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おっさんからの指輪

 夕方、目が覚めた。

 窓の外の景色は僅かに黄色味を帯び始め、時刻は夕方に足を踏み込み始めていた。

 昼ぐらいまで軽く仮眠を取るつもりだったけど、気が付いたら夕方まですっかり寝過ごしてしまっていた。

 それは大した問題ではない。

 問題なのはアイビィさんの顔が正面にあった事だ。

 おっさんの目が合うとアイビィさんがニッコリとほほ笑んだ。

 とは言っても、アイビィさんはおっさんと添い寝してるわけではない。

 いくら天然ボケをかますのが特技の彼女でも、今朝添い寝をして怒られたばかりなのでそこまでの無茶はしない。

 ベッドのすぐ近くに体育座りをして黙って俺を見つめていたのだ。

 

「おはよう」

「おはようございます」

「もう目が覚めてたのか?」

「はい」

「ずっとそこに座ってたの?」

「いえ、先ほど掃除を済ませてそれから二時間程です」


 二時間ねぇ。

 よくまあ、こんな面白気も無いおっさんの寝顔を、二時間も見てて飽きないもんだ。

 これって、もしかしなくても好かれてるんだよな?

 こんな綺麗で可愛い女の娘に好かれるのは嫌な気はしないけど、なんでこの冴えないおっさんが好かれるの?ってのは常々疑問に思っている。

 ここに来た殆どの女の子が俺に好意を持っていた。

 人生には『モテ期』と言われる異性から好感を持たれまくる時期が有るらしいが、おっさんは今その期間の真っ只中に突入してるんじゃなかろうか?

 うん。

 きっとそう。

 そう思いたい。

 ただ好かれているのが異世界人なので、別の可能性もある。

 異世界では邪魔としか思われてない女の娘の大きなお胸や貧相と思われているスレンダーなお腹だが、それが大好きなおっさんが居るのと同じ様に、異世界人の価値観や性癖だとおっさんの顔のどこかに惹かれる物が有るのかもしれない。

 異世界人からしたら超イケメン!

 きっとそう!

 そんな無駄な事を考えてるおっさんの意識を取り戻す様に、アイビィさんが今までの経過報告を始める。

 

「お昼前まで軽く仮眠を取った後、掃除をしながら店番をしていましたけど、今日はお客さんは来ませんでした」

「店番しててくれたんですね。助かるよ」

「どういたしまして」

 

 ねぎらいの言葉を掛けられると、少し照れたようにほほ笑む彼女。

 アイビィさんの天使の様な笑顔には癒される。

 ふと掛け時計を見ると時刻は三時四十五分。

 もうすぐクローゼットがダンジョンとの接続が終わる時間だ。

 寝起きでまだ頭がハッキリとしてなかったが、ダンジョンが消える前にしておかないといけないことが有る。

 日課の宝物回収だ。

 俺は部屋着から着替えもせずに、愛用のハンマーとマイナスドライバーを持ちダンジョンに潜る。

 

「どこに行かれるんですか?」

「ダンジョンで宝物の回収をするんだ」

「回収……ですか」

 

 なにをするんだろう?と言った感じで興味津々で着いてくるアイビィさん。

 ダンジョンにはいつも通り二つの宝箱が有った。

 いつもの様に宝箱の隙間にドライバーをねじ込んで解錠。

 出て来たものは盾と指輪だ。

 

「随分と簡単に宝箱を開けるんですね」

「結構数をこなして慣れてるからね」

「鍵を使わずにボス前部屋の宝箱を開ける人を初めてみましたよ」

「宝箱に鍵が掛かってて、鍵の開け方が解らないからいつもこの開け方なんだ」

「普通はボス前部屋の宝箱を開けるには、ダンジョンの道中に待ち構えている中ボス的な存在の敵が落とす鍵が必要なんです。もしくは、大盗賊の大解錠スキルですね。その場合は結構高価な一回限りの解錠アイテムが必要なんです」

