おっさんの宿屋が冒険者の間で噂になってた件!
おっさんはお客さんが来るまでの空き時間、ダンジョンの柱に向かって必死に魔法を撃つ練習をしていた。
ボス部屋前の柱はいつの間にか直っていた。
正確に言うと、日替わりと同時におっさんの部屋から接続するボス前部屋が変わって、柱が壊れたボス前部屋と違う部屋に接続されたんじゃないかと思う。
あの壊れた柱の部屋は、あのままじゃないかとおっさんは予想している。
でも、あの部屋に再び繋がらない事には、その予想を実証する事は出来ない。
朝から一〇〇発ほどの魔法を撃ちこむ。
相変わらずサイズはピンポン玉だけど、魔弾が出るまでの時間が明らかに早くなってきた。
詠唱いや魔術構築?と言うのかな?
たぶんそんなのが早くできるようになってきた。
おっさん、魔法の素質が有るかも。
そんな事を考えながら一人ほくそ笑むとボス前部屋に誰か入って来た。
見慣れた顔。
以前ボス攻略を手伝ってくれたファルコンさん一行だった。
「やっと見つけたぞ!」
「ファルコンさん!」
ファルコンさんはいつものメンバーを連れておっさんに再会のハグをする。
「いきなりいなくなって、散々探したぞ!」
「いやー、こっちもいきなりはぐれちゃって、唖然としましたよ」
「なんでこんなとこに居る?」
「魔法陣を抜けたら、なぜか宿に戻っちゃったんですよ。ここで立ち話もなんですから、宿の中にどうぞ」
今日もファルコンさん一行は泊まってくれるようだ。
さすがに今日は宿代は取れないので、無料と言う事にしようと思ったが、さすがにそれでは飲み食いする時に肩身が狭いと言って、正規の料金を払ってくれた。
いつもの様に女性陣を先に風呂に案内すると、あれからの経過報告をする。
「なるほどー。魔法陣を踏んだのにここに戻されたのか。それで俺たちとはぐれたんだな」
「はい。前にボス部屋で死んだ時も、ダンジョンの外ではなくここの宿屋に戻されたんですよ」
「ふーむ。それは困ったな。今までそういう話は一度も聞いたことが無いからな。ダンジョンで死ぬと道中では死体となり、ボス部屋では地上に戻る。今までそれが当たり前と思っていたんだが、今おっさんの身の上に起こってる事はどうやら違うようだな」
「可能性としては、死に戻りも魔法陣も、ダンジョンに入った場所に戻されるんじゃないかと予想しています」
「今までの話を聞いてると、その可能性は十分有るな」
「ここから一生出られないんでしょうか?」
「何とも言えないな。世界のダンジョンは、ダンジョンマスター一人の手によって作り出されたものだからな。そのダンジョンマスターがどの様な仕掛けでダンジョンを作ったのかは、俺たちにはわからない」
「ならダンジョンマスターに会えばいいんじゃよ」
「オジー、何か知ってるのか?」
「詳しくは知らんがな。なんでも噂では、ボスをソロで撃破すると、極稀にダンジョンマスターが現れて戦いを挑んで来るそうだ」
「それは根も葉もない都市伝説レベルの噂だろ?」
「そうかもしれないが、手がかりのない今、ダンジョンマスターに会うにはそれをやるしか無かろう」
「確かに」
「じゃあ、特訓だな! ソロでボスを倒せるようになるまで特訓だ!」
「特訓じゃのう! わしらに任せろ!」
「俺の特訓は死ぬほどキツいから覚悟しろよ!」
「ワシの特訓も死ぬほどキツいから覚悟するんじゃよ」
「よろしくお願いします!」
おっさんはファルコンさん達から特訓を受けることになった。
*
夕飯の時間。
今日の食事は串カツだ。
豚肉と長ネギを交互に挟んで、パン粉を付けて揚げただけのシンプルな物。
それ一種類だけである。
大酒飲みの彼らには、これまた大好評であった。
食事か飲み会か解らない様な夕飯が延々続く。
酒屋に電話して急遽配達してもらった、中瓶の生ビール二ケースがあっという間に飲み干された。
そして。
次々に酔い潰れるメンバーたち。
夜一〇時位になって残っているのは、串を揚げ続けていて、ほとんど飲んでいないおっさんと、手伝いをしてくれていた僧侶のアイビィさんだけだった。
アイビィさんはお酒に強いんじゃなくて、おっさん同様ほとんど飲んでなかったので酔ってない様だ。
聞くとアイビィさんは「あなたと一緒に飲みたいから、お仕事終わるの待ってたんです」との事。
可愛い事言ってくれるなぁ。
おっさんの第三の目が、この娘はおっさんを間違いなく好いていると言っている。
おっさんはアイビィさんと二人だけでお酒を交わす。
二人だけのアバンチュール。
いけない恋の逃避行。
おっさん、こういうのに憧れてます。
まあ、テーブルには大いびきをかいて寝ている野郎二人と、よだれの海を作って寝ているお嬢ちゃんが居たのでムードもへったくれもないが。
「アイビィさんは回復呪文が得意なんですよね?」
「得意って程じゃないですけどね」
「こんど教えてもらえますか?」
「もちろん特訓の中で教えますよ。なんでも、おっさんは万能の指輪を持ってるそうじゃないですか」
「ええ。確かに持っていますが、一代継承の外れ品ですよ」
「なら、攻撃魔法も回復魔法も両方とも覚えられますよ」
指輪の事はどわ美が言いふらしたのかな?
