おっさん、深夜の特訓!
既に、今夜の特訓で教える内容は、昨日の夜に四人で話し合っていたらしい。
アイビィさんが留守番になってしまったので、正確には三人となる。
最初の特訓の先生はファルコンさんだ。
暗闇の中の駐車場での特訓が始まった。
「まずは剣技の訓練と言いたいところだが、剣技の訓練はしない」
「剣は使わないのですか?」
「ああ。剣技を習得することは容易ではなく、ソロでボスに通用するレベルで剣技を習得するには、早くても五年や一〇年は掛かる。それでは時間が掛かり過ぎる。だから剣技は教えない事にした。そこで少しでも使える魔法を基軸として、正攻法でない方法でボスに勝てる様に導く事にした。魔法なら訓練次第で短期間で火力が伸びる可能性も有るからな」
「なるほど。よろしくお願いします」
「敵としては比較的火力の低いボスのマンドラゴラをターゲットとして考えている。火力の高い敵だと一般人のおっさんには、防御力的に無理だろうと判断した結論だ。他のボスに関しての対策や特訓は行わない。他のボスが出た時点で棄権する事とする。この方針を受け入れてもらいたい」
「もちろんです」
「ありがとう。では、俺からの特訓を始めたい。先ずは回避だ! 俺からの特訓では、とにかく逃げ回る事を覚えてもらう。マンドラは複数の敵なので、同時に襲ってくる複数の攻撃から避けられねば、生き延びる事は出来ん! モンスターも人間も攻撃をする時には必ず予知動作と言うものが有り、無意識にそれを発してしまう。そこで、今回の特訓は、それを体で感じ取って、避けるための訓練だ。敵の攻撃前に予知動作を察して、それを避ける! まずは一対一での訓練から行くぞ!」
「おねがいします!」
剣を斜め上に構えるファルコンさん。
それを見切って避ける訓練。
上から振り降してくるか、横から薙いで来るか解らない感じの剣の持ち方。
剣を握った手に力が込められた。
くるぞ!
来る!
上からなのか、横からなのか見切らないと!
ファルコンさんが動いた!
横だ!
きっと横からだ!
見えない程の速さの剣!
俺はとっさに一歩下がる。
攻撃は突きだった!
──ぶすり!
俺の脇腹に剣が刺さった。
ぐはぁ!
激痛が腹から脳天に突き抜ける!
剣先が脇腹に突き刺さり背中に先端が抜けていた!
「あっ!」
刺すつもりのなかった剣が刺さってしまってバツが悪そうなファルコンさん。
頭をポリポリ掻いている。
俺はと言うと、剣を抜かれたあと、駐車場の床の上をゴロゴロと殺虫剤を掛けられた芋虫がのたうちまわる様に転がっていた。
「いてーよ! いてーよ! いでー!!! しぬーー!!!」
「いやあ、すまんすまん」
シリィさんの回復呪文で復帰するおっさん。
回復魔法を掛けられると、嘘のように痛みが治まり傷口がふさがった。
服に穴が空いたままで血の染みが残ったままだけどな。
回復魔法はスゲーな。
これ、トラックに轢かれても即死しなければ生き返られるんじゃね?
それにしてもファルコンさん!
すまんで済ませるなよ!
手加減しろよ!
みんな、俺が剣を避けられなかったことで困り果てた顔をしている。
避けられて当然だった攻撃らしい。
あれを避けられないとダメなのか?
あんな攻撃、おっさんには避けるどころか見えもしません!
