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酒呑童子と大地花の騎士・下

 翌日の朝。


「マロン達は?」

「ちょっと体調悪いんだって。なんだか昨日出かけてたみたいだし、歌手の仕事とかで疲れたりしたんじゃないかな」

「……そうか。まぁ、マロン達が出るのは午後からだし、大丈夫だろ」


 レオンが隣に座っているリリアに、マロンもしくはレイラの姿が見当たらないわけを聞く。レオン自身としてはただ姿が見当たらないためという理由で何気なく聞いただけだったのだが、リリアの目線から見ると好きな女性の姿が見えないのが気になる……といった感じに見えているようで。満面の笑みを浮かべているのに苛立ったレオンは、リリアの足先を思いっきり踏みつけることで報復を完了させた。


「HEY! ソレじゃあこれから体育祭はじめるZOY! 勝てば豊穣(褒状)、負ければ悔恨(開墾)! YOU達は名声が欲しいかァァァァ! YEEAAAAAAA!!」

「……まぁ、自分の祖父が大勢の人の前ですげぇ声量でラップ的なのしてたらそりゃ来たくも無いわな……」


 初等科の面々の姿は闘技場の観覧席にあった。中央にある運動場を取り囲む椀のような形状をした建物、椀で言うならばふちの部分にあたるところがすべて観覧席となっていた。建物の形式を言い表すならばコロシアムというべきであろうか。

 観覧席の一角には巨大なモニターが据え付けられており、そこにはローブのいたる所にチェーンや缶バッチを付け、サングラスをかけた白髪の老人。年齢を考えるとキツくも思えるが、全体的な恰好や雰囲気がマッチしているためか何故か妙に違和感が無い。逆に、老人らしからぬ見事な声量に圧倒されている者たちが多数であった。


「レイラの声量は爺さんゆずりって感じか?」

「あのヒト六十じゃすまない年齢じゃないの……?」


 マイク越しのおかげで相当な大きい音に聞こえるその声に、耳の良いアリサは顔を思わず顰めながら呟くとゼルレイシエルが自分の知識を総動員しつつおずおずと質問してきた。不老不死とも言われるほど長命な吸血鬼族出身であるため、短命種と称される平均寿命の魔法使い族のことは本などでしか見たことが無かったのだ。


「いや、だいたい六十近くとかそんなもんじゃね? マロン達の親、四十代くらいに見えたし」

「まぁ一般的な短命種ならそんなもんだろうが、アイドルの親だからめっちゃ若く見えるって可能性もあるしなぁ……」


 本よりは写真などを見かけやすいネットで知識を集めているアリサは、すぐに意見を述べた。ゼルレイシエルのように本からの知識ではないため、比較的ガセネタなどと指摘されやすいアリサであるが、今回ばかりは短命種のアルマスとリリアが肯定の意味で頷いていた。


「ま、とりあえずこの体育祭で種目一位取って食糧ゲットしないと私達死にますから、ばれない程度に頑張って確実に一位取ってね」

「リリアちゃ目が笑ってない、怖い……」


 話を遮り、胸の前で両手で握りこぶしをつくってガッツポーズをとるリリア。顔は嗤っては要るものの、その目は切迫さに溢れていた。


「お、おう……ま、まぁわかったけどよ……」


 リリアの勢いにマオウも気圧されたような表情で返す。問題の食費を特に浪費している二人であるため、鬼をも射殺すような視線で睨まれたわけであるが。


「あら、一位……ですか? 結構いろんな種族の方々がいらっしゃいますが……大丈夫ですか?」

「んだよ女狐」

「……流石に女性に女狐なんて、失礼かと思われますけど? これだから野蛮な人狼族は……」

「行法を使える狐様ならどれだけぼっこぼこにしても無傷なんだろうなぁ。あぁ、タフなのがとてもうらやましい」


 黄金色の毛並みの七本の尻尾を揺らしつつ、ベルトもしっかり巻いた几帳面な制服の着方をした女が、ゼルレイシエルの隣の席に腰を下ろした。ミイネが二人の姿を見て生理的に恐怖しそうな表情を一瞬浮かべたが、十人とは離れた場所の場所の男がその顔を見かけて飲んでいたコーラを噴き出しただけで済んだ。