今度会ったらキツく言っておかないと!
どわ美の尻尾を掴むためにも情報の流出先をそれとなく探ってみるか。
「その事をどこでお聞きになりました?」
「何処でって、冒険者の間では結構噂になってるよ」
「どんな噂です?」
「えーっとね、宿屋のオーナーは万能の指輪を持っている元勇者の引退騎士で、この宿屋はダンジョンの中に有るけど実は魔界に有るって話ですし、オーナーの機嫌がいいと帰り際に魔王を倒して手に入れた、凄いお宝くれるって話ですし」
「話に物凄い尾ひれ付いてますね」
思わず苦笑してしまうおっさん。
「でも、これって、尾ひれは付いてるかもしれないけど、全部本当じゃないんですか? 確かに万能の指輪持ってるし、窓から見える風景はどう見てもダンジョンの中って感じじゃないし、前にお宝もくれましたし!」
「そう言われるとそうかもしれませんね」
二人して笑う。
「でね、もう一つ噂が有るんです」
おっさんの背筋に冷汗が流れる。
二人の宿泊客に手を出してしまった事がバレたか?
宿屋と言う、甘いエサで釣った女性を食い物にするエロ宿屋主!
そんな噂が流れてもおかしく無いことをしてきた。
もし、そんなことがバレてしまったら、宿屋の存続が危ぶまれおっさんは無職に逆戻り。
それどころか、おっさんが冒険者ギルドから討伐対象案件に指定されて、駆除されてしまう!
それだけは嫌!
リリナに会う前に退治されるのだけは嫌!
でも、リリナとどわ美の二人なら……そんな事を言いふらさないと思う。
言いふらさないで欲しい……。
となると、誰が言いふらした?
心配するおっさんを横目に、アイビィさんが語ったのはその事ではなかった。
「なんか魔界には、音と映像を結び付けた娯楽みたいなのが有って、物凄く面白いらしいの。しってますか? なんかね、異世界人同士が入れ替わる話で……」
あ、これ、えっちゃんを映画に連れて行った時の話だ。
えっちゃん、今どうしてるのかな?
またお酒飲んで暴れて無ければいいんだけど。
指輪を付けるの忘れて、またお酒飲んで暴れたりしてないかな?
ちょっと心配。
それにしても、宿屋の事はえっちゃんが情報リーク元だったか。
えっちゃんとは何もいかがわしい事をしてないから、セフセフ。
いかがわしい事はされたけど!
すんごく命の危険になる目には遭ったけど!
おっさんの首繋がった!
討伐対象モンスター化回避!
「でね、最初物凄く話が面白かったのに、途中で終わっちゃったらしいの。なんでも万能の指輪の持ち主が途中で居なくなっちゃったので、魔界語が解らなくなっちゃったらしいんだ」
間違いなくえっちゃんの事だ。
「でね、その話の続きを巡って冒険者の中で大論争になってるのよ。二人が結ばれたとか結ばれないとか、やられる前に魔王をやりにいったとか、魔王と結婚しただとかね」
「なにその話??」
『蟹の名は。』は魔王なんて出てくる話だったろうか?
