第二幕 四十二話 The Back to……/帰還
「クー、無事か?」
こちらに浮遊してくるミス・ファービュラスにセタンタは頷いて答えた。
「俺はな。改めて見てみるとすげぇ有様だな」
ルルトン中心部はほぼ壊滅的な打撃を受けていた。
駅、モール、ビルディングに至るまで崩れているのだ。
まさに災害。これを起こしたのがここにいるセタンタ、ミス・ファービュラス、そしてエティエンヌの三人だけというのだから恐れ入る。
「あの騎士が言っていた話は本当だと思う?」
「アリアが贄として捕またってことか。どうだろうな。でも……」
「でも?」
「嘘をつく理由がない」
エティエンヌ=ド・ヴィニョルは確かに、セタンタたちにとってはヴィランなのだろう。そこに間違いはない。
しかし、あの獅子のような騎士の在り方はどこまでも一途な想いで構成されていた。
ただただ、彼女を救いたいという想いで。
それは不謹慎かもしれないが綺麗だと思った。
想いが。在り方が。
そんな奴がわざわざ少し考えればわかるような嘘をつくとは思えなかった。
「となると、本当にアリアがさらわれたってことになるけど」
ポリスカーやアンビュランスのサイレンが鳴り響き、人々が泣き叫んでいる。
セタンタはミス・ファービュラス越しにその光景を一瞥した。
巻き込まれた者には同情もしよう。だが、野次馬で巻き込まれた者にはくだらないと。自業自得のくせに喚くなと心の中で思っていた。
その時、ミス・ファービュラスから電子音が聞こえた。
何故だろう。この言い方では彼女が機械仕掛けのように思える。
もちろんそんなことはない。
厳密に言えば、彼女の胸の谷間から聞こえてきた。
「お前の胸……」
セタンタが言うと、ミス・ファービュラスはサッと両手で自分の胸を隠す。
恥じらいながら上目遣いにセタンタを見る。
「こんな時に人の胸を見ているなんて変態」
「ちょっ、違う! お前の胸からデバイスの音が聞こえるって話だ!」
「あっ、そういうことか。もう紛らわしいよ」
それは胸の谷間にデバイスを挟んでいるお前のせいだろうに、とセタンタは思ったが、口にするのは恐ろしかったのでやめておいた。
ミス・ファービュラスは自分の胸の谷間に手を入れてデバイスを取り出した。
本当にどういう仕組みになっているのか皆目見当もつかない。
「誰かしら?」
デバイスのモニターに映し出されたのはドクターだった。
ドクターはとても安心した顔を見せた。
《良かった。繋がった》
「今まで繋がらなかったの?」
首を傾げるミス・ファービュラスにドクターは。
《セタンタはデバイスのパワーを切ってしまうし、ミス・ファービュラス。君はセタンタといる時は邪魔しないでと念を押したじゃないか》
そうだったかな、とミス・ファービュラスはとぼけた表情をする。
「仕方ねぇだろ。久しぶりに本気で勝負できると思ったんだから」
《ふぅ。それで? エティエンヌ=ド・ヴィニョルの方はどうなったんだい?》
ドクターに見せてやってくれとセタンタはミス・ファービュラスに指示する。
私に指図するとはいい度胸だと言いながらも彼女はデバイスからヴィジョンを投影した。
《これは、酷いな……》
ドクターは変わり果てたルルトンの光景に悲痛な面持ちで呟いた。
「これで済んだだけでもまだマシだ。そんなことよりドクター、エティエンヌの野郎が気になることを言ってたんだよ。アリアがさらわれたってな」
《知っていたのか!?》
目を見開いて驚くドクターの反応で二人はやはり真実だったのかと確信した。
《鮮夜たちが向かった場所で彼らはジル=ド・モンモランシ・ラヴァルと戦闘になったみたいだ。ただ、カーディフ・ベイに近づいていくにつれてノイズが入って彼らと連絡が取れない状態だったんだ。連絡が来たと思ったら鮮夜からアリアがさらわれたって聞かされた》
どうしてセタンタたちは知っているのかドクターが尋ねてくる。
「エティエンヌが話していたんだ。まるで遠くにいるジル。青髭の野郎と交信してるみたいにな」
《そうだったのか。とにかく、後始末はこちらに任せてくれ。今は一刻も早く戻ってきてほしい》
「もちろん。そのつもりだ」
ドクターとの通信を終えてセタンタは再びルルトンの街を見渡す。
これが〝マティリアライズ・ミィス〟によって具現化された神現者との戦いの結果。
こんな光景をきっと自分の愛する女は見て悲しむ。
だからこそ、セタンタは愛する女を守るために戦い、それが結局世界を守ることにも繋がる。
結果論だが、彼にはそれでいい。
愛する者のために行動する。
それが最も大切で貴い想いなのだから。
「クー、いくぞ」
「おう」
こうしてルルトンでの戦いは終わり、舞台は再び鮮夜たちへと戻る。