第二幕 二十七話 The Battle of Cardiff/鮮夜の戦い方
「この感覚、懐かしいですねぇ」
ジルから発せられる言葉。
彼はどうやら遥か彼方の記憶に想いを馳せているようだった。
「砕魔・刺突ッ!」
鮮夜がカルナとアリアを置いて、まるで弾丸のように想いに耽る敵の心臓目掛けて、《ナハト・ノエル》を突き出す。
「無駄です」
常人ならば鮮夜の瞬発力が生み出す速度を捉えることはできないだろう。
けれど、相手は百年戦争という激動の時代を駆け抜け、〝マティリアライズ・ミィス〟によって具現化された神秘の存在。
すかさず、ジルは自らの前に書物を掲げて魔術陣を展開させた。
《ナハト・ノエル》の刃と魔術陣がぶつかり、激しい火花が飛び散る。
「先ほどと同じですよ。あなたの攻撃は私には届かない。その刃は魔術を斬ることはできない」
「ああ。確かに、これだけならアンタを討つことはできねぇよな」
鮮夜は《ナハト・ノエル》の柄から右手を離して、斜め上を狙うように上げる。
「アンカー!」
叫びと共に鮮夜の右腕の籠手からアンカーが射出された。
ジルがどこを狙っているのか、という表情をしていることに鮮夜は見逃さなかった。
「そらっ!」
あくまでも《ナハト・ノエル》でジルを貫こうと押し込みながら、鮮夜は天へと撃ち放ったアンカーのワイヤーを右手で掴み、思いきり引き寄せる。
「ぐがっ!」
突如、目の前のジルから苦悶の声が吐かれた。
それを見た鮮夜は笑みを浮かべる。
「な、何を……?」
ゆっくりと背後を確認するとジルは驚きに目を見開いた。
自分の背中に大きく外れていたアンカーが突き刺さっていたのだ。
一体いつの間に。
「そ、そうか。あの時」
「ご名答。わざわざ外すために飛ばすわけないだろうが。アンタは魔術士だからな。魔術に頼り切る部分があると読んでいた。だから、あえて気にしなかったんだろ? でもな――」
「ぐっ、ぐぅぅぅぅ……!」
アンカーを引っ張る右腕に力を込めていく。
激痛にジルの顔が歪む。
「オレはアヴェンジャーだ! 人類に対する邪悪を討つためならどんなことでもする!」
さらに力を込めて一気にワイヤーを引っ張る鮮夜。
その力に負け、ジルが空高く持ち上げられた。
「串刺しだ!」
アンカーを巻き取っていく。
ジルの体がみるみるうちに鮮夜へと引き寄せられていき、彼は再び《ナハト・ノエル》で敵を穿つため突き出した。
「駄目だ、鮮夜!」
カルナの声は虚しくロアルド・ダールプラスに木霊しただけ。
刃がジルを貫かんとした刹那、激しい金属音が響き渡った。
「な、何っ!?」
ジルが魔術陣ではなく、腰に帯剣していた剣を左手で引き抜き、鮮夜の刺突を防いだのだ。
「くそっ!」
「ごは――っ!」
すぐさまアンカーを引っ張って体勢を崩したジルに回し蹴りを叩き込んで吹っ飛ばす。
鮮夜自身も無理な体勢だったために刀での攻撃ができなかったのだ。
「チッ、やっぱりただのお飾りじゃなかったってわけか」
そこへカルナとアリアが駆けつける。
「わかってるのか、鮮夜? アイツは子供たちの居場所を――」
「わかってる。けどなカルナ、相手は悪しき神現者なんだ。殺す気でいってようやく捕まえられるってことだ」
倒れていたジルが立ち上がる。
背中から血を流しているが深手というわけでもない。
口に滲む血を指で拭うと不敵な笑みを鮮夜たちに向けた。
「ただの人間の分際でよくやりますね」
「こっちはアンタのような奴と何度も戦って来たからな」
「全く、トリッキーな動きをする……。目障りですね」
黒く暗く、禍々しい声。
鮮夜、カルナ、そしてアリアも嫌な汗を一瞬で流す。
「ヘッ、こりゃあ、奴もそろそろ本気で来るってわけか」
《ナハト・ノエル》を構える。
大きく一度深呼吸をして、敵に集中する鮮夜。
「テメェらもぼーっとしてないで、次は隙を見て攻撃しろよ。今更、卑怯だ云々言うんじゃねぇぞ」
鮮夜にアリアがもちろん、と頷いた。
「あなたの戦いを見ていて理解したわ。あの黒魔術士はただものではないってこと」
「うん。ここからはヴィランを倒すために全力を尽くす」
「なら、使うのか?」
ああ、とカルナは答えた。
先ほどは体術にてジルに攻撃を与えていたが、ドクターが説明したように、アリアが《エクスカリバー》を使えない代わりに、カルナがかの聖剣を扱うことができるのだ。
「エクスカリバーを使う。鮮夜、少しだけ敵の注意を引きつけてくれるか?」
「オレに囮になれってことか? ハッ、言い度胸じゃないか。まぁいい」
《ナハト・ノエル》を一閃して鮮夜はジル=ド・モンモランシ・ラヴァルと対峙する。
「さっさとしないと、殺しちまうぜ!」
そう言い残して鮮夜は敵へ突貫していった。
後に残されたカルナはアリアの手をそっと握る。
「アリア」
「ええ。わかってる。世界を救うため。何より子供たちを助けるために」
「ああ。エクスカリバーを俺に!」
カルナとアリアはロアルド・ダールプラスで抱き合った。