「道中の敵から鍵が手に入る様になってたのか。その敵っておっさん一人でも倒せるものなのかな?」

「その鍵を落とす敵は結構強い敵なんです。三人か四人パーティーで有れば特に危険な事も無く倒せるんですが、ソロとなると余程の実力者でもない限り倒すの難しいと思います」

「やっぱりそうか。そうでもなくちゃ宝物の価値があんなにある訳ないしな」


 簡単に宝箱が開けられるなら、道中の敵を完全に無視で、ボス前部屋まで走って来て宝箱を開けて死に戻りするだけでいい。

 そうなると、このダンジョンの創造主であるダンジョンマスターが目的とする経験値を得る事も出来無いから、その対策で倒すのにある程度の火力を必要とする中ボスが持つ鍵が必要なんだろう。

 どわ美の話では、最高ランクのアイテムとなると、街が丸ごと買えるぐらいの価値が有ると言ってたぐらいだしな。

 そんなに簡単に取れたら、そこまでの値段は付かないか。

 やはり俺が今やっている解錠方法は、かなり規格外の方法だったらしい。


「それに、おっさんが宿屋からダンジョンの中に入れるのは、ボス前部屋だけなので、ダンジョンの道中に行きたくても行けないんだ」

「どういう事なんです?」

「ボス前部屋からの扉はボス部屋に向かう一方通行だろ? だから、ダンジョンの道中側に行ける扉は開いてないから行けそうにも無いんだ」

「そうだったんですか。いつもボス部屋に向かうだけだったので、ダンジョン側に戻れないとは知りませんでした」


 おっさんが今日宝箱から手に入れたのは、小ぶりの盾と指輪。

 見た感じハズレアイテムに近い感じだ。

 鑑定してアイテムの良否を鑑定したいところだがここでじっくりと鑑定してる時間は無い。

 今すぐに戻らないと我が家とダンジョンの接続が切れる。

 ダンジョンとの接続が切れたら二度と家に戻れなくなるかもしれない。

 

「さ、急がないと宿に戻れなくなるから帰るよ」

「はい!」

 

 俺はアイビィさんの手を引いて家へと戻る。

 家に戻ってすぐにクローゼットがダンジョンとの接続が切れ、いつものクローゼットの風景に戻った。

 手にしたアイテムを早速鑑定だ。

 

 ──パリィバックラー R

 ──属性:一代継承

 ──追加:回避+10


 ──足枷の指輪 SSR

 ──属性:なし

 ──追加:弱体魔法+10

 

「パリィバックラーと足枷の指輪か」


 小型の盾は取り回しが良さそうなので扱いやすそう。

 でも小さすぎて肝心の防御力が低そうだ。

 盾は完全に外れだな。

 店売りの盾よりかは多少マシって感じ。

 久々の外れアイテムだ。

 指輪は当たりかもしれない。

 一代継承無しで、弱体魔法と言うものが使えるようになるらしい。

 指輪は当たりとは言えど、攻撃魔法が使える様になるわけじゃないのでそれ程価値の有りそうな感じには見えない。

 指輪は魔導士に需要が有って、市場には出回りにくいと聞いたからな。

 使い物にならないといっても、指輪なので売れないにしても何かしらの交渉にも使えそうだ。

 そんなおっさんの予想に反して魔法が使えるアイビィさんは指輪に目が釘付けた。

 アイビィさんがポツリと言った。

 

「指輪欲しい……です」

「欲しいですか?」

「はい」

「どうぞどうぞ、こんな物でいいならあげますよ。もう少し時間が貰えればもっと使えそうな指輪が取れると思うんですが、こんなものでいいのですか?」

「是非この指輪を頂きたいです」

「どうぞ」

 

