最後の言葉は
思いつくままに書き上げてしまったので、
誤字脱字があればごめんなさい_|\○ _
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ある日、私の前に天使が現れた。
天使を名乗る純白の君は、硝子のような透き通る声で残酷を呟く。
私は、もう少しで死ぬらしい。
人は時に、此之世に未練という呪縛で繋がれ天に還れ無くなることがあるそうだ。
天使はそれを起こさせないように死期の近付いた人間の願いを叶えるのが仕事らしい。
けれど誰の願いでも叶える訳ではなく、善良な行いをしてきた人のみが受けられる 最後の施し なんだそう。
全て、自称天使の言う言葉であって信用出来る要素はひとつもないのだけれど、私の目の前の美少年の背中には確かに純白の羽根が二つくっ付いていた。
少年は見れば私より二つ下程度の整った顔していた。
窓辺に佇むその姿は、月明かりに照らされてその肌の白さや翼が銀色に輝いて見えた。
「 天使、かぁ 」
「 はい 」
「 私、死ぬんだ 」
「 はい 」
「 .... いつ死ぬかとかは、教えてくれるの?」
「 ごめんなさい 」
彼の謝る顔があまりにも切ないものだから、私の胸も同調するように傷んだ。
「 いつまでもそんな所に居ないで、入ってきなさい 」
天蓋付きのベッドから降り、私は窓へと手を伸ばした。
少年はゆっくりとその手を取った。
冷たい手だった。
彼が本当に人ならざる者だと認識して、離しかけた手を優しく握られた。
「 ... 私の願いは、もうわかっているのね 」
鳥籠の中で私は生きてきた。
望めば何でも手に入った。
囚われのお嬢様は、心臓に茨を巻き付けて夜な夜な嘆きの歌をうたう。
どれ程莫大なお金を使っても、私の病は治らなかった。
母は死に、父は私を諦めた。
閉じこめられた大きな館は悲しいほどに美しく、夜は寂しさに呑まれてまた歌う。
成人を迎えられないと宣告されたあの日から、冷たい歌声を響かせて。
嗚呼 神様、どうして私なの。
世界中の誰でもなく、どうして、私なの。
時が過ぎるほど伸びた美しい黒髪とは裏腹に、生命は削られて行く。
死ぬと言われても私が動揺しなかったのは、わかっていたから。
絶望に打ちひしがれる毎日に、自分の手では打てなかった終止符が打たれんとしたことに喜びを感じてすらいたのだから。
けれど、人は貪欲なもので。
たったひとつだけ、願いが叶うというのならば。
恋が、してみたいのです。
普通の人が生きる中で普通にする恋愛というものを、一度でいいから体験してみたいのです。
心焦がれるような愛しいという気持ちを、味わってみたいのです。
少年は全てを見透かしたような銀色の瞳で私を真っ直ぐに見つめた。
握られた掌から這うように腕へ、腰へと少年の指先が動いた。
「 私は、ルイスと申します。ジュリア・バーツ様 」
体の芯を鷲掴みにされたように動かない身体は、少年の細腕にしっかりと支えられていた。
私がゆっくりと彼の背中に腕を回すと、天を凌駕するような二対の羽根は消えていた。
馬鹿げた話だと思った。
けれど、もうあと少しの命の散り際、戯言のような恋愛ごっこにゆうに付き合える程には、自分で言うのも難じゃない程に暇を持て余していた。
なんせお姫様はひとりぼっちだったのだから。
初対面の彼と恋愛が出来るなんて思って居なかったし、恋愛に見る夢は人並みではなかった。
だから、私の中で暇潰しの数日間が始まった瞬間だった。
死に向かうカウントダウンであるのに、あまりに世界は鮮やかに見えた。
それからというもの、ひとりぼっちだった私の生活は一変した。
▷
「 ジュリア様 見てください 花が咲いています」
「 そりゃあ咲くでしょう、花だもの。」
天国にはたくさんの花が咲いているものだと思っていたけれど、そうではないらしい。
そもそも天国という「場所」は無く、てんごくと呼ばれるそれはいわゆる天使達の会社なのだそう。
天使になりたてのルイスは、下界をあまり知らないので反応がとても初々しくて微笑ましかった。
「 ジュリア様、この紅茶、美味しいですね」
「 当たり前でしょう。私のオリジナルブレンドなのよ 」
天使は飲食や排泄をしなくても生きれるらしい。
そもそも天使というものは人間の姿をしているだけで、人では無い。
血の通わない肢体は冷たく、怪我や病にも掛からないのだ。
人形なような身体でいるのに、ルイスの屈託の無い笑顔は私の口角を自然と緩めた。
「 ジュリア、見てください。」
「 ん?」
振り返れば、鳥や猫や犬に囲まれたルイス。
思わず吹き出してしまう。
天使は人ならざる異形だけれど、生き物に好かれるのかしら。
