羅刹と鹿と騎士・下
「そういえばさ、魔法学校ってお金とかかからないの?」
「かかりますよ。たぶん二か月半の間でも九人となるとレイラの年収に近いかもしれないです」
「そんなにっ!? そんな金どうするの……」
「でもお金に関しては大丈夫だと思います」
その夜、マロンとリリアの二人がリビングダイニングで椅子に座りながら話をしていた。それぞれ向き合った形で座り、リリアのとなりにはゼルレイシエルが座っている。三人の座る椅子等が囲んでいる食卓の上にはココアが入ったマグカップが置かれており、立ち上る湯気と香りが、柔らかな雰囲気の室内をさらに落ち着く空間へと昇華させていた。
マオウとシャルロッテとアリサの三馬鹿トリオ(レオン談)はまた腹が減ったからとまた屋台のある通りに向かい、レオンとアルマスはミイネのメンテナンスを行うためにマロン宅の使われていない部屋で作業をしている。
「このパンフレット見てください」
「……入学のすゝめ? ……もしかして、どうにかなるってこれのこと?」
「二か月半の就学後、三か月のあいだエキドナの“霊撃隊”で働くことで学費を免除する……」
「霊撃隊に居る間は無償労働のような感じなので、生活費だけは必要になりますけど……学費免除になるのは大きいと思います」
そう言って自分の一番近くのマグカップを手に取り、マロンは少しだけココアを飲む。リリアがそのパンフレットの説明を隅から隅まで読み込んだ。そして脳裏で今後かかるであろう金の計算を大雑把に行い、わずかに苦笑した。
「食費だけでもやっぱりかなりかかるね……バイトでもしないと大変かも。レイラちゃんから借りるばっかりなのもアレだし……」
「レイラも私もそんなに気にしませんが……まぁそこで、この行事です」
マロンはリリアの手元にあるパンフレットを数ページめくり、魔法学校での行事紹介のページを開いた。入学を考えている人々の興味を更に引くためか、情報が伝わりやすいように写真や文字が上手く配置されている。
「体育祭と文化祭って……」
そこに書かれていた予定を見てゼルレイシエルが呆れたような声を漏らす。そこには二か月半という非常に短い期間の間で、学園生活というものにおいて二大イベントと称されるものがどちらも行われると記載されているのだ。大雑把にいえば百九十日に一度、体育祭や文化祭が執り行われている計算になる。
マロン以外の花の騎士達は学校に通ったことはないが、リリアが買い込む恋愛小説などで良く出てくる出来事であるため、そのスパンが異常に短い事は理解していた。
「……男の素手喧嘩祭り、パン喰い狂騒 ・零式、大雑把種族別二百メートル競走、上位成績生徒による魔法戦実戦披露、障害物狂騒、障害物破壊狂奏……ちょっと待って、この種目名にツッコミを入れるのは無し?」
「校長の趣味ですから……」
「趣味を持ってくるものじゃないでしょう……」
ゼルレイシエルが呆れたような声を出しつつ、ペラペラとページを捲っていた際、パンフレットの冒頭部分に何人かの教職員の顔写真が載っていたことを思い出してそのページを開いた。
「何このファンキーな御爺ちゃん……」
「髪の毛赤色に染めて、サングラスかけて……腕に包帯巻いて押さえながら……「あーあーあーあーあーっ!!」
「ど、どうしたの……?」
思わず校長と思わしき老人の写真を見て思わずドン引きする二人。実況し始めた二人の台詞を遮るかの如く急に叫びだしたマロンに、二人は瞠目した。時刻は夜の十一時頃を回っており、辺りの家は寝ている人が多いのかシンと静まり返っている。二人の驚いた顔に凝視され、気を取り直したマロンは顔を真っ赤にして俯いた。
「その……私のおじいちゃんなんです……」
「御爺ちゃん……? え!?」
「……えっと、その……随分個性的なおじいさんね……」
「だからおじいちゃん、あんな恰好で写真撮らないでって言ったのに……」
もはや頭から蒸気が噴き出しているのかと幻視するほど顔を赤くし、両手で顔を隠すマロン。耳の先まで赤くなっているため、相当恥ずかしがっている様であった。
