第一幕 二話 極東からの来訪者
8/14 一部改稿しました。
アイルランド・キングダム。首都ダブリン。
ここにはある組織の拠点がある。地元の者には有名だ。
隠すわけでもなく、ダブリンの街に堂々たる姿をさらしているのだから。
それがこの『スーペリアーズ・マンション』だ。
二〇三六年現在、地球全土である変化が起きていた。
『マティリアライズ・ミィス』と呼ばれる現象によって、神秘の存在が現実に出現する世界へと変貌を遂げていた。
ひとえに神秘の存在と言っても種類は豊富だ。
異能者、異星人に始まり、魔術士、魔法使い、突然変異体、神々や妖といった存在が表舞台に現れるようになっていた。
一部の人間は歓喜する事象なのかもしれない。
が、この現象はそれまで神秘とは関わりのなかった者達からすれば、とてつもなく厄介だった。
神話や伝承に記されている者たちは計り知れない力を持つ者が多く、具現化された際は物語の通り、絶大な力を発揮していた。
そう、具現化されるだけならまだしも、人間に善人と悪人がいるように、神秘の存在にも善と悪が存在していた。
悪しき神秘の存在は、我が意を得たりと、地球全土で悪事を起こしていたのだ。
『マティリアライズ・ミィス』は三年前の二〇三三年、突如全世界が揺らいだことが原因とされていた。
僅か数秒間だけの出来事であったが、たちまちニュースとして全世界で騒がれた。
地震のような揺れではない。空間が揺れたような感覚を全世界の人々が確かに体験し、地球が滅亡するだの。次元が上がるだの。様々な憶測が飛び交った。
だが、異質な揺れを感じたにもかかわらず、はじめは特に何も起きなかったのだ。
そうして人々の意識から忘れ去られようとしていた時だった。
世界各地である事が囁かれるようになっていたのだ。
曰く、〝神秘の存在を見た〟と。
あくまでも噂。そう思っていたが、次第に神秘の存在たちは増えていき、フィクションではなく、現実になってしまったというわけだ。
人類はもちろん神秘の存在と共存することを第一とした。
武力で傷つけあう必要などないと平和的にも聞こえるが、実際は神秘の存在たちに明確な決定打がないため、穏便に済ませようとしていただけだ。
なぜなら、人間が相手ならば無論人間で対処できる。
けれど、相手が神秘の存在ならどうだろうか。
近代兵器の主たる銃や爆弾など彼らには通用しない。
中には核ですら無効化する者までいるという噂だ。
人間と共存を示してくれる者は確かにいる。だが、悪しき神秘の存在は破壊と殺戮を繰り返していた。
太刀打ちできない。そう悲観していた人類。
しかし、そんな悪しき神秘の存在から世界を守るために、自らの異能や魔術、戦闘技術を行使して戦う者達がいた。
人々は彼らのことをヒーローと呼んだ。
まさに彼らは弱きを救い、邪悪を屠るコミックブックに描かれているヒーローそのものだったからだ。
初めは個々人で戦っていた彼らだが、一部のヒーローがより強大な敵と戦うにはヒーロー同士の協力が必要だと組織を作った。
それがスーペリアーズ。
そのスーペリアーズのメンバーが拠点としているのが、ここスーペリアーズ・マンションだった。
スプレッドレイザーの口振りから余程重要な任務があるのかと思い、鮮夜は足早に集合場所に到着した。
「おっ、来たな。鮮夜」
軽く手を振り、爽やかな笑顔で鮮夜に話しかけたこの青年。
オレンジがかった明るいブラウンの髪と、血のように紅い瞳が印象的な彼の名はセタンタ。
このアイルランド・キングダムでは知らない者などいないほど有名な存在だ。
セタンタではわからないのならば、この名は聞いたことがあるだろう。
彼のヒーローネームはクー・フーリン。年齢は具現化される際に成長したのか二十四歳。
『マティリアライズ・ミィス』の影響で神話の中から彼も具現化されていた。
セタンタのように神話や伝承から具現化された者のことを〝神現者〟と呼ぶ。