少なくともルイスはそうらしい。
困った顔をしながらルイスは膝に抱えた猫を撫でる。
その猫が羨ましいなんて思ったのは内緒にしよう。
「 ジュリア、星が綺麗ですよ 」
「 そうねルイス 」
二人で見上げた流星群はとても綺麗だった。
キラキラ、キラキラ、願い事を唱える前に消えてしまうけれど。
一人で見上げていた空は暗く曇って見えたけれど、もう私は一人で悲しい歌を歌わなくていいのだと思うと、何だか切ない気持ちになった。
ルイスは何も言わずに、優しく私を抱き締めた。
「 ジュリア、気持ちいいですか?」
「 ええ。貴方の手は冷たくて気持ちいいわ 」
泡風呂をはしゃぐ仔犬のように喜ぶルイス。
薔薇風呂の香りにうっとりとするルイス。
私の髪を流しながら、時々花の萎れるような顔をする、ルイス。
いつの間にか私の心は、ルイスでいっぱいになっていった。
ルイスが私の元に舞い降りてから一週間が過ぎた。
その日もいつもと同じ様に、寄り添って寝る筈だった。
「 ルイス?」
姿が見えなかった。
毎日、ジュリアが髪を乾かす間に、ルイスは庭園から1本だけ薔薇の花を積んで来て部屋の花瓶にそれを差す。
けれど、見えた部屋の花瓶は空だった。
「 ルイス!!!何処にいるの!!」
屋敷を駆け回り、声を荒らげた。
苦しくなる胸を抑えながら、ひとりになりたくないと嘆く。
暇潰しの筈の彼と過ごした日々は、私の中でかけがえの無いものになっていたことに気が付いた。
「 ジュリア!」
駆け寄ってくる足音は、ふわりと軽く。
「 ルイス 、ルイス ――- 。」
すがりつくようにルイスの胸元に顔を埋めた。
いつも通り、私を優しく抱きしめながら、ルイスは私の頭を撫でた。
今にも壊れてしまいそうな硝子細工を扱う様に、丁寧に、けれどしっかりと私を抱き寄せながら。
私は母の腕の中で安心する子供のように、深い闇に吸い込まれる感覚に身を任せ、眠りに落ちた。
「 もう二度と、あの悲しい歌を歌わせないから 」と、聞こえた気がした。
「 .... ルイス?」
「 うん 。ここに居るよジュリア 」
目覚めは爽快ではなかった。
昨晩の無理が効いているようで、身体が鉛の様に重く、声を出すのもやっとだった。
ふと目線を傾けた部屋の片隅の花瓶には、薔薇ではなく、朱と白のグラデーションが綺麗な一輪の花が差されていた。
「 ... あれ 、は 」
「 アネモネという花です。」
「 ... 随分お花に詳しくなったのね、ルイス 」
「 ええ。ジュリアの好きなものですから 」
私の丹精込めて育てている庭には、アネモネの花など咲いたことは無かった。
当たり前だわ、種を植えていないのだからね。
けれど、花瓶からそっと花を取り、私の元へと持ってくるルイスのほろ苦く泣いているようにも見える笑顔を見ては、どこから積んできたのかなんて聞くことは出来なかった。
「 ジュリアなら知ってるかもしれないけれど、アネモネの花言葉は、君を愛す、なんですよ。」
正解。
けれどルイス、知っている?
朱いアネモネの花言葉は確かに「君を愛す」だけれど、
アネモネ本体の花言葉が、「儚い恋」だって事。
その日から、私は床に伏せるようになった。
段々と出なくなる声、動かなくなる手足がもどかしかった。
ルイスは私の前ではいつも笑顔を絶やさず、毎夜どこからか朱いアネモネの花を積んできては、部屋に飾った。
そして、その日は来た。
貴方と出会った日と同じ、晴れた明るい夜の事だった。
「 ジュリア .... 」
泣かないで、ルイス。
笑っていて、ルイス。
その思いは声にならずとも、ルイスには届いているようだった。
けれど彼は、その白い肌を濡らしながら、乱暴な程に強く私を抱き締めた。
馬鹿ね。
死ぬのは私なのに、どうして貴方が泣くの。
「 ジュリア .... 、僕は 」
〝 君を、愛す 〟
ええ。ええ。
痛いほど伝わっているわ。
冷たくなんてない。
貴方の心は暖かかった。
「 ..... 安らかに 」
ルイス 。
嗚呼、ルイス 。
貴方を、愛しています。
口付けをする事も、肌を重ねる事も無かったけれど。
たった数日間のことだったけれど。
まさに、儚い、恋であったけれど。
――― 有難う。
◁
主人の居なくなった館の庭は、不思議にも毎年美しい朱い花を咲かせます。
毎夜、嘆きの歌を歌っていたお姫様はもう居らず、
代わりに静かな羽音が響くだけ。
「 ずっと、君を見ていたんだ --- 」
その悲しい歌を、笑い声に変えたかったんだ。
今日も、窓辺に、天使がひとり。
ここまで読んでいただいて嬉しいです。
たまにこういうのを書きたくなるんですよね←
また、どうぞ宜しくお願いします(´・_・`)