女騎士、エステル・フォンブラウン!
えっちゃんは気絶をしていた。
ゲロの海の中で。
全身ゲロまみれって奴だ。
あまりに臭いので、体を拭くことにした。
ベッドに運び、タオルの上に寝かせると服を脱がせる。
服を脱がせ、濡れタオルで丁寧に体を清める。
豊満な丘の突起と股間の陰りだけはおっさんの舌で丁寧に仕上げ拭きをしようかと思ったけど、さすがにこれだけ臭いと天使の様なボディーの持ち主でもそれをする気になれなかった。
まあ、思っただけ。
そんな事しないけどな。
胃の中の物をすべて綺麗に吐き出したので、寝かせておいても気管に物が詰る事は無いだろう。
安心して朝まで寝かせておける。
目が覚めても満々とアルコールの入っていた胃は既に空。
目が覚める頃にはアルコールも既に抜けていて、再び暴れだすことも無いはずだ。
最初は近づくのにも勇気が要るほど臭かったが、丁寧に拭いた事でそれほど臭わなくなった。
念の為鑑定をしてみる。
名前 エステル・フォンブラウン
年齢 二二歳
状態 睡眠 気絶 暴食
混乱は抜けているようで、正気に戻ってる様だ。
清め終わったえっちゃんに下着を着せて、そのまま寝かして置くことにした。
*
さてと、おっさんはえっちゃんが寝ている間にしないといけない事が色々と有る。
まずは清掃だ。
マンションの入り口に吐き散らかした物を洗い流し、折れた剣も回収する。
そして細切れになったドアをガムテープで貼って応急処置。
さすがにガムテープを使っての応急修理ではドアをまともに開閉できそうもないが、この物騒なご時世、ドア無しよりは絶対にいい。
ドアは急いでちゃんとした修理をしないとな。
電話をして閉店時間直前の業者に修理の依頼をしておいた。
業者が言うには、「そこのマンションなら規格品が使えるから明日の午後六時には交換できるよ」との事で、工事費込みで八万円。
結構痛い出費だった。
次は鑑定。
床に転がった酒瓶を鑑定するが、どれも毒物は検出されなかった。
と言う事は、すべてえっちゃん側が原因か。
今ならなんとなく、えっちゃんが騎士団をクビになった原因がわかる。
これはあくまでもおっさんの予想だが……。
えっちゃんが入団したその日、えっちゃんを招いての歓迎会が行われたんだと思う。
たしか、ダイニングテーブルで飲んでいた時に、歓迎会がどうのこうの言っていたので間違いないと思う。
きっとその歓迎会は男性団員も含めた歓迎会で、美人で新人のえっちゃんを酔わせてお持ち帰りしたいと思う輩も少なからずいたんだと思う。
そのせいで、過剰にお酒を飲ませられるえっちゃん。
だが酒に強いえっちゃんはなかなか酔わずに、逆に先輩男性陣が先に酔いつぶれる。
そうなると、えっちゃんのオンステージだ。
飲み放題が始まる。
浴びるように酒を飲み続けるえっちゃん。
そして限界を超えると、今夜のように暴れだした。
絡み酒ってやつだ。
酔いつぶれて身動き出来ない男性団員が恐怖するほどの勢いでな。
そりゃ、翌日解雇になるわ。
おまけに本人は酔うと記憶が無くなるんだろう。
暴れた記憶が一切ない。
えっちゃんとしては、理由も解らず突然解雇されて訳わからない状態。
きっとそんな感じ。
今日の事も、お酒を飲み始めた頃ぐらいの記憶は残るだろうけど、その先の記憶は残って無い事になると思う。
そうなると扱いに困るのはこの折れた剣だ。
事の顛末をすべて話しても、記憶の無いえっちゃんは信じてくれないだろう。
素手で剣をへし折るおばさんが居るなんて事を信じてくれる訳がない。
となると、寝ている間に俺が過失で剣を折ってしまった事になるかもしれない。
さすがにそうなると、剣の弁償代が発生することになる。
異世界の剣がどのぐらいの値段がするかは解らないが、少なくとも宿屋の一泊料金の金貨五枚じゃ全く足りないってのだけは解る。
バレないように修理するか素直に謝って代わりの物を渡すしかない。
さすがに折れた剣の代わりに包丁を渡しても納得してくれないだろうな。
俺はそんなことを夜中ずっと思い悩んでいたら空が白み始めた。
そして至った結論!
