Ⅴ
一枚の絵があった。
壁に描かれた窓枠に座って。空を見上げる黒猫とそれを見上げる茶色の犬。
なんて事のないモノなのかもしれないけれど、僕にとってはとても大切な絵だった。
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ある日、僕はその絵に“梅雨”を描き足した。
描き終わった後、僕は少しだけ後悔をした。
本当に納得のいくものなんて描けるはずが無いのに、僕は描きなおす余地も無いほど完璧な絵を描きたかった。
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ある日、僕はその絵に“秋”を描き足した。
その時は自分は天才だと思うほど、よく描けた気がしていたけれど、次の日になるとまだまだ足りない気がした。
僕は誰もが振り向くけれど、誰からの批判も受けない絵を描きたかった。
φ
ある日、僕はその絵に“冬”を描き足した。
これで完成だと思った。僕の描きたい事全てを詰め込んだと思ったけれど、描きたい事は次から次に溢れてきた。
でも僕は、見た人全てから賞賛されるような絵を描きたかった。
けれど、違った。
僕がその絵を描いたのは。
絵の中の犬が猫に何度も会いに来ていたのは。
本当は、ただの手向けだ。
僕は、あぁ、うん。思い出していたよ。
少し忘れっぽいから、大事な事までいずれ忘れてしまうんだ。
でもまたきっと思い出すから。
君達と過ごした時間も、一緒に視たものも、交わした言葉も。
――だから、ねぇ。
――ねぇ。
――きっと、また、もうすぐ会えるけど。だけど、さようなら。