大罪人はかく語りき・下
鵺は茨木童子を無視し、自分の左手にいるアリサの方へと向きなおした。鵺の咆哮が止まったのと同時に落雷も止まったため、実況者の避難誘導の声がマイク越しに良く聞こえた。
「皆さん急がず焦らず、駆けないようにしながら逃げてください! あの……えっと、ごめんなさい、まだ観客席に何人かおられますが、私も避難ししし、ますぅ!!」
数人残っていた教職員から避難するように指示され、震え声をあげながらも最後まで自分の役目を全うする実況者。
「ほぅ! お主が花の騎士殿か! ほうほう!」
「邪魔すんなコ「うるさいわねお前達は!!」
ゴウと大きな火柱があがる。神獣や視力聴力を取り戻した花の騎士達は、その火柱の元にいる人型を見つけた。そして同じく、篠生 萌華とサーベンティンも視力を取り戻してソレを見る。その炎にはしっかりと熱が存在し、魔法のようなまやかしでは無い。
「この声はまさか……!」
「エ・ラ・フレミオ……!」
「これは神託よ。祈りの前に跪け、畜生の王共よ!」
覇気の籠ったエ・ラ・フレミオの声を聞いてか、すぐに地面に膝や肘をつき、頭を垂れる角王。嫌そうな表情こそしているものの、従順にどこかから来る屈服させようという力に逆らわず、ながれるように鹿式の土下座のような恰好をとった。
一方鵺は猛烈な反逆心が見える瞳で火の天使のことを睨む。脚が痙攣しているかのように小刻みに動き、何か大きな物体が背中に乗っているのに耐えているような、そのような様子であった。エ・ラ・フレミオが片手を振って火の粉をまき散らすと、キャッキャと笑っていたヴォルト達が一斉に押し黙る。
「グゥゥゥ……ッ!」
鵺の抵抗も虚しく屈し、鵺も土下座するような形となった。それを見ていた茨木童子は鵺の姿を鼻で笑いながら、火の天使の下へと参じる。
「貴様は、何を笑っているの? 貴様だけが膝を屈さぬとでも思ったか愚か者め!! 跪け、戯けが!!」
猛烈な勢いで膝を折り、地面に角をぶつける茨木童子。自由を愛する鬼として土下座とはかなり屈辱的なことだが、だからこそそうさせられたのだろう。現に、かなり悔しそうに歯を食いしばりながらの土下座であった。
「や~れやれ~。エ・ラ・フレミオを怒らせるからこうなるんだよ~? わかってるのかい君ら~」
「え、えぇと……天使様達?」
「君はちょっと無鉄砲じゃないかなぁ? 電気に電気で相性が良かったから結果お~らい、とはいえ、破邪の騎士も居ないのに無茶しちゃだめだよ~」
足元の土が蠢き、腕の形に成形されるとアリサの額にデコピンのように一撃が入った。アリサが痛みにうずくまると、土がヒトの形に成形されてあくびのようなモーションを行う。
花の騎士とミイネ達、そしてサーベンティンや萌華が神獣が頭を垂れるという光景を見て唖然とするなか、土の人型――ロア・ロックスは両手を合わせてカチンと音を鳴らした。鉱石同士のぶつかる音を聞いた瞬間、鵺は瞬間的に飛び起き、バックステップをして二人の天使達から距離を取る。
「なんだよ~、別にとって食いやしないのに~」
「ロア・ロックス……もう、ちょっと黙っときなさいな……」
「はいは~い。あとはまかせ申した~」
バタンと地面に仰向けに倒れこむロア・ロックス。倒れた数秒後に寝息を立てるという、青い狸がマスコットなアニメの主人公かくやとも言える速度で眠りについた。アリサも他の花の騎士達に続き、アリサも唖然とした表情になる。
エ・ラ・フレミオはそんなもう一柱の様子に、頭痛がするかのごとく頭をおさえながら立ち上がった茨木童子と角王を見た。
「角王。鵺と童子の不仲の事は知っていたはずでしょう。さらに天命で教えたはず。なのに何ゆえに訪れた」
「いやはや、綾殿から茨木殿達の呪いについて解ったと窺ったものじゃから、こうして来たんじゃが。茨木殿は嫌がっておうたし、酒呑殿は……知らぬが……」
「本当か!? 本当に何か解ったのか!?」
「うむ……どうやらその呪法の失敗によって、“酒呑童子と茨木童子殿が融合し、二重人格のような状態になってしまった”という現象は、まぁ全く同じことはともかく、似たような現象が過去にあったとのことなのじゃ」
「お前達はほんとに自由だな……」
茨木童子が角王の言葉に目を輝かせていると、エ・ラ・フレミオが咳払いをした。それを聞いて二柱が居直るなか、マロンとサーベンティンの二人がアリサ達の傍に降りてきた。
「すいませんが……あの……あなたは一体……」
「え? 何が?」
「いやあの……この火で出来たマネキン……人形? だったり……神獣様達だったり……これはいったい……」
サーベンティンはおずおずとアリサに尋ねる。多くの民の恐怖の対象である鵺。民から絶大な人気のある神獣、茨木童子。自由人のようだと称される統治領域を持たない特異な神獣、角王。それに会話からして神獣達より偉そうな二つの人型の物体。正直に言えばサーベンティンの頭はショート寸前であったが、残りかすのような探究心でアリサに尋ねたのだった。