こうなったら、とことん誤魔化し通すしかない!
とりあえず朝になったら、えっちゃんを映画に連れ出そう。
そして俺は上映中に映画館から抜け出して金物屋に行って剣の修理だ。
運よく根元からポッキリ折れてるから、寸を詰めて誤魔化す修理なら出来るはず!
無理を言えばきっとやってくれるはず!
うん、それしかない!
そうしよう!
*
朝九時にえっちゃんは起きた。
「おはようございます。昨日飲み過ぎたせいか少し寝過ごしてしまいました。ごめんなさい」
「昨日の事は覚えてますか?」
「えーと、お酒を飲み始めたとこまでは覚えているんですが……その後は……」
「その後すぐに寝ちゃったのでベットに運んできたんだ」
「そうだったんですが。ご迷惑お掛けしました」
「昨日した約束覚えてるかな?」
「約束……ですか?」
「今日これから映画という物を見に行くんだけど、一緒に付き合ってくれるよね?」
「映画ですか? それはどのような物なんでしょうか?」
「映画と言うものは動く絵で物語を楽しむ、こちらの世界の娯楽なんだ」
「ぜひ見てみたいです。御一緒してよろしいですか?」
「もちろん! じゃあ、今すぐ出掛けよう!」
危ないからと言って銀の鎧を着こもうとするえっちゃんを止めて、ジャージで外出。
映画館はショッピングモールの中にある映画館だ。
朝一番の九時半からの上映に間に合った。
見る映画はアニメの『蟹の名は。』だ。
今年最大のヒット作で、蟹星人と夢の中で意識が入れ替わる事になった女の子の話だ。
地球に向けて発射された遊星爆弾を二人の力で食い止めるという、SFと恋愛物が融合した映画でである。
これなら絵を見てるだけでも楽しいので、地球の常識を知らない異世界人のえっちゃんでも楽しめるはず!
実際、えっちゃんは二人の入れ替わりシーンを見て喜んでた。
映画を三〇分ほど見てると、包丁屋の開店の午前一〇時になった。
俺はお腹が痛くなったからトイレに行くと言って、事前に調べておいた包丁屋の電話番号に掛けまくる。
殆どの店は断られたが、一軒だけ実物を見せてくれてから判断したいと言われたので、タクシーで家に戻り剣を持って包丁屋に向かった。
「ポッキリ折れちゃってるんですが、これを溶接か何かで治せますか?」
「直せることは直せるけど、今すぐって訳にはいかないなー。溶接屋に掛け合わないといけないから、早くても三日掛かるぞ」
「もう少し早くなりませんか? 剣を切りつめて短くしてもいいですから!」
「剣を切りつめるなら、金属加工工場も絡むから三日じゃ済まなくて、二週間ぐらい掛かるぞ」
「そんなにかかるんです? ちょっと急ぎなんですが、どうにかなりませんかね?」
「さすがにこれだけの代物だと、どうにもならないなー」
「そうですか。一度持ち主と相談してからまた来ます」
「そうしてくれ」
結局包丁屋との交渉は上手くいかなかった。
えっちゃんが映画館で待ってるから急いで戻らないといけないな。
俺は剣を置きに家に戻る途中、悪い考えが思いついた。
「ダンジョンで宝箱を開けたら剣が取れるんじゃないか?」と。
俺はタクシーの運転手に行先変更を告げる。
「すいません、〇ーナンに向かって下さい」
「はいよ!」
〇ーナンに向かったのは宝箱の鍵こじ開け用のドライバーとハンマーを買う為だ。
以前使っていたドライバとハンマーは、リリナにあげたリュックの中に入れたままで失っていたからだ。
予備も含めてマイナスドライバー一〇本とハンマー三本、懐中電灯三本、電池三パックを買う。
家に戻ると早速ダンジョンの探索だ。
宝箱はボス前部屋に二個鎮座していた。
手慣れた感じでドライバーをねじ込み解錠。
出て来たのはねじくれた禍々しい感じの剣と指輪だった。
早速鑑定してみる。
──グラトニーソード SSSR
──属性:なし
──拒食の指輪 SSR
──属性:拒食
どっちも今一つっぽいが、一代継承のついていないレアっぽいのでこれで許してもらおう。
さっそく片手剣を担いで部屋持ってこうとするが、やたら重い。
こんなもん武器として振るえる代物のか?
