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美食と大食い・上

 永夜の山麓は月が美しいと言われる。

 夜空が美しいとされる星屑の降る丘があるものの、

 それでいてなお、叶わないと称される。

 士遷富山という地形による影響で長く見る事は叶わぬものの、

 僅かな時間の月、それも満月を目にした者達は

 口ぐちにこう讃えた。

「おぉ、まさに地なる天使に愛された(くに)

 彼の小町の如く、慈悲のような暖かさを抱えながら、

 共に闇が、冷酷に世界を支配している。

 望月を生んだ郁。万民を救った癒しの郁。

 なんと美しきことか。

 花も。鳥も。風も。

 この月の前には等しく霞んで見える。」

 …………



 ********


 黒月十六日。俗にクリスマスと呼ばれるイベントの日である。

 中央大陸ではもっぱらイベントという名前にかこつけた馬鹿騒ぎをする日になっているのだが、クリスマスというモノの由来を知る者はそう居ない。知っているとすれば、雑学が好きであったり、種々様々な本を読む人物などであろう。


「クリスマスの由来って知ってる?」

「なにそれ、そんなのあるの?」

「何事も由来や行う意義ってものはあるものよ」


 などと会話を行うゼルレイシエルとリリアの二名。家が裕福であるためか幼少期から高度な教育を受けつつ、本を読むことが好きなため勉強の合間に本を読みふけるという生活を送っていたゼルレイシエル。

 “腐死者ゾンビ”という黒花獣の土地柄、近接武器よりも遠距離武器を用いて戦うことに重きをおかれていたため、銃での狙撃の腕を磨いてはいたものの、訓練でも接近戦を行う人物よりは体力が重要視されていなかった。


 彼女の体力が無い主な原因だが、だからと言って他の花の騎士達に茶化される事はあっても、それがもとで怒られることは一度たりともない。現代、携帯端末を使えばいくらでも物事を調べることは出来るが、すぐに引き出せる記憶として多くの情報を持つ者はそれだけ信頼されるのだ。黒花獣など影響によってこの世には武を尊ぶ者が多いものの、一方で知を愛する者――フィロソフィアはいかなる時代でも存在する。


「そりゃあるわよ……祝日……ではないけれど、こういったイベントと言うのは元になった出来事があるのよ」

「別にどうでもよくねぇ? そもそも流入してきた文化なんだし楽しめりゃそれでいいだろ」

「それもそだねー」


 せっかくはりきって説明しようと思って居たところをレオンに水をさされ、年甲斐もなく軽くムッとした表情になるゼルレイシエル。そんな彼女に気が付いてレオンが苦手なウザ絡みでも仕掛ければ株もあがるものだが、当然アリサにそんな気の利く行動がとれるはずもなく、さっさと学園祭会場への門をくぐっているのだから相変わらずどうしようもない男であった。


「うおぉぉぉぉお!」

「すげぇな! これが学園祭か!」


 魔法学園の行事として春夏秋冬それぞれに一度開催される、体育祭に並ぶ一大行事、学園祭。各季節に三日間だけ開催されるイベントだが、学園内の敷地のほとんどが露天と客に埋め尽くされ、経済効果は魔法都市エキドナで開かれるイベントでも五指に入るとも言われる一大イベントである。


 なお他の大型イベントと言えば中秋の名月の日に開催される、羅刹劫宮だけにあきたらず町全体を巻きこんで行われる大宴会「酒楽鬼しゅらくきシンさい」や、年末年始に町の北部に建てられている“宇部ノ天社(うべのてんじゃ)”にて行われる「白明祭はくみょうさい」。

 そして正式にはイベントでは無いが、梅雨から七夕の季節に水や植物や風の精霊達が活性化し一年の中で特にマナが溢れる事から、ハッスルした魔法使い族達が街の至る所で魔法戦が繰り広げられる。という光景が見られる「水無見みずなみの季」と呼ばれる時期。

 この三つほどに比べれば回数の為か経済効果も注目度もいくらか下がるものの、魔法学園の学園祭もエキドナを支える主要イベントの一つなのである。


「いらっしゃーっせー!」

「りんご飴〜りんご飴はいかがっすかぁ! 甘い甘い飴のなかにトロリと柔らかなリンゴが包まれた! りんご飴の他にもみかん飴や、ひと口サイズのいちご飴やぶどう飴なんかもあるよぉ!」


 喧々轟々と言うような四方八方から聞こえて来る威勢の良い呼び声。学園祭の一般商業エリアだ。一般公募から過半数の店を過去の営業態度のデータや売り出す商品を鑑みて選考し、残りは厳正なる抽選の結果で出店の許可が出されている。

