第二幕 三十一話 The Reversal/形勢逆転
「これでアンタを殺せる。が、しばらく寝ていろ」
ジル=ド・モンモランシ・ラヴァルを討つのはまだ後だ。
彼にはさらった子供たちの居場所を吐かせなければならないのだから。
「フフフフフ……。この程度で私がくたばると思っているのですか?」
「何っ!?」
そこで鮮夜は気づいた。
《ナハト・ノエル》で刺しているはずなのに血が出ていない。
それに刃で突き刺したにしては音が変だった。
「コイツ!?」
強風がカーディフ・ベイを吹き抜けていく。
するとジル=ド・モンモランシ・ラヴァルが纏っていたローブ。
鮮夜とアリアの猛攻を受けてボロボロになったローブが飛んだ。
「鎧を着ていたのか」
ローブの下には激動の時代を共に駆け抜けたと思わしき荘厳な鎧が現れたのだ。
「そんな。戦っている時に鎧の軋む音とか聞こえなかったのに。何故だ」
カルナの疑問も最もだろう。
こんな立派な鎧ならば歩くだけでも鎧独特の音が鳴るだろうに。
「これも欺くため。鎧に消音魔術を施しておいたのですよ」
「だから音が。チッ、剣技と魔術。よく使いこな――ッ……」
「鮮夜っ!?」
鮮夜の声が途切れ、カルナの叫びが木霊する。
逆手に持ち替えた剣を前を向いたままジルが鮮夜の腹部に突き刺していたのだ。
「ちくしょう……がぁ」
「消えなさい」
さらにゼロ距離から鮮夜に魔術を放つ。
防ぐことも出来ずに鮮夜は遙か後方へと吹き飛んで行った。
「これで一人消えましたね。さて……」
ジルがカルナとアリアを視界に収める。
待ちに待った獲物を狩る狩人のような。それでいて歪んだ笑みを向ける。
「アリア、俺から離れるなよ」
「誰に何て言われても、わたしはカルナの傍にいるわ」
拍手が聞こえた。
カーディフ・ベイ、ロアルド・ダールプラスにはいろんなものがある。
観光地なのだから。
故に拍手が起こるようなこともあるだろう。
けれど、今は違う。
今、そんな音が聞こえてくるのは完全に場違いだ。
なぜなら、鮮夜たちは悪しき神現者と殺し合いをしていて、鮮夜に関しては倒れてしまったのだから。
カルナとアリアがジルを睨みつける。
「麗しい愛の形ですか。素晴らしいですね」
「何の話だ」
「あなた方がいかに貴重な存在なのか、ということです」
けれど、とジルは付け足す。
「男には用がないので消えてもらいますよ」
ジルが書物をカルナに向ける。
「アリア、俺の後ろに。援護を頼む!」
「うん。任せて!」
敵がこちらにどんな攻撃を仕掛けてこようとも、カルナは怯むわけにはいかない。
最愛の彼女が自分の傍にいる。
彼女を守ること。
彼女が生きる世界が幸せであるために戦うのだから。
「穢れよ、阻みなさい!」
「はあああああ!」
ジルが持つ書物からは黒い泥のようなものがあふれ出ていた。
泥は地面に落ちると自動的に形をつくっていく。
泥は四足歩行する何かに変貌した。
何か、と言う表現が一番当てはまるのだ。
体毛も目も耳も無い。
光沢のある皮膚と禍々しい歯が覗く口が印象的な異形の群れが誕生し、一斉にカルナへと襲い掛かる。
「砕魔・葬送烈火!」
《エクスカリバー・星炎》の刃に炎が帯びる。
右手一本で踊るように斬撃を繰り出していく。
泥の異形はカルナに襲い掛かっていく順番に斬られ、そして燃えていく。
「ギイイイイイ……!」
事実、この世のものとは思えない断末魔を上げながら塵となり消滅していく。
「まだまだ!」
カルナが進んで行くのに合わせてアリアも後方から魔術による援護を行っていく。
しかし、彼らは気づくべきだったのだ。
これほど大量の異形が一匹たりともアリアへ攻撃を仕掛けていないことに。
「くっ、おおおおおお!」
地面を抉るように刃を引きずりながら斬り上げる。
一匹両断し、両手で《星炎》を握って渾身の力で振り下ろす。
刹那、耳を劈く金属と金属のぶつかる音がした。
「うっ!」
「クックククク……」
異形の数に圧倒されて気づいていなかった。
ジルが目の前にまで迫っていたことに。
カルナが振り下ろした一閃はジルが左手に持つ剣によって軽々と防がれた。
全力を持って圧し切ろうとするがビクともしない。
「何で、魔術士のくせにこんな力が」
「あなた方は本当に私という存在を侮っていますね。私は彼女を失った痛み、悲しみから、世界の不条理を嘆き、歪んだ世界を正すために黒魔術を学んだ。けれど、そもそも私は騎士なのです。魔術が加われば、さらに私の力は強大になるわけです!」
「ぐはっ――!?」
大きく弾かれたカルナの体ががら空きになり隙が生じる。
対する歴戦の騎士はその隙を見逃さなかった。
「カルナ!」
アリアが叫ぶ。
先ほどと同じくカルナのために魔術を施そうとするが。
「おっと、邪魔はさせませんよ」
書物を振ることで再び異形が生まれ、アリアの四方を囲む。
異形は体を変化させて大きな壁となりアリアの視界からカルナを奪った。
「これで二人目です!」
書物をカルナの体に当てる。
そして。
「消えなさい。彼女は私たちが丁重に扱いますから」
言い終わると同時にカルナを魔術の奔流が襲った。
「ぐあああああああああ!!」
その断末魔はどこまでも、どこまでも響き渡っていた。