「むぅ……まさかあれが避けられぬとは、困ったもんじゃのう」
「どうしましょうか?」
「どうって言われても、あれが避けられないとなると、複数の敵からの回避は教えようがないじゃろ」
「むぅ。じゃあ、次のオジーの技を教えてやってくれ」
次にオジーさんが特訓を始める。
「ワシが教えるのは防御を兼ねた攻撃だ。敵が襲ってきても、防御しながらなら、お主にも出来るだろう。ワシが教えるのは盾による攻撃シールドスマッシャーだ。ほれ、この盾を持って!」
オジーさんに以前あげたトゲトゲの一杯付いた盾を渡して来た。
あれからかなり使っているのか、所々に浅い傷が刻み込まれている。
「さあ、この盾を持って敵の攻撃や魔法に合わせて盾を振るんじゃ。それだけじゃ!」
ファルコンさんとオジーさんが俺に向かって突っ込んで来るので、それを盾で受ける。
するとすぐに大声で叱られる。
「受けるんじゃなく、盾で叩きつける様に弾くんじゃ!」
これは回避と比べると覚えるのは簡単で、一時間程の訓練で敵の弾き方を覚えられたが破壊力は殆ど無い。
オジーさんが見せた見本では火球を弾き返すほどの威力だったが、おっさんのはそんなレベルに達してる感じではない。
まだまだ訓練が必要な感じだ。
「威力はまだまだじゃが、基本は覚えたからこんなもんじゃろう。後は練習するのみじゃな。ワシからの訓練はこんなとこじゃ」
そして次の特訓。
シリィさんからの特訓だ。
「わたしからは魔法攻撃を有効にする技『レジストブレイカー』よ。攻撃魔法はね、詠唱者と敵のレベル差が有り過ぎると、魔力障壁に阻まれて攻撃魔法のダメージが通らなくなるの。そこで出番なのが魔力障壁を破壊するレジストブレイカーよ」
「おっさんのピンポン玉サイズの火球でもダメージ入る様になりますか!?」
「そ、それは、ど、どうかな?」
目を泳がして、ファルコンさんの助け舟を期待するかの表情をするシリィさん。
ファルコンさんが助け舟を出した。
「そうだな、努力次第だ! 確かにピンポン玉サイズの火球では、魔力障壁が消えたとしてもほとんどダメージは入らないと思うが、今後おっさんが努力して攻撃魔法の威力が上がればレジストブレイカーで確実にダメージが入るようになるぞ」
なんか、いいこと言ってるようでいて、ピンポン玉サイズの火球じゃダメだと、思いっきりディスられて、ダメだしされた。
でも、嫌味に聞こえないのがファルコンさんのいいところ。
人の扱い方が上手い。
こんな人が上司だったらなぁと憧れてしまう。
無職だから、今の俺には上司なんていないけどな!
「そそ、だから覚えておいて損はないの」
「なるほどです」
「じゃあ、教えるわよ。この技はね、物理攻撃に魔力を載せるの。物理攻撃で魔力障壁を突破させて、武器に載せた魔力で障壁に傷を付けるの。こう言うと難しいように聞こえるけど、武器の先端に魔力を灯して殴るだけなの。簡単でしょ?」
「随分と簡単なんですね」
「ええ。やる事は簡単。ロウソクの先端に炎を灯す感じで杖に炎魔法を載せるの。後は殴るだけね。じゃあ実際やってみて」
「はい!」
「あら、一発で出来たね。優秀です!」
「ありがとうございます」
今度はファルコンさんが先生になる。
「こんどはな、……」
空が白むまで色々と教えてもらったが、結局おっさんが使えるようになったのはシールドスマッシャーとレジストブレイカーの二つだけだった。
あまりにもふがいない自分に少し嫌気がさす。
子供の頃は結構物覚えがいい方だったはずのにな。
いまのおっさんはダメだ。
おっさんの、あまりの物覚えの悪さに三人の先生はかなりウンザリしていた様で、おっさんが「夜も明けるみたいですし、訓練はここまでにしましょう」と伝えると、今までのおっさんの人生の中で、一度も見た事が無いような晴れ晴れとしてた顔を見せつけてくれた。
*
帰り道、二四時間営業の牛丼屋で、おっさんのおごりで牛丼を食べることにした。
「肉載せただけのご飯なのにおいしいね」
「玉ねぎが具と薬味の両方の役割をしてて中々じゃな」
「この汁の染みたご飯がいいね」
と、なかなか好評だった。
おっさんはと言うと、一晩中自分の不甲斐なさでキリキリと胃が痛かったので、牛丼は食べれず豆腐ご飯にしておいた。
食ったんかいー!っていうツッコミは無しの方向で!
