ダンジョン脱出編2 認知
どわ美は女の子の背中を笑顔でポンと軽く叩く。
「ちょっと今から父ちゃんと仕事の話をするからっ、モコナはそこのお姉ちゃんと遊んでてくれっ」
なにか子供に聞かれるとマズイ話をすると悟った俺。
「悪いけどアイビィさんはモコナちゃんと寝室でお話でもしててくれるかな?」
「解りました」
「うん、お姉ちゃんと遊んでくる!」
アイビィさんはモコナちゃんを手を引いて寝室へと消えていった。
「ずいぶんと腹が膨れているようだがっ、あの娘も孕ませたのかっ?」
「ええ、まあ」
「ずいぶんと盛んな事だなっ」
「めんぼく有りません」
「人間族の子供を身ごもるとつわりがかなり酷いみたいだからなっ。わたしもあの子を妊娠してる間は散々苦労したよ。あの娘は人間族だからドワーフやエルフよりはつわりはかなり楽だとは思うけどそれでも辛いことは辛いだろう。優しくしてやれよっ!」
「ええ。もちろんです」
「嫁だよなっ?」
「ええ、結婚させていただきました」
「そうか。ならいい。さてとモコナに両親のみっともない話を聞かれることも無くなった事だし、ここに来た用事を済ますかなっ」
「結婚の話ですか?」
「いや、娘の話だっ」
「なるほど」
「わたしの娘、かわいいだろっ?」
「ええ、ものすごく可愛いですね」
「ドワーフのわたしと人間のおまえの子供だから人間の特徴の方が色濃く出たけどなっ。そのせいで見た目は殆ど人間の子供だ。力以外でわたしに似てるとこはほとんどないなっ」
「目がクリクリしてるとことか、どわ美そっくりだぞ」
「そ、そうかっ? そんなに似てるかっ?」
「ええ、そっくりです」
娘を褒めると「ふふふん!」と鼻を鳴らして上機嫌などわ美。
きっと娘が出来たから俺と結婚してくれとかそんな話で来たんだろう。
どわ美とも結婚した方がお互いの為だろうな。
リリナには悪いがどわ美とやる事をやってしまった結果なので素直に責任を取って結婚しようと思う。
リリナの事だ。
後からちゃんと話しをしたらきっと許してくれるはず。
異世界では重婚が悪いという認識は無いみたいだからな。
俺が二人を養えるなら何ら問題ないし、今の宿屋の経営状況なら二人ぐらい増えても誤差の範囲だ。
どわ美は真顔をして俺の目をキリッと見つめる。
「これから話すことはお前には受け入れられないことだと思うけどっ、最後まで余計な事を言わずに話させて欲しいっ。いいかなっ?」
「解りました」
「ここに来た目的はわたしの娘のモコナをお前の娘として認知して貰う事だっ。もうすぐあの子も七歳になるっ。七歳になると言う事は『神子降ろしの儀』が有るからな。今まで神様から借り受けたモコナを人間の子として授かるという大切な儀式だっ。別にやらなくても罰とかはあたらないとは思うけど何かあったら嫌だからなっ」
「それはどんな儀式なんだ?」
「お供え物をして、神様への感謝の気持ちを述べた後、額に口づけするだけの簡単な物さ。やってくれるか?」
「いいですよ」
「え!? いいのか?」
「はい。認知します。もちろん最初からそのつもりです」
「ドワーフの娘だぞ! 人間に忌み嫌われる金の亡者のドワーフの娘だぞ? 本当にいいのか?」
「ええ。俺にとってはあの子はどわ美と俺の子で有って、そんな負の感情は一切ないですから」
「お前なら、認知してくれるとは思っていたがっ、ここまであっさりとはなっ。ちょっと拍子抜けしたぞっ」
「やる事をやる時に全ての責任は取るつもりでいましたからね」
「そうかっ。認知してくれて助かるっ。ありがとうっ。あの事はわたしから誘った事なので結婚しろとは言わないっ。でもモコナはお前の子だろ? だからどうしても認知して欲しかったんだっ」
「子供が出来た以上、出来れば責任をもってどわ美とも結婚したいんだがダメか?」
「お前がこのわたしと結婚か?」
「どわ美がいいならぜひ結婚したい」
「わたしはダメだ。お前とは結婚できない」
「なんでなんだよ! そっちの世界じゃ重婚してもいいんだろ?」
