第四幕 六十二話 Let's Start/さぁ、彼女のために
鮮夜たちが教会へ向かっている最中、視点は再びエティエンヌたちのアジトへ移動した。
重く軋む音を上げる扉を開いてエティエンヌが中へと入る。
「ジル、戻ったぞ」
ちょうど奥から歩いてきていたジルが反応した。
「エティエンヌ。その様子だと――おお! それはまさに!」
ジルはエティエンヌの持つ《聖旗》を見た瞬間、歓喜の表情となった。
エティエンヌが旗を掲げる。
「そうだ。これこそ彼女の旗。彼女の想いを体現するものだ」
「ようやく私たちの準備も終わる、というわけですか」
「全て揃ったか?」
「ジャンヌの聖旗。そしてジャンヌの器となるあの騎士王。後は――」
二人は巨大な円形上の部屋を見渡す。
未だすすり泣く声がところどころから響き渡って来る。
「ジャンヌの贄にするための材料も十分だな」
「ええ。この時代に具現化され、あなたから計画聞き、ずっと集め続けた。質と量。どちらも兼ね備えたね」
邪魔も入りましたが、とジルは続けた。
鮮夜たちスーペリアーズのことだろう。
「残るは場所だな」
「それもだいたいの見当はつけていますよ」
ジルの魔術によって空間にヴィジョンが浮かび上がった。
光がカーディフの街を形成していく。
そしてある一点を指差した。
「ここです」
「これは確か……」
「ビュート・パークです」
「あのカーディフ城がある場所か」
ビュート・パークは神隠しのインシデントが起きた場所。
つまり、ジルが子供たちを誘拐した場所でもあった。
犯人は再び現場へ戻ると言うが、同じ心理ということなのだろうか。
「このカーディフという街には神秘の存在を引き寄せるエネルギアが集中しています。そのエネルギアがもっとも強い場所、それはウェールズ=ミレニアム・センターのあるロアルド・ダール」
「ならば、そちらの方がいいのではないか?」
いいえ、とジルは首を横に振った。何か確信がある様子で。
「彼女――ジャンヌのことを考えればビュート・パークの方がいいのですよ」
「ああ、あの古びた城があるからか」
「彼女の魂を呼び出すためには環境が大切。カーディフ城というよりもあの場所はもっと引きつけるものが――」
「待て」
ジルの語りをエティエンヌが静止させた。
「何事ですか?」
「お前の魔術でわかるだろう」
「おっとそうでした。すっかり、あの騎士王の守りを解くことに集中していて忘れていました」
このアジトにはジル=ド・モンモランシ・ラヴァルが黒魔術による結界を施していた。
結界の様子を確認すると何かが近づいてくることがわかった。
「ふむ。どうやらついにここがばれてしまったようですね」
「奴らか」
「スーペリアーズ。いよいよですか」
「そうだな。今までは材料集めに時間を割いていたがここまでだ。全て揃った。ならば、後は邪魔な奴らを始末するだけだ」
エティエンヌが《聖旗》を地面に突き刺す。
「お前には触れられんだろう。こいつを簡単に持ち運べるようにしておけ」
「アズユウウィッス」
エティエンヌが大戦斧を携え再び外へと向かった。
ジルは部屋の中央に突き刺された《聖旗》を間近でまじまじと見る。
「嗚呼、ジャンヌ。あなたがいないと言うのに、この旗はこんなにも神々しく、それでいて力強い輝きを放っている」
まるで踊るようにジルは《聖旗》を中心にくるくると回る。
「あなたをこの世に復活させ、再びこの旗を握る時、一体どれほどの奇跡をあなたは起こしてくれるのでしょうか! 本当に、本当に……心から楽しみで仕方ありません」
ジルは《聖旗》に黒魔術を施す。
術式が発動して聖なる旗は光の中へと消え去った。
「これでよし。さて、後はエティエンヌがスーペリアーズを引きつけてくれている間に、あの騎士王と生贄たちを移動させなければ。おっと、その前に」
空間に浮かぶヴィジョンにジルはエティエンヌを映し出した。
「エティエンヌ」
「何だジル?」
「私の分もちゃんと残しておいてくださいね」
その言葉を聞いてエティエンヌは口元に笑みを浮かべた。
まるで楽しんでいるかのように。
「ああ、だが保証はできんぞ。急げとだけ言っておこう」
了解です。そう言ってジルはヴィジョンを消した。