*
家に戻ると、アイビィさんが寝ずの番をして待っていてくれた。
少し瞼が腫れぼったい。
その瞼をペロペロと舐めて癒してやりたい。
ついでに豊満な丘の突起も。
メンタルが最悪の状態でも、エロいことを考えられる自分に感心するわ。
「おかえりなさい。お疲れさまでした。特訓の方はどうでした? いろいろと上達しました?」
一晩付き合って貰ったのにろくに覚えられなかったおっさんは、アイビィさんの満面の笑みを見るとまた胃がキリキリと痛くなりました。
「ええ、まあ……」
おっさんが言葉を濁してるとファルコンさんがフォローする。
「まあ、なんだ。今まで剣や魔法と無縁の世界に生きていた割にはいい結果だったと思うぞ」
「うんうん」
「まあ、そうじゃな。よくやった」
みんな、おっさんを労ってくれるが、心の中では確実に「まったく使い物にならなかった」と言ってるのが表情から解るのが辛い。
おっさんが朝食を作り始めると、皆は玄関フロアのソファーに移動して打ち合わせをし始めた。
かなり声を潜めてるので、換気扇の音にかき消されて会話の内容は断片的にしか聞こえない。
「アイビィ、どうするつもりだ? 元々の予定どおり……」
「はい。残りたいと思います」
「俺は勧めないぞ」
「わたしは予定通りちゃんと回復魔法を覚えてもらうまでここに残る……、最後まで面倒見たいと……」
「ワシは反対じゃ。あいつは素質皆無で……」
「そうよ、あいつはどんなに教えても絶対に覚えられない……」
なんか、おっさんの事を言いたい放題言われてる予感。
「本当に残る気なのか?」
「はい」
「一緒に帰ろうよ……」
「形だけ教えて帰るのも一つの手じゃよ」
「そこまで残りたいのって……何かあるのか?」
「実は、あの人の……」
「うそっ! アイビィ、あのおっさんの事が……なの!?」
「うん」
「……はこの前来た時に……に心底……れてしまった様なんだ」
「ワシじゃあかんのか! ワシじゃ!」
「ダメです!」
「くぅー!」
「……なのよ」
「むう……」
「そこまで言うなら協力はしてやるが……だぞ」
「はい。覚悟……ます!」
「ワシじゃあかんのか! ワシじゃ!」
「ダメです!」
「くぅー!」
なにやら怪しげな事を話している予感。
それとなく近づいて話を聞こうとしたら、ムチムチ軍団が起きて来た。
「おはようございますー」
「朝のお風呂入っていいかしら?」
「どうぞー」
「もうすぐご飯出来ますから、上がったら食べてくださいね」
その声を聞くと同時に、玄関ロビーでの打ち合わせは終了し部屋へと移動した。
朝七時になると早めの朝食が始まる。
メニューはいつもの朝メニューだ。
ダイニングに着いて皆で食べているとファルコンさんが話を切りだした。
「回復魔法の特訓の事なんだが、アイビィがここに残って、おっさんがしっかりと覚えるまで教える事にしたいんだけどいいかな?」
「自分でも自覚しているんですが、かなり物覚えが悪い方なので、そこまでして貰わなくていいですよ。きっとすぐには覚えられないと思いますので」
「アイビィは少なくとも、半年一年はここに残る覚悟をしているそうだ」
「そこまでご迷惑をお掛けする訳にはいかないので、いいですよ」
「おねがい! わたしがしたいの! ここに残らせて!」
「と、アイビィもいってるんだが、置いてやってくれないか? もちろん訓練の時間以外は宿の仕事をさせて構わないから」
「お願いします」
アイビィさんに回復魔法を教えてもらうのに、なぜかお願いされちゃってるし。
いいのかな?
ありがたい事はありがたいんだけど。
そこまでやって貰っちゃっていいのかな?
「断る理由は何も無いんですが、本当によろしいんですか?」
「はい!」
「ただ、先に断って置きますが、向こうの世界とこちらの世界では時間の流れが違うようでして、こちらで長期間滞在すると向こうの世界に戻った時に、もの凄い時間が経ってるなんて事になると思うんですが、本当によろしいのですか?」
「はい、こちらに骨をうずめる覚悟でいます」
「いやー、そこまで言われると、こちらとしては肩身が狭くて困るんですが」
「おっさん、頼む! この俺の顔を立てると思って、アイビィをここに置いてやってくれ」
「はい。よろしくお願いします」
「ありがとう! わたし、一生尽くしますから!」
「ちょっと大げさな……こちらこそお願いします」
こうして、アイビィさんは俺の家に住み込みで回復魔法を教えてくれることになった。




