここに居なくてもこの部屋に現れたのは事実だっ! 結果として来たのは事実だ! でもお前の言う通りに現れた瞬間に消えてしまったっ! それはミスだっ! それは認めるっ! でも今までリリナはこの部屋に一瞬たりとも訪れることが出来なかったんだろっ? それから考えれば大きな一歩ではないかっ! 次には絶対にうまく行くはずさっ! 今度はこの部屋に訪れたリリナが戻らない様な次の手を考えよう」
どわ美は俺の顔を見つめながら自信有り気に俺に語る。
俺とどわ美の話が一段落済んだと見たペリアは遠慮がちに声を掛けた。
「それでは私は今回の結果を持って研究院に報告してきます!」
「私も行くぞ! 色々と尽くしてくれた院長に礼を言わないといけないからなっ」
どわ美とペリアは駆け足で洞窟の中へと消えていった。
一方、俺はと言うと忘れかけていたリリナを失った悲しみを思い出し、誰も居なくなった部屋で一人座り込んでうなだれ泣いていた。
*
それからどれぐらい時間が経っただろうか?
すっかり暗くなった部屋にモコナが入って来た。
モコナは部屋の照明を点けると、突然俺の膝の上に乗って来た。
「お父さん、リリナさんには会えたの?」
「ああ。少しだけな」
「じゃあ、なんでそんなに悲しそうな顔してるの?」
「……」
俺はその言葉に何も言い返せなかった。
モコナはそんな俺を見て慰める様に声を掛ける。
「今までずっと会えなかったんでしょ? それが今日は少しでも会えたんでしょ? 少しでも会えたならいいじゃない。今日会えたんだからまた会えると思うよ」
「そうだな。また会えるな」
「うん!」
その無邪気なモコナの声を聞くとなんだか元気が出て来た。
明るいモコナの声を聞いてるだけで気が楽になった。
やはりモコナは天使だよ。
うん。
*
それから五日後、どわ美が戻って来た。
戻って来たもののあまり嬉しそうな顔はしていなかった。
「どうだった? 向こうの様子は?」
「リリナは実験の疲労がかなり貯まっていたようだが特に体に怪我や異常は無くて無事だったっ」
「なら、なんでそんなに浮かない顔してるんだよ?」
「実験なんだがなっ。今後研究院のサポートは受けられなくなったっ」
「マジか?」
「今回の実験で院長にはかなり無理をして貰ってな。予想よりも予算が掛かってしまった。今回の実験だけで一〇年分の実験の予算を使い果たしてしまったそうだ。そのせいで院長の進退問題にまで発展しそうなんだ」
「マジか!?」
「だから、リリナを再召喚するなら院長にはもう頼れない。自分達の手でなんとかやらないとダメだっ!」
それがどわ美の出した結論だった。
俺もその意見には同意せざるを得なかった。
でも、俺達に出来るのか?
あの実験が?
相当なお金を掛けたと聞いたが?
「あの実験にはとんでもない予算が掛かってたんだろ? 俺達だけでどうにかなるものなのか?」
「出来る出来ないんじゃないんだっ。私たちがやらないといけないんだっ!」
「そ、そうだよな。で、あの実験にはどのぐらいの費用が掛かったんだ?」
「こっちの世界のお金で言うなら二兆円位だっ」
「に、二兆円?? 国家予算レベルじゃないか! そんな費用どうやって捻出するんだよ?」
「やれる事をするしかないだろうっ! 地道に金貨をこちらのお金に換金して、そのお金でこちらの世界のアイテムを買い、向こうの世界で売るしかないなっ!」
「やっぱり俺達にはそれしか出来ないよな? それで二兆円が貯まるのはどれぐらいの時間が掛かるんだ?」
「順調にトラブル無しで商売がうまくいって、一〇年は掛かると思うっ」
「一〇年かよ! そんなにリリナを待たせられないだろ? これからリリナを一〇年も待たせるのか?」
「そうなんだよなっ。そんなに待たせられないよなっ。リリナはハーフエルフだからな。人間より寿命が長いけど、長いと言っても人間と比べて少しだけだ。寿命は長くて一〇〇年。こっちの世界で一〇年も掛けてたら、リリナの寿命の一〇〇年なんてあっという間に過ぎてしまうなっ」
「そんな……何とかならないのかよ?」
「何とかしないと……だよなっ」
俺達が困り果てていると玄関ロビーからお客さんの声が聞こえた。
「すいませんー!」
どこかで聞いた事の有る声だった。
だれだろう?
知り合いかな?
俺は玄関ロビーに向かった。
そこに居たのは!
サバイバル感のある服を着た女の子!
パッチリとした目!
透き通る様な白い肌!
キラキラと光る黒髪!
とんがった少し大きな耳!
それは間違いなくエルフの少女!
リリナだった!
「リリナ! 戻って来れたのか!」
俺はリリナをギュッと抱きしめた!
もう二度と離さない!
離すものか!
俺がリリナを抱きしめるとリリナは顔を歪めた。
「やめて! いたい! パパ!」
「パパ?」
俺は飛び跳ねる様に後ずさりして少女を抱きしめるのを止めた。
「初めまして! パパ! 私はリリナの娘、リトルです!」
その少女は俺がリリナの子供に名付けた名前を名乗った。
確かに顔はリリナそっくり。
声もそっくりだった。
違いと言えば髪が黒いのと、出会った頃と比べて少し見た目が若い。
「俺とリリナの娘なのか?」
「はい! パパの子供です。今日はパパにお願いが有って来ました」
少女は真剣な表情になって俺を見つめた。
「ママを助けて! ママ、壊れちゃう!」
少女の悲痛な叫びがクローゼットに響いた。