 その言葉を聞くとアイビィさんは満面の笑みとなる。

 彼女に頼まれたら断る訳にもいかない。

 アイビィさんは僧侶なので、攻撃魔法じゃなくても新しい魔法が使いたいんだろうな。

 あげると言ったとき、ものすごくいい笑顔してたもん。

 それに指輪をプレゼントしたら喜んでくれてキスとかあり得るかも…………ないわな。

 おっさんは色々と淡い期待しつつ指輪をあげる事にした。

 だがアイビィさんに指輪を差し出しても受け取ろうとしない。

 

「あのー、お願いが有るのですが。そのー、旦那様が私の指に指輪をはめて貰えないでしょうか?」

「あ、失礼しました」

 

 生まれてこの方、女の子と付き合った事が無いので指輪の渡し方とか知らなかったよ。

 そう言えば、プロポーズとかして指輪を付けるシーンをどこかのドラマかマンガで見た気がするな。

 遠慮がちに左手を出すアイビィさん。

 すこし俯きながら視線を反らしている。

 消え入る様な小さな声で言った。

 

「薬指にお願いします」

 

 薬指に嵌めてあげると、顔を僅かにぶるんと震えさせた後「うれしい」と言って大粒の涙を流し始める。

 泣くほどうれしかったみたい。


「この指輪一生大事にしますからっ!」

 

 彼女はそう言うと俺に抱きついて来た。

 うん、こんなに喜ばれたんだからあげて良かったよ。

 

 *

 

 今日はお客さんが泊まらないので、久しぶりにのんびりした日が過ごせそうだ。

 食事も作らなくて済む。

 いっそのこと今日は外食にしようかな?

 でも、アイビィさんは外を歩き回れる様な服を持ってなさそうだし。

 さてと、どうするか。

 服を持っているか聞いてみるか。

 

「服ですか? 以前頂いたローブとインナーだけですね」

「じゃあ、今日はお客さんも居ないことだし、服でも買いに行くか。下着も持ってないんですよね? あんまり高いものは買ってあげられないと思うけど行きます?」

「ぜひお願いします!」

 

 さすがにあまりにも奇抜なローブ姿で出歩くと不審に思った警官に職務質問されるかもな。

 身分証明書を持たないアイビィさんが面倒な厄介な事に巻き込まれそうなので、フリースの上から俺の服を羽織ってもらう事にした。

 アイビィさんを連れて日が暮れかかった街を歩く。

 アイビィさんは俺の手をギュッと握ってずっと離さなかった。

 なんか二人で歩いていると恋人みたいで、おっさんの胸はドキドキしっぱなし。

 歩いてる間ずっと顔がにやけていました。

 そして二人が着いたのは〇まむら。

 〇ニクロにしようか駅前のショッピングモールにしようかと少し悩んだけど、郊外にある〇まむらの方が店が広くて空いてるから、こっちの世界に慣れてないアイビィさんが、人混みに酔う事も無いだろうと思い決めた。

 確かに〇まむらは安いけど、決してケチったんじゃないぞ。

 確かに〇ニクロみたいに流行の最先端といった感じの服は少ないけど、割としっかりした服が多いのでおっさんは〇まむらが好き。

 思った通り、この時間の店内はあまり混んでいなかった。

 アイビィさんの滞在期間はおっさんが回復魔法を覚えるまで。

 それまでちゃんと付き合ってくれるらしい。

 物覚えの悪いおっさんの事だから、相当長い期間になるのは間違いない。

 となると、それなりの枚数を買っておいた方がいいな。

 

「じゃあ、好きな服を五セット買っていいから。下着も五セット買っておいて」

「そんなに買っていいんですか!?」

「着替えとか要るからね。あ、買うのは外出用が二着と部屋着三着かな。外出用は好きなの買っていいけど、部屋着は仕事にも使えるような感じの、あまり派手じゃないものでお願いします」

「わかりました」

 