「ああ、クー。スプレッドレイザーに言われてな」
鮮夜もテーブルにつく。
ここはスーペリアーズ・マンションのブリーフィング・ルーム。
マンションと言っても一般的に普及している住宅マンションとは違い、スーペリアーズのメンバーが住む居住区と、彼らヒーローたちの活動を全面的にサポートするための施設が一体化している建造物だ。
ブリーフィング・ルームには鮮夜、セタンタ以外にも鮮夜に連絡した全身白を基調とし、黒のラインが鎖のように縦横無尽に走るコスチュームに身を包んだ人物がいた。
彼がスプレッドレイザー。本名はアンドリュー・マグワイア。二十二歳。
ヒーローとして活動している時は陽気で饒舌。冗談もよく話すこのチームのムードメイカーでもある。
が、コスチュームを脱いで一般人として生活している時は、女性と話すことが少し苦手な青年になる。
コスチュームを着ることで性格をスイッチしているのだろうか。
実は十五歳の頃からヒーローとしてヴィランズと戦い続けている。その時はまだヴィジランテだった。
世界が揺らいだあの日から神秘の存在が表舞台に現れるようになったが、そもそも地球には神秘の存在も人間と同じように生息していたのだ。
妖や魔術士、異能者などがそれだ。
今まで一般人には秘匿されていただけで、世界が揺らいだ日を境に秘匿されなくなっただけということだった。
さて、セタンタの隣に凛とした佇まいで座っているのは、腰まで伸びた赤紫色のロングヘアーが似合う褐色の肌を持つ女性。雪渓桜花。年齢は十八。
ヒーローネームはミズ・ファービュラス。
鮮夜と同じ倭国日本出身だが、彼女の正体はセタンタと同じく、ここヨーロッパでは有名な存在だ。
かつてアイルランド・キングダムがエリンと呼ばれていた時代。
異境である影の国でセタンタと交わり、彼の子を宿した影の国の女戦士オイフェの転生体だ。
セタンタとは違いオイフェは死んだあと、現在の雪渓桜花という存在に生まれ変わった形になる。
ただ、セタンタと邂逅したことによって過去世の記憶が戻っている。
エリンの時代にはセタンタとオイフェは戦い合う間柄だったが、現在は桜花としての心があるため別段争うことはない。
しかし、戦闘中などにはオイフェとしての心が勝るのか、どさくさに紛れてセタンタを殺そうとする場面もあるようだ。本人はいたずらを仕掛けている程度に思っているらしい。
これでブリーフィング・ルームに集まったメンバーは全員紹介したことになる。
ここで鮮夜が疑問を投げかけた。
「これで全員か? オレを含めて四人しかいないって。カーネルとかどうしたんだよ」
鮮夜の疑問に答えたのは桜花だ。
「彼奴は別の任務でロンドンにいる。恐らく今回の任務には合流しないだろうな」
「マジかよ。リーダー不在で大丈夫なのか?」
「ま、ドクターがいるんだから問題ないだろ」
セタンタが頭の後ろで手を組みながら答える。退屈なのか欠伸までしていた。
「で、そのドクターはどうしたんだ? オレはてっきりドクターもいると思ってたんだが?」
ここにいるのはドクターに呼ばれた者たちだけ。
しかし、肝心のドクターがどこにも見当たらない。
各々しゃべっていたその時、ブリーフィング・ルームのドアが開いた。
「やぁみんな! ちゃーんと集まっているね。ブリリアント!」
まるで今にもミュージカルソングを歌いだしそうに、軽快なステップと共に部屋に入って来たのはワックスで髪をビシッと決め、ブラウンのスーツにスニーカーという出で立ちの歳は二十七から三十歳ぐらいの男だった。
彼こそ、このスーペリアーズのブレインであるドクター・グレゴリー。何故かドクターと呼ぶようにと徹底させている。
ドクターだが医者ではない。彼はスーペリアーズのメンバーが悪しき神秘の存在と戦うための武具の開発や情報収集、精査などの技術面を一手に引き受けている。
しかもドクターの技術はこの地球上で彼しか生み出せないもの。
