西の童子と東の雷獣・中
一週間前。
体育祭の花形競技である『男の素手喧嘩祭り』はアルマスの優勝という結果で終わり、最後に華々しい拳闘を見せた二人の非公式クラブたる、アルマス・レイグルFCとマオウFCの会員増加が確定しつつ。その後いくつかの種目を消化し、体育祭は最後の花形競技へと移ろうとしていた。
マロンの祖父の趣味が全面に出ていた今までの競技名とは趣の異なる、『神前魔法演武』と題された演舞披露である。
『さぁさぁ! 魔法学園冬季体育祭、最後のトリを飾りますは今年度の高等部で最優秀成績の生徒と、魔法学園の研究者代表による“魔法戦”のエキシビジョンマッチです!』
実況者の覇気のこもったアナウンスにドッと沸く観客達。冬の始めとも言える時期だが日の短さは特筆すべきものがあり、鬱蒼とした森に囲まれた地形でもあるためか既に辺りはうっすらと暗くなり始めている。時間にすればそろそろ夕方であり、最後の競技を行っている間には真っ暗になっているだろうと考えられた。
『選手入場です! 生徒代表は三年A組。サーベンティン・オキサイド君! 彼は魔法使い族の名門オキサイド家生まれ、品行方正・成績優秀であり魔法戦の実技においても勝率割を占めております。彼の授業を受け持つ先生方も、多くの方が天才と印を押す期待の人物です!』
そんな実況者の声が流れるなか、魔法によって綺麗に直されたグラウンドへと一人の少年が入場してくる。
全身を覆い隠す魔法使い族の伝統衣装たる、黒のローブを身に纏い、人の良さそうな顔の金髪の少年であった。年は十七歳ほどか、リリアやマロンと変わらない歳に見える。
「魔法戦っていまいち良くわかんねぇんだが、つまりどういう競技なんだ?」
「んー。なんつーかな、俺ら前衛戦士がやるような手合わせとあんまり変わんねぇかな。武器禁止の魔法使い版手合わせみたいな」
熾烈な戦いによって思っていた以上に怪我を負っていたようで、体中にある打撲の鈍痛に若干顔を顰めながらマオウは呟いた。そして同様に体中に打撲や切り傷といったダメージが残るアルマスがその呟きに答える。
素手喧嘩祭りの最中はもはや本気の喧嘩のようですらあったが、殴り合いを終えて互いにスッキリしたのかなんの後腐れも無く会話をしていた。
一方グラウンドでは中央で立ち止まったサーベンティンという少年が、手に持った指揮棒型の杖を胸の前に抱え、小さな声で何やら呪文を唱える。すると周囲にあった塵や埃が、少年を中心に外へと軽く吹き飛んだ。
「あのローブにゃあ強力な魔法解除の機能があって、自分に虚像が当たっても魔法が発動しないらしい。つっても魔法の虚像でクリーンヒットしたとかは判断できるからそれを第三者の審判に判断してもらうとかなんとか」
「はいはい説明乙」
「ねぇ最近俺の扱い雑すぎねぇ? 俺も今日頑張ったんだけどナー」
説明が足りないと思ったのか、アルマスの言葉を善意で説明したのにレオンに蔑ろに反応されるアリサ。微妙に傷付いた表情をしながら抗議の声をあげたものの、ゼルレイシエルがフォローする間もなくレオンに「いつもこんなもんだろ」と一蹴された。
そんなやりとりを繰り広げる花の騎士一行を見て、何気なくその中に混ざっている萌華がコロコロと笑っているとグラウンド上にもう一人の影が現れる。
『対する魔法学園の研究者達を代表するのは、我らが校長の孫にして百年一度の天才とも称される期待の新人研究者、マロン・ホープさん! なんと彼女は飛び級制度によって十五歳の時に高等部を卒業! これは校長グラニス・ホープ氏の十六歳よりも早く、新人研究員でありながら既に四つもの魔法を開発しております!』
既にグラウンド上に立っていたクサーベンティンと同様に黒のローブを纏い、女性用の鳥羽の広い三角帽をかぶった状態で入場してきたのはマロン。帽子を取って胸の前で持つとどこか厳かに一礼した。
「お、マロンちゃだ」
「重てぇなクソ貧乳、もたれ掛ってくんじゃねぇよ」
「うっさいチビ! 貧乳じゃないし!」
「なんでお前らこういうとこでも平気で、貧乳とか恥ずかしいワードを大声で言えんの? 羞恥心とかないの? 俺らまで注目されてるからほんと勘弁して」
