第一幕 五話 折れたカリバーン
8/20 一部改稿しました。
「アリアが何をしたって言うんだ」
カルナは困惑し、隣にいるアリアは心底申し訳なさそうな表情でいる。
そんな二人に鮮夜は真実を突きつける。
「言葉通りだ。そこの女が真にアーサー王なら過ちを犯したんだよ」
「それは戦いで人を殺したことを言ってるのか?」
「違う。そんなことじゃない。戦で人を討つのは当然のことだ。あの時代ならなおさらな」
「アリアよ、お前は自分では語らないのか?」
「おいおい桜花。そういじめてやるな。それほど、この女は鮮夜の言う真実を恥じているってことなんだろうよ」
桜花は別にいじめてるわけではない、とセタンタに詰め寄る。
そりゃ悪かったよ、とセタンタは桜花の頬をつついている。
何だかんだと仲が良い二人だ。
「さっきアンタは言ったな。真実を語るって。カルナだったか。お前も知りたいだろ? なら、アリアの口から聞いた方が良くないか?」
セタンタの言葉にカルナはアリアに視線を送る。
アリアもまたカルナに視線を返した。
「アリア、無理しなくていいんだ。俺たちは今回ドクターに頼まれて、インシデントの解決に協力するために来た。なのに、いきなりこんなことになって動揺するのも当然だ。何があっても俺は気にしない。だから――」
アリアを気遣ってのことなのだろう。
だが、カルナの想いを受けてアリアは決意することになる。
「カルナ、ありがとう。あなたがわたしを想ってくれてること。すごく伝わってるよ。わたしもこのことを話す日が来るなんて思わなかった。でも、ちょうどいいのかもしれない」
アリアは一度静かに瞳を閉じて、深呼吸をした後、艶やかな桃色の唇から声を発した。
「あの日の記憶は鮮明に覚えているわ」
そうしてアリアは語る。
遙か古の時代。自らが犯してしまった過ちを。
アーサー・ペンドラゴンは選定の剣である《カリバーン》を抜き王となり、ブリテンの統一のために大陸を奔走した。
ある戦場にてアーサーは仲間の騎士たちと共に窮地に陥る。
「戦では常に勝利を胸に戦っていたけれど、あの日は死が隣にいるように感じていました。仲間たちも自分たちのことで精一杯でとても連携なんてできないでいた。このままでは負ける。仲間が死んでしまう。そう思いました」
数多の騎士たちが入り乱れていた。
敵も味方も互いの想いを貫くために必死で戦っていた。
そんな最中、アーサーは仲間が倒れているのを見つけた。
疲弊しきっているのかすぐに立ち上がることができない様子。
そこに追い打ちをかけるように敵が自分の仲間へと斬りかかろうとしていた。
「考える暇もなかった。わたしはただ、仲間を救いたい。その一心で泥の大地を駆けていたわ」
アリアの脳裏にかつての光景が浮かび上がる。
曇天の下、円卓の騎士は凄絶な戦いを繰り広げていた。
今とは髪の色、体つきが異なるが、確かにその表情はアリアそのものだった。
その美しい顔に泥と返り血を浴びながら敵を屠る。
一歩。足が沈む。
二歩。滑るようで思うように進まない。
三歩。バランスを崩しながらも転ぶことはできない。
この一瞬を逃せば仲間は確実に死ぬ。
そんなことあってはならない。
アーサーは叫んだ。力の限り。手にしたカリバーンを振りかざし思いきり、ただ力いっぱいに相手の背中目掛けて振り下ろしたのだ。
「えっ、アーサー王が背中から敵を斬りつけたの?」
スプレッドレイザーが思わず声を漏らした。
アリアは俯いている。その行為を自分自身でも恥じているのだ。
「たとえ仲間を救うためだとしても、わたしは敵を背後から斬りつけ殺してしまった。仲間は礼を言ってくれました。でも……」
「そんなことよりも、アンタは自分のしてしまったことの方がショックだったわけだ」
「その通りです、クー・フーリン。わたしは騎士たちに鎧を着ているから。剣の腕が立つから騎士なのではないと。騎士道という志を貫くことが本来の騎士なのだと説いてきました。なのに、わたしは自分でそれを破ってしまったのです」
「でも、仲間を助けるためだったんだろ? その人もアリアに感謝したんだろ? 戦なんだ。そんなに自分を責める必要なんてない」
カルナの優しさにアリアは微笑みを浮かべてありがとう、と答えた。
けれど、カルナは理解していない。騎士という存在を。
そのことを鮮夜が言及する。
「カルナ。オマエも日本人ならわかるはずだ。昔の日本には武士がいて、彼らは武士道を胸に刻み貫いた。それは戒めであり、誓いであり、彼らにとって尊いものだったからだ。騎士道も同じ。騎士の中の騎士と言われていたアーサーがそれを破ったというのは、お前が考えるよりも大事なんだよ」
カルナには理解できなかった。
騎士道なんかよりも命の方が大切だろうと。
「それで敵を背中から斬ってどうなったんだよ?」
セタンタが続きを教えてくれとせがむ。
鮮夜がアリアの後を引き継いだ。
「敵を背後から斬ったアーサー王。確かにカルナの言うように仲間を救うためで、仲間たちもアーサー王の行動に感謝した。けれど選定の剣。カリバーンは認めなかったんだよ」
「カリバーンが、認めなかった……?」
「そうだカルナ。カリバーンはアーサーが敵を背後から斬り殺した瞬間、真っ二つに折れたんだ」
「そいつは一大事だな」
肩をすくめながら桜花が言う。
敵を背後から斬りつけた瞬間、カリバーンは折れた。カリバーンは選定の剣。アーサーを王たらしめる象徴だった。
幻想の魔術士マーリンは言った。
カリバーンを抜いた者がブリテンを導く王になる。そのカリバーンが折れてしまった。
それは暗にアーサーが王失格であると示しているようにも見えたのだ。
これを民に知られてはいけない。敵に知られてはいけない。
アーサーは代わりの剣を使おうと言ったが、周囲の者たちは何とかカリバーンを直すべきだと唱えた。
けれど、国中の鍛冶師。さらには魔術士に依頼したが、誰にもカリバーンを元に戻すことができなかった。
あのマーリンでさえも……。
「そこでアーサーはマーリンの助言で湖の女神に会いに行くことになったわけだ」
「湖に女神が住んでるの? それってウェイヴオーシャンみたいな?」
「いや、あの海底女とは違うからな、スプレッドレイザー。正真正銘の女神だったんだろう」
昔のアイルランド・キングダムはすごいねーっとスプレッドレイザーは感嘆した。
そうしてアーサー・ペンドラゴンは女神の住む湖にたどり着いた。