なぜなら、彼は地球人ではなく、地球から遙か何億光年と離れた星に住んでいた異星人なのだ。
「さて、いきなりだが、みんなに一つ問いたい」
少し間を取るドクター。
全員が自分に注目したのを確認すると、ニカッとまるでハリウッドセレブ並の白い歯を見せて再び話を続ける。
「王とは如何なるや」
鮮夜たちスーペリアーズのメンバー全員が黙っている。
口火を切ったのは鮮夜だった。
「本当にいきなりだな。王とは何か、なんて。真面目に言うと、ただの人間のオレには答えられないな」
「まぁまぁ鮮夜、そう言わずに。君の思う王とはどんなものか教えてほしい」
「……王か」
「簡単だ」
鮮夜が考えている間に声を上げたのは桜花だ。
「王とは全てを超越した存在。王になった瞬間からその者は人ではなくなる。近いもので言えば神だ。その国における絶対者。全ての決定を下す裁定者だ」
「言うなぁオイフェ。まさか、まだ影の国の女王になろうなんて思ってるのか?」
「クー、まったくお前はいつもそうだ。私の言葉に茶々を入れるな。そして勘違いしないでほしい。今の私はあくまで桜花だ」
「ああ、そうだった。悪い。ヒーローモード中のテメェは常に警戒しておかないと、いつ寝首を掻かれるかわからねぇからな」
手を合わせてすまない、というポーズを桜花に向けるセタンタ。
形だけというのが誰から見てもわかるものだった。
桜花も別段怒っているわけでない。彼女が思ったことを述べただけなのだろう。
「なるほど。かつて影の国の女王と何度も戦った女戦士直々の言葉は説得力があるね」
「ふん。何を言うドクター。私がそう答えることぐらい、宇宙一の頭脳を持つ貴様なら予想できたはずだ」
「おいドクター。頼むからオイ……じゃねぇ、桜花を怒らせるなよ? なだめるのは俺になるんだからな」
勘弁してくれという表情のセタンタに対して、桜花が自分はセタンタになだめられたりしないと呟いてそっぽを向く。
何故か彼女の頬が少し赤く染まっていたが、そこは気にしないでおこう。
「ソゥリィ。もちろん、こんな質問をした理由はもちろんある。君たち、最近騒がれているニュースは知っているかな?」
ドクターの言葉に鮮夜が反応する。彼もここのところその内容について調べていたからだ。
「神隠しと食い散らかしか」
「ザッツイット! ここ最近、首都ダブリンだけでなく、カーディフでも同じインシデントが起きている」
「確か男のガキが神隠しにでもあったように消えて、それ以外の人間がまるで巨大な肉食獣に喰われたかのような死体で見つかるってやつか」
そうセタンタが続いた。
「これは確実に悪しき神秘の存在によるインシデントだ。僕の方でも連日情報を集め、消えた子供たちの行方を追っていたんだが、なかなかヒットしなくてね」
「ドクターでも見つけられないなんて、相当だね」
スプレッドレイザーが両手のピースサインを二度折り曲げる仕草をした。
所謂、エアクオーツというやつだ。
「だがしかぁーし! これを見てくれ」
ドクターがポケットから取り出したのは手のひらサイズのガラス板のようなもの。
ちょうどスマートフォンと同じサイズだ。
もちろん人間が扱うスマホとは違い、異星の技術が結集されたドクター専用のデバイスだ。
名称は《JASMINE》。
それを振るとデバイスのヴィジョンがテーブルの中央に展開された。
ヴィジョンに映っていたのは黒いローブを着てフッドで顔を隠している人物だった。
黒ローブは公園や街で親が目を離した子供に音もなく近寄り、右手に分厚い本を持ち、左手を子供たちにかざしていた。
すると次の瞬間、子供たちは傾いだ空間に飲まれるようにして消えてしまったのだ。
「これってどういうこと?」
スプレッドレイザーが何が起こったのかわからないと肩をすくめる。
その疑問に鮮夜が口を開いた。
「見ての通りだろ。わからないのか? 嗚呼、ドクターもスプレッドレイザーも苦手だったな。この手の類は。アンタたちが苦手な魔術だよ」
