第九幕 二百三十七話 Fallen Cross/崩れる十字架。穢れるアリア
切断された十字架。
目にも止まらぬとはまさにこのことだろう。
実際、ドクターは位置関係上、見えにくい場所ではあったが、彼が確認した時、カルナの腕は既に横に振られていた。
視界に収めていたはずのエティエンヌでさえ、その過程がわからないでいたほどだ。
一度だけ聞こえたカルナの言葉。静かに紡がれたのは技名で、その直後だった。
十字架に魔力を注ぎ、ある意味繋がっていたからこそエティエンヌには感じ取れたのだろう。
魔力を流していた道に違和感を感じたのだ。
即座に振り向けば、一瞬何も変わらないように思えた。
だが、魔力の流れが明らかにおかしい。
カーディフでこれほど大規模な戦闘を行っているにもかかわらず、十字架は塵一つない美しさを保ち、建造物として理想的な佇まいを見せていたのだが、エティエンヌの反応から一拍遅れて、ちょうど半分の位置に細い細い切れ目が刻まれた。
それを視認してもまだ大丈夫だった。ただ、エティエンヌの脳があれは不味い。崩れるのではと認識してしまった途端、十字架はゆっくりと横にズレていき、崩壊が始まるのは一瞬だった。
「アリア!」
「ジャンヌ!」
カルナはいつの間にか完全に自分を取り戻していた。
たとえ自分のせいであろうと、突きつけられた真実に絶望していようとも、愛するアリアが危険な状態にあれば動くことを厭わない。
もちろん、危険とは十字架が崩れるということではなく、アリアの内にエティエンヌから流れた邪悪で歪んだ魔力というエネルギアが注ぎ込まれ、彼女が侵されてしまうことにある。
崩落する十字架。その上半分目掛けて、カルナとエティエンヌが同時に跳躍する。
「邪魔だっ!」
言ったのはエティエンヌ。
左手で大戦斧を操り、カルナを地上へと叩き落とす。
《エクスカリバー・星炎》で敵の斬撃を弾くが、ここは空中。踏み止まることはできず地上へと急降下する。
「くそっ、これじゃあアリアが!」
「這いつくばり、最愛の女が邪悪に塗れるのを眺めているがいい!」
科白を吐き、エティエンヌは魔力を器用に使ってアリアへと徐々に近づいていく。
使うとは魔力を放つわけではなく、魔力を練り、巨大な爪にして周囲の建物を抉りながら登っていくのだ。
獣が最愛の彼女に今にも襲い掛かろうとした時、カルナは無力を感じた。
聖剣があったとしても彼は人間だ。
飛行することなどできはしない。だが。
「カルナ、下を見ろ!」
地上から聞こえた声に振り返るカルナ。
一瞬、目を見開く。そこにはあるはずのない光の床が広がっていた。