「それは人間の話だっ。人間族やサキュバス族は重婚する奴が多いがっ、ドワーフ族やエルフ族は本来重婚はしないっ。ただ人間のお前を相手に子供を作ったんだからっ、お前が重婚するのはわたしも受け入れるっ」
「なら結婚しようぜ!」
「ダメだ! わたしはお前にリリナと言う嫁が居ながらっ寝取ったんだぞっ! お前がリリナとちゃんと結婚するまではっ、わたしはお前と結婚できないっ! それがわたしのケジメだっ!」
「意外と考え方が固いんだな」
「わたしはわたしの信念を貫く。それはドワーフの誇りだからなっ。それだけは譲れない」
「じゃあ、リリナと結婚すれば、俺と結婚してくれるんだな」
「ま、まあ、そう言う事になるな」
「解った。じゃあ、リリナと結婚したらお前とも結婚してくれな」
「おう!」
「ところでリリナは今どうしてるんだ?」
「リリナか。あんまりいい状態では無いな」
「何かあったのか?」
「お前を寝取ってお前の子供を産んだ事をあいつに謝りに行ってきたんだがなっ。お前の事をずっと恋い焦がれているようでっかなり心が病んでる感じだ」
「どういう事だ?」
「あの娘、お前に会いたいがために何千回もダンジョンに潜ったそうだっ。でもお前の家、つまりこの宿屋に辿り着くことが出来ないそうなんだっ。それで精神的にかなり参ってるっ」
「マジか? どわ美も含めて、他の人は普通に何度もここを訪れてるぞ?」
「あの娘は、何かに呪われてるんじゃないかってぐらい、この宿屋に辿り着けないらしいっ。だから心が病むぐらいに気が滅入ってるっ」
「そうなのか」
「もう、最近は鬼気迫る勢いでなっ! 普通は四人か六人のパーティーで三日ぐらい掛けて潜るダンジョンを娘と一緒に一日五回も十回も潜ってるらしい。風の様な速さでなっ、冒険者仲間の間では疾風のリリナと通り名が付くぐらい潜ってるらしいぞっ」
「マジか!」
「マジだっ! 嘘は言わないっ。リリナはそんな感じで迷宮を攻略し続けているから、すでに凄まじい経験値を得て、職は大盗賊を卒業して盗賊系の最上位職のシャドーダンサーにまで上がってるそうだっ!」
「それは凄い事なのか?」
「シャドーダンサーになれる奴は一〇年に一人いるか居ないかぐらいだっ。ボスも瞬殺だそうだっ」
「それは物凄いな!」
「そこまでしてお前に会いたいんだよ。あの娘はっ!」
リリナが俺に会うためにそこまでしているとは思いもしなかった。
俺ももっと頑張らないとリリナに会わせる顔がない。
*
「さ、一番の大仕事の認知が終わったから、ほかの仕事も片付けないとっ! やる事をやらないとなっ。まずはこれだなっ」
どわ美は少し長めの青い宝石を懐から取り出した。
見た目は水晶。
でも普通の水晶と違って青白く輝いていた。
よくコンサート会場で見かけるサイリウムに似た宝石。
それをパキリとへし折る。
すると宝石は欠片を残して宙に溶け込むように消えた。
「折っちゃったよ」
「いいんだっ。この欠片が重要なのさっ」
どわ美は宝石の欠片を手にすると器用に鎖を取り付けてペンダントに加工した。
「ふふふふーんっ! これでここにはいつでも来れるっ。今折ったのはな帰巣石と言ってなっ、この欠片に念を込めればいつでもこの場に戻って来れる石なんだっ。しかも何度でもなっ!」
「それって! どわ美がダンジョンの向こうの世界で帰巣石を折って、その欠片を俺が使えばダンジョンを超えて異世界に行けるんじゃないのか?」
「残念な事にこの欠片は帰巣石を折った人にしか使えないんだっ」
「残念! 世の中そんなに甘く無いな」
*
「さてと、買い出しに行ってくるぞっ!」
「何を買いに行くんだ?」
「電池だっ! いままで複製のスキルで複製してたんだがなっ。元になる電池が古くて風化したのか複製してもちゃんと動かなくなってしまってな。それで買いに来た」
「なるほど。電池が寿命か。買いに行くのは百円ショップだろ? 着いていかなくて大丈夫か? 言葉が解らないんだろ?」
「わたしだってあれからずっと努力して成長したんだからなっ! 言葉はもう大丈夫だっ! 大商人、大巨商を卒業していまや大豪商だ。異世界の言葉でも何ら問題ない!」