何故かはわからないが、スーペリアーズに所属しているヒーローだけでなく、およそヒーローと呼ばれている者たちは一部を除き、ほとんどが魔術や魔法と言ったものに疎い。
十トンの物を持ち上げる力や、サイキック能力など強大な力があるにもかかわらず、魔術や魔法に関することには弱いのだ。
神秘の存在が具現化して(実際メンバーにセタンタと桜花も)いるのに、それでも魔法や魔術を信じていないのだろうか。
幸か不幸か、魔術や魔法を使うヴィラン自体も少ないので、大した問題として意識していないのかもしれない。
ちなみにヴィランとは神秘の存在だけでなく、悪事を行うあらゆる者の総称だ。
「鮮夜の言う通りね。ドクター、貴方たちはもっと魔術というものに対抗する手段を持つべきよ」
「倭国日本じゃ魔術を使う敵がいるってのに、何でこの国じゃ少ないのか謎だ」
鮮夜は元々、倭国日本で退魔士として悪しき妖や異能者、魔術士とも戦っていたのだ。だから、魔術や魔法については熟知している。彼自身はただの人間なのでその手の類は一切使えないが。
セタンタと桜花に関しては、そもそも魔術や魔法が日常に息づいていた時代の存在だ。
現代に具現化、転生してもその術を扱うことは得意で知識も持っている。
ドクターは面目ない、と自嘲気味に頭を掻く。
「この人物が何者であるのかはまだわかってはいない。けど、出没する範囲はだいたい絞れた」
魔術や魔法に関してはちゃんと調べておくよ、と言いながらドクターがテーブル中央に投影されているヴィジョンに直接触れて、不必要なヴィジョンをスライドで飛ばし、掴んで紙をぐしゃぐしゃにするようにして放り投げる。
すっきりしたヴィジョンに映し出されたのはアイルランド・キングダムの地図だった。
ダブリン、カーディフ、ロンドンに赤い点が記されている。
「ここ最近はカーディフでの被害が一番多い」
「つまり、カーディフに現れる可能性が高いってことか」
「その通りだ鮮夜。ただ、相手の正体が判明していない以上、警戒は必要だ。今はメンバーも少なく相手は魔術使い。というわけで応援を呼んだんだ!」
応援、と鮮夜たちは首を傾げる。
入ってきてくれというドクターの合図と共に、ドアーが開かれ二人の人物が部屋に入って来た。
「倭国日本で退魔士として活躍している二人だ。今回の任務に参加してくれる」
「てことは、こいつらは鮮夜の知り合いか?」
「いいや、クー。オレが京都で退魔士をやっていたのは去年までの話だ。その時にこんな奴らは見たことない」
「初対面なのに、こんな奴らって言い方はないだろう」
応援として来た者のうち、青年の方が声を上げた。
「すまないね。鮮夜は歯に衣着せぬって感じの性格なんだ。でも、根は良い奴だから気を悪くしないでほしい。じゃあ自己紹介でもしてもらおうか」
青年は何だか軽く流されたようなと思ったが、ドクターに促されてわかりましたと言って一歩前に出る。
「倭国日本、京都から来ました。皇カルナです」
「はいはーい! キミはボクみたいな異能者なの? それとも鮮夜のような異能はないけどめちゃくちゃ強いただの人間タイプ? それともクー・フーリンみたいな神話系?」
スプレッドレイザーがおもちゃに興味津々な子供のように質問する。
目も輝いているのだろうが、マスクを被っているのでわからない。
「そうですね。俺は……、強いて言うなら魔術士に近いのかもしれません」
「何だそりゃ。自分がどういう力を持っているか説明できないってことか?」
セタンタがさらに言及する。
「セタンタ。まずは話を聞こう。私は彼の隣にいる女性が気になる。この感覚は恐らく、私たちと同じだぞ」
桜花の赤い瞳はカルナの隣に静かにたたずむ長いブロンドの髪、蒼い瞳の女性に注がれていた。
「では、次はわたしが。わたしはカルナと同じく倭国日本で退魔士をしているアリア=アーサー・ペンドラゴンです」
刹那、ブリーフィング・ルームは静寂に包まれた。