えっちゃんの事だ。
一人で映画館に置いて行かれて寂しくなって、映画館を出ちゃったぐらいだから、ちゃんと話を見てなかったんだろうな。
それが冒険者の間で人伝えで語られるうちに、訳わからない話に変貌したんじゃないかと。
「でね、わたしもその話を見てみたいの。連れてってもらえないですか?」
「いいですよ。明日みんなで行きましょう」
「やったー!」
翌日ファルコンさんたちも連れてみんなで映画に行くことになった。
*
翌日、ショッピングモールの映画館に行くことになったおっさん達。
もちろん『蟹の名は。』を見に行くのが目的。
さすがに、鎧やローブを着て映画に行くわけにもいかないので、部屋着のジャージのまま出かける事になった。
まあ、ジャージ姿も四人集まると、立派に変な集団。
結局、街を行きかう人たちにジロジロ見られることになってしまったので、着替えた意味は殆ど無かった。
「ねぇねぇ? あれなあに?」
「あれはコンビニっていう何でも屋さん」
「え! あんな小さな店なのに武器も防具も売ってるの?」
「売ってない。売ってない。そんな危ない物売ってないし!」
「じゃあ、ポーションは売ってる?」
「それも売ってない」
「じゃあ、何でも屋さんじゃないじゃない!」
「何にも売ってない屋さんじゃな」
「ねぇねぇ? あれなあに?」
「薬屋さんだよ。こっちではドラックストアって言う名前なんだけどね」
「ここなら、ポーション売ってるよね?」
「売ってない売ってない」
「なんちゅうーモグリな薬屋なんじゃ」
「魔界って遅れてるねー」
「そうじゃな、ワシらの世界が一番じゃ!」
「うんうん!」
お上りさんの異世界人にバカにされて、おっさんは何とも微妙な気分。
いや、でもさ。
もしかするとおっさんの認識が間違えてるのかもしれないぞ。
異世界=時代遅れってイメージだけど、実はとんでもなくハイテク化された世界の可能性も微粒子レベルで存在する。
高度に文明が進化し過ぎて、全ての物が効率化され、食事は〇ロリーメイトだけ、ビールも〇ッピーだけって感じの、市民生活レベルはむしろ退廃した世界なのかもしれない。
……ってことは有るわけもないか。
単にお上りさんのお国自慢だ。
大阪人が渋谷や秋葉原に来た時、やたら『難波や梅田の方がええで!』と言うあれ。
逆もまたしかり。
気にしたら負け。
ここは華麗にスルーしよう。
*
映画は初回上映の席が取れた。
混む前の時間が取れて一安心。
まだ朝早いせいか客も疎らだ。
座席も中央通路沿いなので、多少声を上げても他の客に迷惑かける事も少ないだろう。
上映が始まると、前半の異世界人同士が入れ替わり、相手の生活を送るコメディーパートは皆大笑い。
あまりの笑い声に、周囲を気にしたくなるほどのレベル。
後半の衛星爆弾から地球を守るアクションパートになると、おっさんの両脇に座る女性陣はハラハラドキドキしているのか、おっさんの手を左右からぎゅっと握ってくる。
女の子のお手て、小さくて柔らこう御座います。
これから毎晩、この手を女の子の手と思ってペロペロして、一生大事におかずとして活用させていただきます。
トイレに行っても一生洗いませんからっ!
対する男性陣も固唾を飲んでみている。
オジーさんとファルコンさんもドキドキするのか、二人で手を繋いで見ている。
手を繋いだ二人に変な恋愛感情が沸かないか少し心配。
おっさんの家で『〇らないか?』の世界に耽ってる二人を見つけたら、その部屋ごと焼却処分してやるわ。
そして最後の恋愛パート。
女性陣は二人の行く末が気になるのか、目をとろんとさせて画面を食い入るように見ていた。
*
映画館を出ると、フードコートで軽い食事。
「なかなか良かったわ!」
「うわさどうりね!」
「最後すれ違ったまま終わるかと思ったら、ちゃんと結ばれて涙が出てきちゃったわよ」
「うんうん!」
「ココロがこう……キュンとしたわよね」
「うんうん!」
「堅盾長が面白いって言ってたのも、うなずける出来だな」
「けんじんちょう?」
「ああ、ちょっと前に物凄いレア武器をダンジョンから掘り出してきて騎士団になった、名前は確か……、」
えっちゃんだ!
間違いなくえっちゃんだ。
「エルテルさん!」
「そう、そのエステルさんだ。おっさん、知り合いか?」
「ええ。まあ」
「あー、なるほどな。グラトニーソードの出所はおっさんかー。あー、なるほどね」
一人納得するファルコンさん。
えっちゃん、あれからどうなったかと思ってたんだけど、騎士団に復帰出来たんだな。
よかった、よかった。
飲み会で酔い止めの指輪を付け忘れて大暴れなんて事、もうするなよ。
おっさんが、えっちゃんとの思い出に浸っていると、ファルコンさんがおっさんの背中を叩いてきた。
「何ぼーっとしてるんだよ」
「あっ、すいません」
「そんじゃいいもの見せてもらったし、訓練をする為の広い場所でも探し始めるとするか。おっさん、どこかに訓練出来る様な場所の心当たりないか?」
「うーん、広い場所ですか」
広い場所と言えば公園と小中学校の校庭。
でも、公園は夜でも犬の散歩をする人なんかが意外といる。
小中学校の校庭は、最近のセキュリティ強化で門塀に侵入者を感知するセンサー完備だし、中に入れたとしても魔法なんて使ってたら、近所に住む住民にすぐに通報されるだろう。
なるべく剣を振り回してるとこや、魔法を撃ってるとこを見せたくない。
となると、どこか貸し切りの倉庫でも借りないとダメかな?なんて事を考えるといい事を思いついた。
「ありますよ、このすぐ近く」
「おし! 行くぞー!」
着いた先は、ショッピングモールの屋上駐車場。
車千台も駐車出来るほどの広さで、小学校の校庭が三つも四つも入るほどの広さ。
ここなら潜り込めさえすれば外からの目を気にすることはない。
「今はまだ使えないんですが、夜になれば人が居なくなるので安心して使えます」
「おう! これはいいな! じゃあ、夜になったら特訓開始だ!」
おっさんは、ショッピングモールの駐車場でボス攻略の訓練をすることになった。




