アイビィさんの住み込み
朝一〇時にファルコンさん達とムチムチ軍団をダンジョンへ送り出すと、部屋には俺とアイビィさんの二人だけになった。
どうやら、鷹の団とムチムチ軍団は共闘する模様。
オジーさんは年甲斐もなく、美女と同じパーティーを組めてかなりエキサイトしていた。
ファルコンさんは去り際に『アイビィの事をよろしく頼む!』との言葉を残していったが、こちらがお礼を言いたいぐらいだ。
皆が居なくなると、あれほど騒がしかった部屋に静寂が訪れ、綺麗な女の人と二人っきりというあり得ないシチュエーションで、モテないおっさんは気まずい雰囲気にのまれ、言葉の一つも言えなくなった。
何か言わないとまずいなと思いつつも、緊張して口に出せない。
すると、アイビィさんから声をかけてきてくれて、おっさんホッと胸を撫で下ろす。
「改めて自己紹介します。わたくしアイビィと申します。今日から住み込みさせてもらう事になりました。よろしくお願いします」
ぺこりと、頭を下げられた。
「こちらこそ、回復魔法の訓練をよろしくお願いします」
「あのー、いきなりなんですが、よろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「あなたの事を『おっさん』と呼ぶのは住み込みしている者として、あまりよろしくないと思うので、宿屋のご主人様で有りますし、今日からおっさんの事を、ご主人様か旦那様とお呼びしてよろしいですか?」
「あー、そんな固い呼び名はいいですから、今まで通りおっさんでも、おやじでも好きに呼んでください」
「では、好きに呼んでいいとの事なので旦那様と呼ばさせて下さい」
「いいのかよ……そんな呼び名で?」
「はいっ! 旦那様!」
満面の笑みを返して来たアイビィさん。
こんなおっさんを旦那様なんて呼んでくれるなんて!
まるでメイドさんとご主人様みたいじゃないですか。
もっとゲスな呼び名で罵ってくれてもいいんですよ?
クソヤロウでもブタヤロウの呼び名でもいいんですよ!
それがこの冴えないおっさんを旦那様と呼んでくれる。
おっさん大歓喜でございます。
ゆくゆくは、本当のご主人様とメイドさんみたいな関係になりたい。
変な妄想をしていると、年甲斐もなく思わず顔が赤らむおっさん。
それを隠すために風呂に入る事にした。
「仮眠取って寝る前に風呂に入ってくるよ」
「はい! 旦那様」
風呂場でシャワーを浴びて火照った顔を洗い流していると、脱衣所から声が掛かる。
「あのー。お背中流してもよろしいでしょうか?」
「えっ? 背中ですか?」
「はい。お背中流させてください。宿代も払わずに住み込みさせて貰ってるので申し訳なくて……」
背中を流してくれるの?
いや、そんなことさせられないから。
おっさん、理性が吹っ飛んで、とんでもない事しちゃうよ?
「いやいやいや、そんな事はしなくていいですから! アイビィさんは魔法の先生ですし、本当は宿の手伝いをしてもらう必要も無い訳でして。何もしないで、好きなだけ飲み食いして頂いて結構ですから!」
「そこまで言われると、お金も払わずにここに居るのが居ずらくなってしまうので……お背中流させてください。お願いします!」
お願いされちゃった。
本当に女の子に背中を流させていいのかな?
普通の住み込みだったらまあそれも有りかなと思うけど、アイビィさんは住み込みとは言え俺の魔法の先生だぞ?
おっさんがアイビィさんの背中を流すなら、まだなんとなく解るんだけどな。
異世界人の価値観は少し違うのかもしれない。
何度もお願いされたことだし、断るのも何だから折角だから背中流して貰うか。
「では、申し訳ないんですが、よろしくお願いします」
アイビィさんは風呂場の中に入ってくると、タオルで俺の背中を洗い始める。
とても手つきが丁寧で優しくて気持ちいい。
もちろん裸ではなく部屋着のフリースを着たままだ。
さすがに裸で背中を流すことなんて事はない。
空いた左手がおっさんの肩をそっと持ち、揺れない様に背中を押さえてる。
肩にかかった細い指の感触が気持ちいい。
おっさんに沸いた劣情を隠すために背中を丸めてると、アイビィさんが申し訳なさそうに謝りだす。
「ご、ごめんなさい! お背中痛かったですか?」
ああ、これは違うんですよ。
男は女の子に触れられると、背中丸めるダンゴムシみたいな生き物なんです。
気にしないで。
「いえ、全然痛くないです。すごく気持ちいいです」
「よかった。では泡を流しますね」
シャワーで泡を流し終わると、突然アイビィさんは、俺の背中に頬ずりするような感じで頭を預けて来た。
ちょ!
なんで俺の背中に頬ずり!
綺麗な女の子にそんな事されたらヤバいって!
これ間違いなく誘ってきてるよな?
誘ってるよな?
なに誘ってきてるんだよ!
理性吹き飛んで襲っちゃうぞ!
おっさんの心の中ははち切れんばかりの大騒ぎ。
「わたし、亡くなったお父さんみたいな広い背中の人が好きなんです。お背中流した後に、こうするのが夢だったんです」
*
風呂から上がって、背中の余韻を楽しみつつベッドで横になると、アイビィさんも俺と同じベッドに横になる。
なにしてるの?
アイビィさん。
なんで同じベッドに入って来るの?
またまた背中にかかる吐息で、思わず飛び上がってしまう俺。
「ちょっと! 何してるんです?」
「ご、ごめんなさい! つい出来心で」
慌てて飛びのくように立ち上がり、襟を正すアイビィさん。
「旦那様のお背中を見ていたらついつい添い寝したくなってしまって、わざとベッドを間違えてしまいました。本当にごめんなさい! もうしませんからっ!」
わざとって……。
それ心の声が出てますよ。
もうしませんからって、いやいや何度でもどうぞ。
でも徹夜で眠いので、今はやめて欲しい。
女の子に添い寝なんてされたら、寝れなくなってしまうから。
このまま二徹とかしたら、若くないおっさんなので確実に死んでしまいます。
「アイビィさんは隣のベッドで寝てください」
「ごめんなさい! 失礼いたしました」
なんかアイビィさん、色々と天然ボケっぽいキャラらしい。
今まで見てた感じだとそんな感じじゃなかったんだけどな。
なんか二人だけになってからボケ具合が半端ない。




