1 「プロローグ」
「これで15社目か…」
雲一つない晴天の下、まだ平日の昼間だからだろうか、子供1人としていない閑散とした公園のベンチに腰を下ろしながら黒木淳哉はほんの数十秒前に、彼に不合格の知らせを伝えた携帯を右手にさげ、深いため息をつく。
志望度がそんなに高かったわけでもなく、またひたすら座ったまま長時間パソコンと睨めっこすることもそれほど好きではないのに、事務作業に生涯を捧げられるとも思っていなかったので、今迄に比べると悲しさはまだ小さい方だったのだが、周りの友人達がどんどんと内定をもらっていくせいで焦燥感が彼の心を埋め尽くしていた。
淳哉は決して学歴が低いわけではない。コミュニケーション能力が乏しいわけでもない。ただ、決定的に言えることは、彼の人生には『物語』がないのだ。
勉強も人並みにこなし、常に中間層に留まり続け、サークルに入ることもなく、ただコンビニのバイトで食いつなぎ、これといった趣味も持たず、自主的にどこかへ出掛けてみるわけでもなく、残りの時間をただだらだらと浪費するだけの生活をおくる人間なのであった。
そんな中身の詰まっていない彼に対して、何人もの面接官が質問をぶつけてきたわけだが、話が広がるわけもなく、案の定、もっと魅力のある他の志願者を採用するのであった。
「この際入れればなんでもいいか…」
誰に対して向けられたわけでもなく、彼は口から言葉を溢しながら、カバンの中に無造作に放り込まれている求人誌を取り出し、パラパラとめくりながらまだ赤いボールペンで印のつけられていないところに目をやる。
「もうのこっているのはこのいかにも怪しいところだけか…」
再度深いため息をつきながら彼が目に留めたのは、駆除作業を代行する会社であった。がしかし、備考の欄には『未経験者大歓迎!』『給料は働き次第!』『週7日働ける方募集』などなど、何万歩譲ったとしてもまともな会社であるとは判断することが難しいことばかりが記載されている。
具体的な給料が記載されているわけでもなく、業務内容には、スズメバチをはじめとした様々な危険生物を駆除する仕事、とのみ書かれており、あとは電話番号が書かれているのみであった。
彼が今までに目にしてきた中でも最も、それもずば抜けて胡散臭いバイトである。しかし、その時の淳哉には、どうせ応募したところで落ちるのが関の山だろうという思考が働いたため、彼は半ば興味本位でその電話番号にかけてみることにした。
「はい、お電話ありがとうございます。こちら駆除代行カンパニーですが」
二度目のコールの後、声音から推測するに、20代後半であろうかと思われる女性の声が響いた。
「もしもし、求人誌を見て電話したのですが」
なんてひねりのない会社名なのだろうか、と内心で思いながらも、彼は続けた。
「ありがとうございます。それでは今からそちらへ社員を向かわせますね」
幾度となく面接を繰り返した淳哉は、いつのもようにこのテンプレートな応対を流し切るはずだった。
「え、社員を向かわせるって一体どういうこと—」
普段では考えられないような女性の返答に対して、率直に浮かんだ疑問を最後まで伝えきる前に、黒く巨大な影が物凄いスピードで近付いてくるのを視界の端で捉える。
その影はみるみるうちに大きくなっていき、どのような対処の行動をとるのが適切なのか考える暇もなく、また意識をそのモノに集中させて、一体それがなんなのかを認識する前に、まるでそこに何もなかったかのように、フッと消えた—
轟音と強い衝撃が脳を右へ左へ揺らす。彼の後頭部を起点とし、衝撃は全身へと波状に広がっていく。そして少し遅れて、世界がグニャリ、と歪んで色を失う。
頭から指の先まで全身の筋肉が弛緩し、なすすべなく地面が近づいてくる。そして淳哉は、そのままゆっくりと両眼を閉じて倒れた。