 眼鏡をかけた人狐族の女生徒、篠生しのう 萌華ほうかは、前の席に座るアルマスと顔を見合わせて小声で罵り合う。実は入学初日からアルマスは人狼族ないし狼系種族に類する種族だろうと、匂いによってバレていたのであった。放課後に萌華から尋ねられた一行は仕方がなくアルマスの種族名だけ名乗り、特殊な生まれであるから変装しているのだという苦し紛れの説明で、釈然としない様子ではあったが萌華に信じさせている。


「はいはい、アルマスも怒んないで。やめなって」

「……グゥルルルルル」「ウルルルルルル……」

「やめろって言われてんだろ」


 マオウの怒気の籠った音程の低い声を聞き、一様にビクリを体を震わせてマオウの顔を見た後しぶしぶ自分の席におとなしく座るアルマスと萌華。悲しいかな、犬科系の種族特有の、低音の怒り声が苦手という性質がどちらも発揮されたのであった。


「そういう喧嘩はいいからさ……とりあえず絶対とらないと駄目な競技はこの六つだから。回し見て」

「……障害物狂騒、障害物破壊狂奏(きょうそう)、大岩転餓死……さっきからなんなんだよこのクソみたいな当て字」

「……マロンのおじいちゃんの趣味……触れないどいてあげて……」


 マオウが読み上げつつ、言った言葉に消え入るような声で返事をするリリア。


「お、おう……おっ、男の素手喧嘩ステゴロ祭り。いいじゃねぇか」

「喧嘩!」

「残念ながら女性のはありませーん。ま、物壊す競技もあるしそっちでさ」

「うぬぬ……われ不服なりぃ……」

「まさかシャリ―姉の口から不服って言葉を聞けるとは思いもしなかった」

「そんなに頭悪くないもん!」


 シャルロッテが拗ねて後ろの席のリリアの太ももをポコポコと殴っているなか、マオウはリリアの頭越しに、アルマスの方を睨んでいた。


「おい、アルマス」

「なんだ?」


 萌華の件で若干不機嫌なアルマスはぶっきらぼうに返事をする。


「お前、喧嘩祭り出るよなぁ?」

「……そうだな。けど、マオウが居るなら別に俺は要らないんじゃね」

「あ、俺も出るぞ。たまには刀無しでの実践も「お前には聞いてねぇ」


 マオウに一蹴されなんとも言えない表情で閉口するアリサ。マオウは戦いに挑む際の凶悪な笑みを浮かべながら、提案する。


「雑魚の相手すんのも面倒だからよぉ、半分倒してくれや。そんで、俺と本気(マジ)で一騎打ちしようぜ」


 背もたれにもたれかかり、腕を組みながら話半分に聞いていたアルマスは訝しげな表情を浮かべつつ自身の左斜め後ろに座るマオウを睨んだ。


「……本気で言ってんのか? ハルバード使いが」


 言葉尻のイントネーションから受ける印象は怒り。自身の領域を貶されているようにアルマスは感じていた。八人の中で最強とよべるマオウとはいえ、自身の得意な得物があっての事である。それを捨て、徒手空拳で自分と戦うというのだから癪に触らない戦士などそう居ないであろう。

 マオウはわざと煽るように返事をする。


 ついでにミイネが、口から垂らしそうになった潤滑油をあわてて飲み込んだ。


「本気だ。一度テメェと素手で戦ってみたいからよ。見せてくれや、拳闘士」

「上等だよ。そのそびえ立つ調子にのったプライド、芯から折ってくれる」


 火花でも散っていそうなほど互いに睨み合うマオウとアルマス。

 リリアはいつの間にか自分の頭を越えて行われている、はた迷惑な男同士の意地の張り合いに溜息を吐きつつ、前の席のシャルロッテの頬をおかえしとばかりに指でつつきまくっていた。


「あれ、そういえばレオン兄は?」

「出ねえよ。めんどくせえし、俺は武器も使わずにアルマスに勝てるとは思って無いしな」

「すごく賢い判断かと思われますまる」


 負けるのが怖くて逃げたんだろう的なことを思ったリリアの顔には、先ほど自分に向けられたにやけ顔がうかべられており、レオンはジト目になりながら思い切りリリアの額にデコピンをお見舞いした。小柄な体系ながら力だけは何気に強いドワーフである。打撃的な痛みに強いとはいえ、額への攻撃は効いたようで。


「アウチッ!」


 変な台詞を言いつつリリアは額を手で押さえて悶絶するのであった。

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