帽子を再び被り直すと片手に木製の箒を持ち、ざわめく客席を超然と無視しながらマロンは入場口から歩を進める。
『マローン! 爺ちゃん応援しとるZOY!』
『ちょっ! 学校長!!』
と、大音量で運動場に響く老人の声。唐突に聞こえてきた老人らしからぬ元気な声を聞き、思わず地面にこけるマロン。先ほどまで真面目な雰囲気を出していたが、あまりにもな急な展開に思わず驚愕の表情のまま背後の実況席の方を見る。
実況席では実況役の生徒が、校長という最大権力を振りかざした暴君に「それぞれにエールを送るだけじゃからよこせい!」と、マイクをむしり取られていた。
『アーA-、テステスYAAAAHOOOOOOO!!』
「「うるせぇ!!!」」
グラウンド中に響き渡るマイクで音量の大きくなった老人の大声。あまりのうるささに耳を塞いだ観客達から一斉にブーイングが入る。
『あんたやっぱり邪魔しに来たでしょ!!』
『うっさいZOY! そんなわけなかろう、良いから若者は黙っときなさいShut up!!』
完全な暴君状態の自身の祖父の姿に、思わず顔を覆って俯くマロン。何度か会話をしたことがある花の騎士達も、マロンの祖父の自由さを知っているためマロンに同情の念を向けた。
『まぁさておき儂の孫は天才じゃからな、ちっとやそっとの作戦じゃ、勝つことなぞ出来んぞオキサイド君! 勝ちたいなら全力じゃ! 勝ちたいなら常に頭を動かせ! 儂ですら孫に苦戦するからのう、生半可な覚悟じゃ瞬殺されちゃうZOY! まぁでもマロンも久々の魔法戦で感覚に鈍っとるじゃろうし、気を抜くんじゃあないZOY!』
「お、お爺ちゃん!!」
周囲の人々を振り回すはた迷惑な性格とは裏腹に、一介の教育者らしくまともなアドバイスをする学校長グラニス・ホープ。“自由人過ぎて困っちゃうお爺ちゃん”の異名を持つほどの変人とは言っても、学校の責任者になるということは相手を思いやる心もしっかり持ち合わせているという事である。
『どうしたマロン! おじいちゃん応援しとるZOY。実を言うとのう、この前オキサイド君の祖父と喧嘩してしまってなぁ。なに儂とアイツで将棋をしとったんじゃが、アイツ、自分が負けるのが悔しいからって一人で将棋教室なんぞに『はいそれでは競技に入って行きたいと思いま』なんじゃいまだ喋り足りんZOY!『もう良いですから素晴らしいアドバイスありがとうございましただから勘弁してくださいぃぃ!!』
その思いやりの心が教師たちにも向いているのかは誰もわからないが。
なんとかの思いで実況席からグラニスを追い出し、マイクを取り返した実況者がマイク越しで大きなため息をついた。すぐに実況者は謝ったが観客席からは同情の意味の苦笑が帰ってくる。
「……ううぅ、もう!」
顔を赤くしてうずくまっていたマロンは顔を上げて深呼吸をすると、気を取り直したマロンが軽く頬を上気させたまま、グラウンド中央へと移動した。そこでサーベンティンに続くように独り言――祝詞と宣誓をあげる。それは天に咲く花々とその化身たる神と天使達に向けたもの。そして宣誓を終えて息を整えると箒を逆さに持ち、箒の柄で地面を軽く突いた。
サーベンティンと同じように塵や埃がマロンから遠くへと飛んでいったが、その規模と風の強さは彼の比ではなかった。
爆風。そう言えるほどの強烈な風がおこり、観客席に座る花の騎士達にも届いた。
「……この風は何?」
「魔法戦をする前に相手を威嚇するために魔力を出すんだってさ。それで畏怖させるもよし、試合の為に最小限の放出に抑えて節約するもよし……普通はマロンみたいに観客席まで届くみたいな量は普通無いみたいだけど……」
アリサはゼルレイシエルに説明しながら、“万鳥主”と呼ばれる神獣に鷹の如くと例えられたエルフの視力によって、マロンの対戦相手であるサーベンティンの表情を捉える。
「もう勝ったんじゃねぇかこれ」
「なんで?」
至って普通な視力しかないリリアが不思議そうに聞いた。同じくたいして目が良いわけでもないシャルロッテも、疑問を顔に浮かべたままアリサを見る。
「だってよぉ、あいつの顔、なんか引き攣ったような苦笑いに見えるからさぁ」