「で、でも、魔法学校の校長って言うくらいだから凄い魔法使いなんでしょ?」
「そ、そうです! 開発した魔法も歴代校長と比べてもすっごく多くて、“魔法学界のゴッドファーザー”なんて呼ばれてるんですよ!!」
突如机から身を乗り出し、熱弁を始めるマロン。あやうく零れかけたココアを慌ててゼルレイシエルが手に取り、胸元まで持っていきながらマロンの剣幕に若干怯む。
「わ、わかったから。マロンがおじいちゃん子で研究好きなのがおじいちゃんの影響だって言うのは存分に伝わったから落ち着いて!」
思いもよらぬことを指摘され、マロンはもうこれ以上顔が赤くならないので机に突っ伏して顔を隠した。二人は目を丸くしてマロンの変化の波を見ていたが、机に伏せて動かなくなったマロンを見てクスリと笑い声が漏れた。
二人はどこかおかしくなって笑いだし、そろって軽やかな笑い声をあげる。顔だけあげたマロンが二人を見たあと軽く頬を膨らませる。どこか小動物らしさを感じさせるその動作に悪戯心をくすぐられ、二人は頬をつついたりしてマロンを弄るのであった。
◆◇◆◇
「騎士王様。お会いしたいとい仰る方が正門に……」
「連絡も無しにかね。誰だい?」
「それが……角王様でして……」
「角王だと? 通してくれ」
戎跡柴炭の街の中央にある古城。アルフォンスは一人の侍女に命令を下した。突如訪れた異端なる神獣の来訪に首を傾げながら。
鍛錬として行っていた剣の素振りを一度中止し、寝る前にでも行うかと思って居ると道場の門に影が見えた。
「これは碌星。お久しぶりで」
「久方ぶりだのう、アルフォンス殿。こちらは手土産である」
「かたじけない。それで、なんの御用かな?」
途轍もなく巨大に成長した金色の角を持つ牡鹿が、角の一部に引っ掛かっていた壺に紐が括りつけられたものを地面に置いた。いつものパターンで考えれば、彼が道行く旅先で手に入れた野生の果物を発酵させて作った酒だろうと考える。
これがなかなか美味しく、また同じ味が二つとないため、数ある酒の中でもアルフォンスが貰って嬉しく思えるものであった。
「まぁ……アルフォンス殿なれば、解るかもしれんがなぁ」
「………………わかりかねますな」
アルフォンスはわずかに身構える。
自身の部下の命を救ってくれた恩人たちの願いを破るわけにはいかないと、口を堅く閉ざす決意をする。しかし、神獣としての能力が角王に語るべきと囁き続け、なんとも言えない葛藤が生まれるのだ。
「花の騎士達の事なのだが……どこに居るのかね?」
「知りませんな」
即座に嘘を吐く。騎士だからと言って嘘をつかないわけではない。むしろ忠義に生きる騎士だからこそ、約束を守る為に平気で嘘をつくのだ。
「……匂いが残っておるが? 花の騎士の一人はエルフの村の出身らしいが、匂いは覚えておる」
「知りませんな。この道場に来たことがあるのかもしれませんが、私は何も存じ上げませぬ」
「そろそろ語って楽になるがどうであろう。儂も会わねばならん理由があるのだよ」
「自白の舞踊ですか……その手には乗りませんよ」
アルフォンスは角王が不規則に揺らす角から意図的に目を逸らした。角王はわずかに表情を暗くし、アルフォンスに角が当たらないよう数歩下がって頭を下げた。
「頼む、教えて下され。理由は言えぬが、一度花の騎士に会わねばならんのです」
「あ、頭をあげて下さい!」
騎士王は焦る。同時に、脳裏の神獣として受けた力が語らせようと刺激してきた。
アルフォンスにとって約束を破るということは誠に嫌なことではあるが、神獣として働きかけられる力にはやはり抗いようがなかった。
「……わかりました。お答えします。花の騎士達には、喋ってしまい申し訳ないと伝えてください」
「わかり申した。……すみませぬな」
「……いえ、ひとまず道場ではなんですし、庭にでも向かいましょう」
そう言ってアルフォンスは荷物を手に持ち、角王の持ってきた壺を抱えて道場の扉を閉めるのであった。
次回入学します(なお入学式はすっ飛ばさせる模様(爆




