第五幕 八十三話 The Rune/消えた子供たち
鮮夜とミス・ファービュラスがラ・イールと化したエティエンヌ=ド・ヴィニョルによって倒された時、セタンタは左手の人差し指に意識を集中させていた。
「ナウシズ。イサ。スリサズ!」
詞を紡ぎながら魔力を集中させた指で、滑らかにルーン・オガムを空中に描く。
描かれた三つの文字は淡い蒼碧の輝きを帯びながら魔術を発動させた。
教会を覆っていたドーム状に広がった闇に異変が現れる。
蒼碧の光の帯が闇を覆っていき、全てを包み込む。
これ以上の広がりを抑え込んでいた。
「そぉらぁ!」
勢いよく左手を握りしめるセタンタの動きに合わせて、蒼碧の光と共に闇が一斉に塵となって消え失せたのだ。
見事教会を闇の中から救出したセタンタはニカッと微笑む。
「俺ってば、ほんと何でもできちまうんだよな」
と、格好をつけながらもセタンタの意識は教会の内部へと向けられていた。
「さて、スプレッドとカルナたちがどうなってるのか。確かめに行くとするか」
そう言ってセタンタは教会の中へと足を踏み入れた。
長く続く廊下をあっという間に駆け抜けて、メインの部屋へとやって来た彼の紅い瞳に映ったのは、廃墟と見間違うほど荒れ果てた部屋。そして。
「スプレッド! カルナ!」
部屋の中央にスプレッド・レイザーとカルナが傷だらけで倒れていた。
スプレッド・レイザーの肩を揺すって何度か呼びかける。
「スプレッド。おい、スプレッド!」
反応がない。
「スプレッド・レイザー!」
「……うっ、うぅ……」
意識があることを確認できて安堵するセタンタ。
次はカルナだった。
「こりゃ酷ぇな」
カルナのダメージはスプレッド・レイザーよりも深刻だった。
頭や体中から血を流している。
もしかしたら、と最悪の可能性が過る。
しかし、セタンタはそう簡単に諦める男ではない。
うつ伏せに倒れているカルナの背中に左手を当てて、魔力を集中させる。
「ウンジョー。イングズ」
温かな光がカルナに染み渡って行く。
断っておくが、スプレッド・レイザーを治癒しないわけではない。
パッと見て、カルナの方が重傷だったため優先しているだけだ。
しばらく治癒魔術を施していると、カルナの呼吸が整ってきた。
「カルナ。俺の声が聞こえるか?」
「……う、く、クー・フーリン?」
「ああそうだ。よく持ち堪えたな」
セタンタのおかげでカルナの傷は塞がった。
ダメージは完全には癒えていない。
朦朧とする意識の中で、カルナがゆっくりと体を起こした。
「どうして、お前がここに?」
「ドクターから連絡があったんだよ。鮮夜とスプレッド・レイザー、そしてお前がここに向かったって。一応、俺と桜花が到着するのを待つように指示したが、恐らく聞かないだろうってドクターが言ってたが。ま、その通りだったわけだ」
「……アリアがいるって考えたら居ても立っても居られなくて。鮮夜とスプレッド・レイザーは俺のために――」
そこまで話してカルナの言葉止まった。
苦悶に満ちた表情がみるみるうちに焦りに変化していく。
辺りを見回して必死に何かを。誰かを捜している。
「アリア……。アリアは、何処に。アリア! 痛っ」
セタンタがカルナの額にデコピンをお見舞いした。
だが、ただのデコピンではない。
古のアイルランド・キングダムを駆け抜けた大英雄クー・フーリンのデコピンだ。
本人は軽くのつもりでも受けた側は相当痛い。
現に、当たった瞬間、カルナの頭が物凄い速さで後ろに弾かれたのだから。
「落ち着け。ここにはお前とスプレッド・レイザー以外の気配はない」
頭がもげるかと思ったと、カルナは額をさすっていた。
「俺たち以外には誰も?」
それはおかしかった。
アリアが本当にここにいたのかどうかはジル=ド・モンモランシ・ラヴァルが断言していなかったので、結局わからずじまい。
既に別の場所へ移動させられていたのかもしれない。
けれど、確かなことはある。
ここには何百人という子供たちが籠に囚われていたはずだ。
「子供たちもいないのか?」
「子供たち? それってまさか、神隠しで消えたガキ共のことか?」
「ああ。ここにいたんだ。あの籠の中――に」
残されていたのは壁が見えなくなるほど積み上げられた籠ではなく、木っ端微塵に壊れた籠の残骸だった。
「まさか、連れていかれたのか」
「どうやら、いろいろ聞かなくちゃいけないことがあるみたいだな」
そうして、カルナは教会で起こった出来事をセタンタに全て告げた。
痛々しく。悲しく。
アリアの無事を祈りながら。