まあ、レアだし、折れた剣よりはマシだよな。
半分引きずりながらやっとの事で家へと運ぶ。
あまりに重すぎて運ぶのに結構時間を食ってしまった。
時計を見ると既に十一時半。
映画の終わってる時間だった。
映画が終わった後、どうすればいいか解らず、一人でえっちゃん困ってるかもしれない。
俺は待たせていたタクシーに乗り大急ぎで映画館へと戻る。
*
ショッピングモールに着くと迷子の放送をしていた。
『迷子のご案内をします。銀髪の二〇歳ぐらいの女性の方が迷子になっています。心当たりの方は迷子センターにまでお願いします』
銀髪の二〇歳ってえっちゃん以外いないじゃないか!
俺は迷子センターへと駆け込んだ。
するとえっちゃんが俺に飛びついて来て胸の中で泣きじゃくった。
「うえっ…うえっ…うえっ……」
「ごめん、待たせちゃったな」
「うううう……あなたが居なくなった途端、映画の声が解らない言葉になって、他の人とも話せなくなっちゃって……物凄く寂しかった」
そうだ。
えっちゃんが俺と普通に日本語を話せるのは、万能の指輪のおかげだった。
俺が映画館を出たら、当然えっちゃんが日本語が解らなくなるのは解っている事だった。
完全に俺のミス。
「ごめん、寂しい思いさせてしまったな。ご飯でも食べて宿に帰ろう」
「うん」
フードコートで色々と食べたせいか、えっちゃんはご機嫌になった。
ただ食べる量が半端なかった。
軽く一〇人前はぺろりとお腹の中におさめる。
それでも、他のテーブルで食べている人を見つめる目は物欲しそうな目だった。
たぶん、大食い女王としても十分やっていけるレベルだ。
これは鑑定の時にみた、暴食の属性のせいなんだろうか?
えっちゃんを鑑定してみると、今も暴食の属性が付いている。
もしかするとこの暴食の属性は、えっちゃんが生まれながらに持っているものなのかもしれない。
この属性が無くなればこんなに食べる事も無くなるんだろうか?
その時、先ほどダンジョンで取って来てポケットに入れた指輪の事を思い出す。
『拒食の指輪』
もしかしてこれが使えるんじゃないだろうか?
俺はえっちゃんに指輪を付けるように勧めてみた。
「これ、さっきダンジョンで取って来た拒食の指輪って言うんだ。ちょっとつけてみてくれないかな?」
「拒食の指輪ですか? 私あんまり食欲ない方ですから……」
いやいやいや、一〇人前も一人で食ってて食欲ないとか無いだろ。
俺はえっちゃんの指に指輪をはめた。
そして鑑定。
名前 エステル・フォンブラウン
年齢 二十二歳
状態 なし
えっちゃんから暴食のステータスが消えていた。
拒食の指輪で暴食のステータスを打ち消したようだ。
「やったな! 暴食のステータスが消えたぞ!」
「…………」
えっちゃんをみると、顔を青くして口を押えていた。
これは間違いない!