 アイビィさんは自分で選べないのか店員さんに声を掛けて見繕って貰ってる様だ。

 普段は品出しで忙しそうにしている店員さん達だけど、空いてる時間帯のせいかアイビィさんの接客もしてくれてるみたいだ。

 話を聞いていると、仕事の種類だとか、どんな雰囲気のが服が欲しいとか色々聞かれている様だ。


「えーと、私の仕事はご主人様にご奉仕する仕事です!」

「お茶を出したり食器を片づけたり洗ったりします」

「落ち着いた感じでご主人様に気に入られるような雰囲気でお願いします」

 

 それを聞いた店員さんは、納得したような表情をして服を見繕って、アイビィさんと試着室に消えていった。

 その間、おっさんは彼女の着替えを覗きもせず、真面目にお客さん用のフリースの服と下着を大量に買い込んでいた。

 各三十着で総計三万円のお買い物。

 これだけ買っておけば当分お客さんの服の心配はしなくていい。

 アイビィさんはと言うと試着で気に入った服と下着を五セットずつ。

 これだけ買い込んで合計六万円でお釣りが来る〇まむら恐るべし。

 

 *

 

 食事は〇まむら近くのファミレスで済ませた。

 メニューを見た彼女は、なかなか選べないみたいだ。

 

「これだけ有るとどれも美味しそうで悩んじゃいますよ。どれにしようかなー。これにしようかなー、うーん、わたしじゃ決められないので旦那様がおすすめを選んでくれませんか?」


 俺はチキンピラフ、彼女は俺が選んでやったオムライス。

 それにデザートとサラダ、サイドディッシュを付けた。

 とてもおいしそうに食べている。

 でもなんか浮かない顔してる。

 

「どうだ? 美味いか?」

「ええ、とってもおいしいです」

「でもなんか表情が沈んでるな」

「あ、ごめんなさい。確かに美味しいんですけど、今日はお客さんがいない事ですし、旦那様が私の為だけに作ってくれたご飯を食べられると期待してたもので。あ、不味くはないですよとっても美味しいです」


 おっさんの料理が食べたかったのか。

 ここまで好かれてると嬉しいな。

 おっさん、人目を気にせずに彼女をハグしたくなる衝動に駆られる。


「じゃあ、帰ったら簡単なもの作ってやるよ」

「本当ですか!?」

 

 アイビィさんはまた満面の笑みをこぼした。

 彼女の笑顔は癒し効果抜群です!

 

 *

 

 家に着くとすぐアイビィさんは紙バッグを抱えて脱衣所に走っていった。

 

「旦那様に買って貰った服に着替えてきますね!」

 

 そう言った彼女が着替えて来たのはメイド服だった。

 濃紺色のドレスの様な服に白いエプロンの様な物。

 たぶんゴスロリってやつだ。

 俺が一番望んでた服装。

 なんで俺のドンピシャドストライクの趣味を知ってるんだ?

 〇まむらのおばちゃん店員グッジョブです。

 

「どうです? 旦那様」

「いいよ! すごくいい!」

「ありがとうございます」

 

 思わず押し倒してそのまま大人の世界にランデブーしたくなるほど可愛い。

 そんな彼女と肩を寄せ合ってワインを開ける。

 つまみはおっさんの作ったホタテの貝柱のバター焼き。


「これ凄く美味しいです! もの凄い香ばしい匂いと味の裏に隠れる磯の香り。そしてそれら全てにアクセントを与えるハーブの香り。とってもおいしいです」


 一口食べると彼女は唐突に俺の手をギュッと握ってくる。

 握ってきた手に触れる指輪の感触。

 昼間おっさんがあげた指輪だ。

 なんだかこうしてソファーで肩を寄せ合って座ってると、魔法の先生と生徒じゃ無くて彼氏と彼女になった気分。

 とってもおっさん幸せです。

 なんだか清い付き合いをしている彼氏と彼女みたい。

 二人の幸せな時間は訓練を忘れ、夜は更けていく。

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