アリサは一度、背後の燃え盛る人型を見て、それが頷いているのを確認するとなんでもないかのように答えた。
「えーっと、俺等は花の騎士なんだけども」
「サーベンティンさぁんっ!?」
オーバーヒートしてその場で崩れ落ちるように倒れるサーベンティン。魔力を急激に消費していたところに追い打ちのような事実。サーベンティンを抱えつつ、マロンが悲鳴を上げるのを見てアリサは思わず吹き出したりしていた。
「馬鹿かお前は!」
背中をガツンと殴られるアリサ。痛みを感じた次の瞬間に背中に熱を感じ、熱いというのに背筋が凍る。
「ちょ、待って、うアッツァァァァァ!!?」
「アリサさぁぁん!?」
燃えるモノで叩かれればいかに人体が燃えにくいとはいえ、ただの布製の服など燃えやすいもの。アリサはサーベンティンを取り落し、強かに地面に体を打ち付けさせるなか、マロンと一緒に炎が引火した着物をわちゃわちゃと消火し始めた。
「教えないでしょう、普通は! 馬鹿なの!? 馬鹿なのかしら!? いっそ全身燃やされないと頭が回転しないのかしら!?」
「首を縦に振ったなら答えても良いって事だと思うじゃないですかぁァァァアッツい! あっつああぁぁっつぁぁぁぁ!!」
着物をなんとか消化したところを、エ・ラ・フレミオに胸倉を掴まれてガクガクと体を揺さぶられるアリサ。今度は触れても燃えない様に性質を変えているようだが、炎特有の高熱はどうしようもなく、顔を目の前でじりじりと焼く。
他の花の騎士達が各々階段を使ったりしながら彼らの下へと向かっていたが、アリサのように観客席から飛び降りるような形で移動している、シャルロッテとマオウの二人がその光景を見て噴き出していた。
「喧しイ。獄炎花。手前に語る事なぞ何も無いワ」
「鵺……貴様!」
「姦しい、煩わしイ。オい、雷の騎士ヨ」
「うぅ……えっと、何でしょう……」
「妾は手前を気に入っタ。来たるべき時に妾の元を訪れヨ。コの破砕の力、貸してやろウ」
鵺が破顔する。猿の顔であるため、ひどくわかりづらいが、猿の獣人族ならば一目でわかる程の笑み。そのまま全身から雷を放出し、全身が光に包まれると、次の瞬間には闘技場から士遷富山へと、雷が落ち……いや、駆け上った。
「何だよ一体……」
鵺への怒りのために全身から爆炎を迸らせるエ・ラ・フレミオ。その炎に角王や静かになって戻って来た実況者が戦々恐々としているなか、アリサは棒立ちのまま疲れたように息を吐き出した。
◆◇◆◇
「こんばんは」
「こんばんは。珍しいですねこんな時間に」
「あぁ、ちょっと忘れ物をしてまして……」
「そうでしたか。もう遅い時間ですからお帰りはお気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
そうか、よく時間を見たらもう十一時を回る頃らしい。姉の場合なら別におかしなことでは無いけれど、私の都合であればみんなに心配されるかもしれない。
まぁ、私達のことを踏まえれば、そんな筈はないだろうけれど。
「オープン・シーサム」
相変わらず厳重な扉だ。まぁ、私の研究室だから……禁術に関わる研究室となれば、こんなものなのだろう。むしろ、足りないということすらあり得る。
…………。
あれから、約十年、か。
長いようで、短いような。ここ半年は、短かったような気がするけれど。
酒呑童子様と茨木童子様の呪い。あの解呪の方法がいくらかわかったらしいけれど。私の方は……まったく、進展が無い。ね。
パパも、ママも、お爺ちゃんも、童子様達も、私の研究を応援してくれているけれど……正直なところ、もう心も体もボロボロなんだよね。
ううん、わかってるの。私が悪いんだって。自業自得というか、ほんとうにばかだったんだって。
「だけどさ……」
私は、離れたくなかったんだもの。私の半身、私の分身、私の姉妹……いや、もう一人の私と。
☆
魔法学園研究塔の地下ブロック。蛍光灯が輝く、厳重な扉を超えた先の一部屋で、一粒の涙がこぼれた。木の幹のような、明るい色と暗い色の中間にも見える、茶色の髪の少女の涙だった。
涙に濡れるのは硬質な地面。単なるコンクリートや石造りの床ではなく、硬化の魔法がいくつもかけられた最高級品とも言える一枚岩が、床としておしげもなく使われているのだ。
少女は巨大な水槽の前で泣いていた。円形の筒状の形をした変わった形の巨大水槽。その中は淡く紫色に染まった液体に満たされており、液体の中には魚などではなく、ヒトが居た。
茶色の、腰よりもさらに長く伸びた髪の毛。万人を惹きつける圧倒的な程の美貌がその顔にはあるが、体が痩せ細っているためか、それとも瞳がずっと閉じられているためか、その魅力も大きく減じてしまっている。口元には呼吸器のようなものがつけられ、まったく動かずに、ずっと、眠っている。
奇しくも、水槽の中の少女と、水槽の前で泣き続ける少女の顔が、“細部のどこをとっても同じ”という空間で。水槽のガラス一枚越しのなか、また、泣いた。