「ならいいんだが。気を付けて行って来いよ」
「おう! 悪いがモコナの面倒を見ててくれっ」
そう言うとどわ美は街へと出掛けて行った。
*
寝室に向かう俺。
モコナちゃんとアイビィさんがベッドの上で二人で絵本を読んでいた。
俺がアイビィさんのひらがな学習の為に買った絵本だ。
「お話の方はどうでしたか?」
「モコナちゃんの認知の話だった」
「結婚の話ではなかったのですか?」
「結婚の申し出はしたんだけどね。今は出来ないと断られた」
「そうですか。モコナちゃんとこれからずっと一緒にいられると思ったのに残念です」
「帰巣石とか言うのを持ってたからいつでも来れるらしいぞ」
「帰巣石ですか! いいなー! あれ高くて買えないんですよね」
「どれぐらいするんだ?」
「金貨一〇万枚ぐらいですかね?」
「金貨一〇万枚っていえば一〇〇億円かよ! 向こうの世界の価値でも一億円相当! すげーな、おい! あいつ、そんな物を使ったのか!」
「それだけ旦那様に会いに来たいって事ですよ」
「いや、俺は買い出しの為だと思うけどなー」
「そうですかね?」
俺はモコナちゃんを連れてリビングへ戻る。
アイビィさんは疲れたと思うので少し横になってもらうことにした。
ソファーに座って絵本を一緒に読む。
でも、散々読んだ絵本には飽きてしまったのか、俺に話しかけて来た。
「ねねー、おとうさん!」
「ん? なんだ?」
「お父さん、お母さんの事嫌いなの?」
「いや、そんな事ないぞ。好きだぞ」
「じゃあ、なんで一緒に住まないの?」
「それは……」
「なんで一度も会いに来てくれなかったの?」
「それは……」
俺には答えられなかった。
答える権利も無かった。
どわ美とする事だけをして、その後どわ美の事をすっかり忘れてたぐらいの男だ。
そんな男に弁解する権利なんてものは無かった。
「モコナ、お父さんとお母さんとずっと一緒に居たい」
俺は娘の無邪気な言葉を聞くと、とめども無く涙が出てきてしまった。
初めて会った娘なのに。
「ごめんな、父さんが悪かった!」
少し舌足らずないじらしい喋り方が心に刺さる。
なぜか離れたくないと思った。
ここで帰したらリリナと同じく二度と会えなくなるかもしれない。
それだけは嫌だ!
「もう二度と離さないからな!」
俺は娘を抱きしめ二度と手放さないと誓った。
*
どわ美が帰巣石を使って戻って来た。
部屋に光る魔法陣が現れたと思ったらそこからどわ美が現れた。
「ただいまっ! 買い出しも終わったし、門が閉まる前に帰るぞっ、モコナ」
「どわ美! 帰るなっ!」
「なっ、いきなりどうした!」
「帰るなって言ってるんだ!」
「どうしてなんだよっ!」
「俺とどわ美はまだ夫婦じゃないけどモコナと俺は親子だ。どわ美とモコナも親子だ。モコナと両親は一緒に暮らさないといけないんだ! モコナがかわいそうだろ! だから帰るな!」
「なんかむちゃくちゃないい草だなっ! わたしだって仕事が有るんだっ! 向こうに帰れば一〇〇人を超える社員が待っているんだっ! ここに住むにしても、そんなすぐにここに住めないぞっ!」
「お母さん、おねがい! お父さんと一緒に暮らそう」
「モコナ……お母さんには、仕事が」
「お母さん! お願い! わたし、みんなで一緒に暮らしたい! お願い! もうわたし、寂しそうにしているお母さんを見たくないの!」
「モコナ……解ったよ、モコナ」
どわ美は涙を流しながら娘を抱きしめた。
俺はそんな二人を抱きしめる。
「住んでくれるのか?」
「ああ、今までわたしに一度も反抗したことが無い娘の願いだっ! 聞いてやらない訳が無いだろうっ!」
「そうか、ありがとうな!」
「とは言っても、わたしには会社が有るから今すぐずっとここにいる訳にもいかないが、当分はここから通う事にするぞっ! それならいいだろっ!」
「うん、お母さんありがとう!」
こうして俺とどわ美とモコナは同じ屋根の下で一緒に住むことになった。