 世界一有名な旅行ガイドブックよろしく、売りに出されている商品の質や接客態度などが徹底的に評価されるため、そこらの市街にあるような露店よりも遥かに評判が良い。


「む……うめぇ……」

「うっそぉ! レオン兄がひと口で美味しいって言ったァ!?」

「髪の毛に醤油ダレぶちまけんぞクソが。俺だって素直に美味いもんは美味いって言うっつーの」


 アルマスが買って来た焼き鳥からねぎまを一本貰ってモグモグと食すレオン。嚥下したのち、思わず溢れた賞賛の声を聞いて驚きの言葉を述べたリリアに、串をふりあげてキレたりしていた。とはいえじゃれあい程度のジェスチャーにすぎないが。


「マオウ、あんま食べんなよ。大食い大会で勝てねぇぞ? シャルロッテも」

「うるせぇよ。変に腹を減らしてるより飯食って普通の状態にした方が食えらぁ」

「もごもぐ」

「腹の調子を整えとくのは全面的に同意するが、お前らさっきからめっちゃ食ってんだろ!!」


 シャルロッテとマオウの両手にある食べ物の山達を見ながらツッコミを入れるアリサ。自身の携帯端末をポケットから取り出すと、何やら文字がズラズラと並んでいるモノを開いて二人に見せた。


「確かにお前らも呆れるほど大食いだけど、ほら見ろよこの参加者一覧! 大柄な体格ばっかの獣人族も大量に参加してんだぞ! 特にヤベェのが象人族のレハシュって奴! ブランシュヴァーナ大陸からの留学生らしいが、普段から飯の量が半端ねぇって噂だぞ!」

「ブランシュヴァ―ナァ? あー……南東大陸か」

「関係なくない? 別に食べるだけ食べればいいんでしょ」

「お前らは危機感とか計画性をもっと持てよなぁ!!」


 アリサがシャルロッテとマオウ達を叱る中、保護者組の一人のゼルレイシエルはミイネがどこかに行かない様に手を引きつつレオンに尋ねる。


「そう言えばレオン、あなた大丈夫なの?」

「あー? 何がだよ」

「昼過ぎからの料理コンテストに出場するんでしょ?」

「は?」


 素っ頓狂な声をあげてマイペースなレオンらしからぬ速度でリリアの方へと振り向く。普段から金銭のやりくりの為には、何食わぬ顔で仲間達をハメる(決して法律に反するようなことはさせないが)リリアではあるが流石に今回ばかりは罪悪感もあるのか、気まずそうに苦笑いをして見せた。


「ごめーんね。レオン兄が屋台楽しみにしてたのは知ってるんだけど……あの、そのごめんなさいって、こわいこわい待って待って!!」

「お前しまいにゃ財布の食費代全部今高級食材にぶっこむぞ。久々にフカヒレでスープとかつくりてぇからなぁ?」

「う、ぜ、絶対うまそうだけどダメェ!! 料理コンテストで優勝すれば、高級料理店のコース料理二名様無料お食事券が貰えるらしいから! それでゆるしてください!!」

「許さん。めっちゃ妥協してアレに参加してやるから、他のには参加しねぇって言っただろうが」

「いたぁい!!」


 弁解をしようとしたリリアが両手を伸ばして静止のポーズを取った一瞬の隙に、思い切り強烈なしっぺをレオンが右手首に喰らわせる。表面的に痛みの走るしっぺは流石に堪えるようで悲鳴を上げたが、周囲にもたくさんの一般客などが居ることもあり、顔を赤くしながら周囲に謝った。

 そんなリリアを横目に見つつ、改めて自分の荷物から学園祭のパンフレットを取り出してレオンは読む。面倒くさくて出場しないつもりで良く催しの欄を見ていなかったのだが、たしかにコンテスト優勝の副賞として高級料理店のコース券がついていた。無論、リリアの目当ては賞品の二十万ルクなのだろうが。レオンとしてはどちらかと言えばコース料理の方が気になるものではある。

 さりとて許すつもりは無いのだが。


「食べたいものあったら買っておきますから。私からもお願いするであります」

「ミイネぇ……っ!」


 ミイネに庇って貰えたのが嬉しかったのか、ミイネの背後に隠れてレオンの様子を窺っうリリア。だいぶ密着しているためかミイネの表情が酷いことになっているが、リリアの方からは見えないためレオンやゼルシエはツッコまない。明らかにヤバい表情をしているためあまり関わりたくないのだ。


「ッチ、わかったよクソ。やりゃいいんだろ。……じゃ、俺が言うやつ全部買って来いよ」


 ポケットからミントタブレットを取り出して、数個を口に放り込んでガリッと噛み砕くレオン。彼が何かしらの頼みごとをされた際に、必ずと言ってもいい程に行っているムーブであるため誰もツッコミはしないが、リリアは顔を若干引き攣らせながら控えめに答える。


「に、二十万は超えない範囲でお願いします……」


 レオンはそんなリリアを見てニコリと紳士的な笑顔を見せた。

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