第二幕 三十六話 The Battle of Ruluton/カサド・ドヴァッハの能力
「これで決める!」
背後からの声に振り向くエティエンヌ。
彼の獣の瞳には、まさにセタンタが《カサド・ドヴァッハ》を薙ぎ払った瞬間が映った。
「ぐぅ……がっ!」
セタンタの宣言通り、《カサド・ドヴァッハ》はエティエンヌの脇腹に傷をつけた。
「そらぁっ!」
斬りつけられて体勢を崩したエティエンヌに対して回し蹴りを繰り出すセタンタ。
対するエティエンヌが何とか戦斧で攻撃を防いだが、セタンタはその戦斧ごと相手を蹴り飛ばした。
戦斧を地面に突き刺して抉りながら止まるエティエンヌ。
再び戦斧を構えてセタンタに攻撃を仕掛けようとした時だ。
「――ッ!? な、何だこれは!」
「ヘッ、どうやらアンタのような存在でもカサド・ドヴァッハの効果は十分発揮されるみたいだな」
まぁ当然か、とセタンタは一人納得する。
「グオオオオオオ!」
雄叫びを上げるエティエンヌ。
セタンタの斬撃を受けたとは言え、致命傷には程遠いダメージだ。
にもかかわらず、体が震え、嫌な汗を流し、体を支えるために戦斧に体重を乗せていた。
「な、何なんだこいつは……」
セタンタはエティエンヌが言葉を話すことに驚き口笛を吹いた。
「驚いたぜ。カサド・ドヴァッハで斬られたってのに話せるなんてな」
「……どういう、ことだ?」
それでもエティエンヌの動きは確実に鈍っていた。
「俺のこの武器、恐槍剣カサド・ドヴァッハはな、斬った相手に対して恐怖を叩きつけるんだよ」
「恐怖を、叩きつけるだと?」
そうだ、と頷いてセタンタは説明する。
恐槍剣《カサド・ドヴァッハ》。
かつて、セタンタが生きていた時代に彼が愛用していた無数の武器の一つであり、その効果に特殊性がある。
この剣は柄頭から伸びている両刃では相手を槍のように突き刺すことに特化しているが、鍔から伸びる片刃はもちろん通常の剣としての役割を成す。
けれど、この片刃にはある魔術が込められていた。
「それが、斬った相手に恐怖を叩き込むってわけだ」
だからそれがわからない、といった顔でこちらを見てくるエティエンヌに、セタンタは《カサド・ドヴァッハ》が良く見えるように構える。
「つまりだ。こいつで斬られた相手はな、斬った対象が最も恐れるものを強制的に、心魂に刻みつける。もちろん、相手がどんなものを恐れるのかなんて、俺は知らねぇ。けど、斬れば斬るほど、そいつの心魂には、そいつが抱く恐怖がどんどん蓄積されていく」
それは常に自らが抱く恐れの中に浸されているようなもの。
しかも、物理的に排除することができないのだ。
何せ相手は自分の心魂にいるのだから。
セタンタは《カサド・ドヴァッハ》をクルクル回転させて、まるでこの状況を楽しんでいるようだった。
実際楽しんでいるのだろう。
それが気に入らないのか、それとも余程心魂に刻まれる恐怖が酷いのかエティエンヌの顔が苦悶に歪む。
「悪いが、こいつは戦いだ。その隙、行かせてもらう!」
駆けるセタンタ。
神現者だからではない。
これはセタンタだからと言うべきなのだろう。
たった一歩の踏み込みで敵との間合いを一瞬で詰め、《カサド・ドヴァッハ》を振りかざす。
「くっ!」
避けようと足掻くエティエンヌだが体が思うように動かない。
セタンタは《カサド・ドヴァッハ》でエティエンヌを鎧ごと斬りつける。
痛みによろける敵のことなど構わずに、セタンタはさらに斬撃を与えていく。
斬り、薙ぎ、そして突く。
剣をまるで槍のように扱うのだ。
斬りつけられる度にエティエンヌの動きは鈍くなり、表情には恐怖が色濃く表れる。
それでも何とか立ち続けるヴィランにセタンタは言葉をかける。
「アンタ、本当に人間か? カサド・ドヴァッハでこれだけ斬られてるんだ。心魂に刻まれている恐怖はとてつもなくデカくなってるはず」
その証拠にエティエンヌの右手は震えていた。
「俺を見ているようで、アンタはアンタの抱く恐怖が見えているはずだ。なのに、俺の攻撃を紙一重で何とか凌いでいる。全く大した奴だぜ」
だが、とセタンタの眼が敵を釘点けにする。
「俺にとってアンタは敵だ。なら、殺す。それが戦士である俺のやり方だ!」
尋常ではない速度でエティエンヌに迫るセタンタ。
けれど、彼の眼は確かにヴィランの変化を捉えていた。
「この俺が……。まだ、何も成していのに。彼女の救済を! 俺が! グオオオオオオ!」
エティエンヌが踏みしめている地面が盛大に割れる。
その光景は何かを振り払ったようにも思えた。
「恐怖を想いで弾き出したってことか? ハッ、いいねぇ。そうじゃねぇと面白くねぇもんな!」
「俺を怒らせるな! クー・フーリン!」
《カサド・ドヴァッハ》がエティエンヌの届くかと思われた時、エティエンヌが大戦斧を目にも止まらぬ速さで振り回した。
それはまるで暴風の如く、《カサド・ドヴァッハ》の刃が触れた瞬間、セタンタは大きく吹っ飛ばされてしまった。
「ごはっ!」
ビルの壁に激突して倒れる。
その隙を百年戦争の亡霊は見逃さない。
大地を抉るほどの踏み込みでセタンタへと攻撃を与えようとした時だった。
セタンタが笑ったのだ。
「何がおかしい!」
「フッ、ここに来たのが俺だけだと思ってたのか?」
「何っ?」
だが、既に遅い。
今更気づいたところで彼女の準備は既に終わっているのだから。
「微塵も私に気づかないとはな」
両手を相手に向ける。
彼女の掌に紫の光が収束していく。
「飲み込め。サイ・ブラスター!」
ミス・ファービュラスによる高速の光線がエティエンヌ=ド・ヴィニョルに直撃した。