おっさん、待ち人来ず!
「明日の夜にはなんとか戻ってくる!」
そう言ったリリナの為に、大好きなすき焼きを用意して待っていた。
今日は肉をさらに奮発して、一パック一九八〇円の高級和牛すき焼き肉だ。
それも二パック!
この肉ならば、前回よりもさらにおいしい筈だ。
きっとこの肉を口にしたリリナは、余りのおいしさに放心状態になるぞ!
いや、美味し過ぎて気絶するかもしれない!
ほかの材料も入れると、五〇〇〇円の大散財。
ちょっと奮発しすぎて、おっさんの財布の中身は大ピンチだ。
でもリリナの笑顔はプライスレス!
あの笑顔にならば、百万円掛けても惜しくない!
財布の中身のピンチ位、どうってことはない。
どうってことは無いよ……。
俺はすき焼きの具材を用意して、リリナの帰りを今か今かと待ち続ける。
ダンジョンの入り口を一日中覗いて待っていたが、結局その日にリリナが戻って来る事は無かった。
いつの間にかダンジョンの入り口は消え、くたびれた背広の掛けられたウォークインクローゼットの景色に戻っていた。
どうやらこのダンジョンは、午前一〇時から午後四時までの六時間限定らしい。
その時間だけ向こうの世界、つまりダンジョンと繋がっている様だ。
どうりで、仕事をしている頃はダンジョンの存在に気がつかなかった訳だ。
無職になってからも、職安に出かけるときは朝八時前に出掛けていたし、職安に行かない日は、着た切り雀で部屋の中でゴロゴロしていただけなので、当然クローゼットを開ける事も無く、その存在に気がつかなかった。
きっとリリナも夜中に戻ると言っていたので、この時間制限に引っ掛かって戻れなくなっているんだろう。
だが、翌日もリリナをずっと待っていたが、戻っては来なかった。
リリナの身に何か有ったのかな?
年甲斐も無くリリナの事が心配になって、物が手に付かなくなる俺。
リリナの事が心配でも何もすることが出来ず、ダンジョンの入り口を見ながら待つことしかできなかった。
結局、リリナはその日も、その翌日も、その翌日も……結局一週間戻って来ることは無かった。
どうしたんだろう?
もしかして、ここに来る間に事故にでも有ったのだろうか?
でも強い仲間を引き連れてやって来ると言ってたはず。
そんなトラブルに遭うはずも無いだろう。
さすがに、何かのトラブルが有っても、もう戻って来ててもおかしく無い時間は過ぎていた。
リリナはもう戻ってこない?
あの笑顔はもう見れないのか?
二人で燃え上がったあの夜は幻だったのか?
リリナ、戻って来てくれ!
たのむ!
お願いだから帰って来てくれ!
気がつくと、俺の心にはリリナの形をした穴がぽっかりと空いてしまっていた。
*
その翌日、ついにリリナが戻って来た!
洞窟から響く靴音、そして人影!
間違いない!
リリナだ!
リリナが帰って来た!
散々じらせやがって!
じらしプレイかよ!
おっさん、そう言うのはもうお腹いっぱいだから!
思わず洞窟に駆け出す俺。
「リリナ! 遅いじゃないか!」
俺はリリナを抱きしめた!
「ちょっ! やめんかっ!」
あれ?
なんかリリナと抱き心地が違う。
胸のバイン!とした弾力がなくて、すげーゴツゴツしてる。
間違いなく胸がまな板。
しかも体全体が、かなりちんまりしてるような……。
激しく暴れるので、俺は抱きしめた物を解放した。
「いきなり何するんだっ!」
目の前には、小学生ぐらいの背丈をした幼女が立って憤慨していた。
「あ、すまん。ごめん」
「いきなりなにすんだよっ!」
「ごめん。ちょっと人違いで……本当にごめん」
「まあいいわっ。人には過ちと言うのは有るもんだからなっ。この可愛い女の子を見たら、思わず抱きしめたくなるって気持ちは、解からないでもないからなっ! ところでおっさん、この辺りに宿屋が有ると思うんだけど知らないか?」
「宿屋ってもしかして俺の家の事かも」
「おっ! やっぱ宿屋はここか! やっとみつけたぞっ! ちょっと世話になるからなっ!」
幼女は俺を洞窟の中に置いてきぼりで、宿屋、つまり俺の部屋の中に入っていった。