リバースの予感!
暴食のステータスが無くなった事で、明らかに胃の許容量をオーバーし、えっちゃんは吐きそうになっていた。
慌ててえっちゃんから指輪を抜き取る俺。
「はー、はー、吐きそうになりました。なんなんですか!? この指輪は?」
「これは食欲を抑える指輪だよ。少しの食事で満腹感が味わえるようになるんだ」
「そんなものが有るんですか!?」
「ついさっきダンジョンで拾ったんだ」
「え? ダンジョンですか?」
おっさんは観念して昨日からのすべての事をえっちゃんに話した。
するとえっちゃんは僕に向かって深々と頭を下げた。
「そうだったんですか。大変なご迷惑をお掛けしました。わたしも薄々気が付いていたんですよ。酒癖の悪さに。でも自分では信じられなかったので、受け入れることが出来ませんでした。本当にご迷惑をお掛けしました」
「でもこの指輪が有ればもう大丈夫。今までみたいには飲めなくなるから、暴れるとこまではいかなくなると思うよ。これを貰ってくれないかな?」
「いいのですか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
えっちゃんは指輪を受け取ると俺に微笑んでくれた。
*
家に戻るとすでに時間は午後三時半だった。
えっちゃんとのお別れのタイムリミットも近い。
ジャージから純銀の鎧に着替えたえっちゃんは凛々しかった。
俺は折れた剣を渡す。
「こんな形になってすいません」
「いえいえ、ただ、ちょっと寂しいかなと」
「申し訳ありません。こんな高価な剣を折ってしまって」
「いえいえ私がしでかしたことが原因ですし、それに高い剣じゃないんですよ。騎士団に入る時に妹が買ってくれた剣で。弱いんですが思い出が込められいて、なかなか手放せなくて……折れてくれたことで、次のステップの剣に買い替える、いい機会になりましたよ」
そう言って微笑んで、折れた剣を受け取ってくれた。
「買い替えで思い出したんですが、代わりの剣を受け取ってもらえませんか? 重くて使えるか解らないんですが、この折れた剣の代わりに、あそこに転がっている剣を受け取ってもらえないでしょうか?」
その剣を見たえっちゃんの目が見開かれた!
そして飛びつくように駆け寄ったえっちゃん。
「こ、これは! グラトニーソードではないですか!!!」
「重くて振れるか解らないような剣ですけど」
「何を言ってるんですか! これは騎士なら一度は手にすることを夢見る、鉄壁のガードを誇るグラトニーソードですよ! まさに夢の武器です!」
「でも重くて……」
「これぐらい軽々ですよ」
ぶんぶんとあの重かった剣を片手で振り回すえっちゃん。
騎士だけ有って女でもかなりの力持ちである。
「それに剣を振る騎士なんていません! 騎士は盾を構える物です!」
「振らないの?」
「剣なんてステータスを上げるためのお飾りです!」
「なんと!」
「ところで、本当にこれを頂けるのですか?」
「お詫びにどうぞ」
「お詫びにって、本当にこんな高い剣を貰っていいんですか?」
「どぞどぞ。ここに置いてあっても運ぶのも大変なぐらいだし」
「ありがとう! じゃあ、私からのお礼です」
えっちゃんはおっさんに唇を重ねた。
そして小声でつぶやいた。
「す・き・で・す」
「え?」
「いえ、なんでもないです! なんでもっ!」
「では、ダンジョンの入口がそろそろ閉まるので、お別れですね」
「あ、はい。この剣の試し切りを兼ねてボス戦に行ってきます!」
「いってらっしゃい!」
「この御恩は一生忘れませんから! 何かあったら絶対に御恩を返しに来ますから!」
そう言うと、女騎士エステル・フォンブラウンはダンジョンの中に消えていった。




