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闇夜に沈む森・上

 我が瞳に映るは遥かなる高みを持ちし士遷富山。さて、登り切れるのだろうか。

 ……無理なことだろう。偉大なる過去の登山家達ですら断念し、遭難によって死んだのだから。

 翼で飛ぼうとしても、走るよりも体力の要するなかで急速に薄れていく酸素に対応できず墜落。

 雪女のような体が氷雪で出来た者たちでさえ、標高が高くなると同時に下がっていく気温に全身が凍り付いて凍死。

 魔法で温度に対処し、魔法で飛ぶとしても魔力が尽きて死ぬ。


 士遷富山、恐ろしい山だ。しかしそれでいて、憧れる。

 あの恐るべき山の頂からみる景色はどれほど美しいことだろうか。

 麓の森をその陰で覆い隠し朝という言葉を削りとる、全ての霊峰の頂点たるこの山を。

 征服したとき、どれほどの達成感と喜びを感じられるだろうか。


 この山に挑むことは、すべての登山家の誉れである。

 そうだ、そうであるはずなのだ。

 何よりもの誉れであるはずなのだ。

 私にも例外ではなく。


 あぁ、しかし。何故だろう。

 誉れだとか、喜びだとか、それより前に、

  私は、はたして生きて帰れるのだろうかと、不安がこみ上げてくるのだ。


  『山の誉れ』より、士遷富山へと挑戦した登山家の日記。


********


 【星屑の降る丘】地方南部。戎跡柴炭の街へと赴き、エントと別れた後に騎士王との密会などのイベントなどを経ながら、八人と一体は次の目的地である【永夜の山麓】地方を目指していた。


「このあたりまでが境界線だな」


 手元のパソコンに表示された中央大陸の地図を見ながらアリサが呟いた。現在彼らの居るのは鬱蒼とした森の中であり、画面がほぼ一面が緑色ともいえる様子であったが、目の覚めるような赤色の線が一本だけ画面上を走っていた。


「ここが境界線?」

「まぁ立札があるわけでも無いし実感湧かない感じは解らなくもないけどよ」


 リリアやレオンが画面を覗き見ているなか、一行から離れた場所でレイラが目を閉じながら何やらブツブツと呟いている。


「……だからどうする? 私の場合は“浮遊フロート”は使えなくもないけど、速いわけでも無いし……うん、いやいやアンチバリアも使えないってば。殲滅しながら進むなら出来るけど一日持たせるとか自信無いし……うん、そうだね。やっぱり交代しようか」


 地面に腰を下ろして眠るように俯くと、ジッとその場で静かになるレイラ。新しく仲間に加わったミイネも合わせた八人は、そんな彼女の様子を見ながら噂をするように囁き合う。


「多分入れ替わってるんだと思うが、あの時にちょっかいかけるとどうなんだ?」

「いやぁ……止めといた方が良いよ」


 悪戯っぽく笑いながらのアリサの言葉に、リリアは苦々しく笑いながら答える。不思議そうな視線がリリアに向かうなか、頬を指で掻きながら白状した。


「いやさ……前にマロンからレイラちゃんに交代してたからさ、調子に乗ってほっぺたつまんだりしたんだけど……物凄い嫌そうな顔で「やめてください」って淡々とした声で言われてさ……あれは怖かった……」

「アホかよ」


 マオウが呆れたようなツッコミを脇から入れつつ、目の前の森を睨んだ。目の前の森に居るのは新たな敵であり、これからの戦いに戦闘中毒者(バトルジャンキー)にも近い性質タチのマオウは密かに高揚感に満ちていた。隣に居るシャルロッテも同じような性質を持っているため、似たような表情を浮かべている。

 やがて人格の交代が終わり、魔法使い族の少女はゆっくりと立ち上がった。お腹を出すような形だった上着は、あたかもローブのように上半身を覆う形に変化する。スカートの丈も膝下まで伸び、いかにも人見知りそうな雰囲気を感じさせるマロン時の姿へと変わった。


「えっと……あの、このあたりで一番近い村ってどこでしょうか」

「え? ……影潜(かげひそ)みの村かな。ここから南南西に十五キロくらい」

「まずはそこに向かいましょう。この地方は、星屑の降る丘よりも村の数が多いですから。村と村の間を一気に駆けぬけたほうがいいです。野宿は、危険というよりも、“不可能”だと思います」

「……わかった。まぁマロンに任せるしかないわよ。私達は何もわからないもの。“幽霊ファントム”だなんて」


 ◆◇◆◇


 森の中を歩くことに慣れているアルマスを先頭に、ようやく日が差すようになってしばらくたった昼間の森を歩く。アルマスが誘導し、なるべく光のあたる木々の間を通っているものの、少し外れれば薄暗い森が広がっている。

 一行の一番後ろには気配の察知にすぐれたアリサと、聴覚センサーによって広範囲の異常を察知できるミイネが当てられた。なお、ミイネの場合はあくまでも対魔獣用の為の配置であるが。

 魔法使い族のマロンは九人の真ん中あたりに居り、周りの仲間と談笑しつつも手に持った神聖銀ミスティリシス製の杖を離さぬようにギュッと握りしめている。彼女の瞳には杖の先に白い光が淡く点滅して見え、その点滅同時に周りの仲間たちが薄い光の膜に覆われているように見えている。


「何にも出てこないねぇ。暗くて見えづらいくらいかな?」

「いや……魔獣が、居るな。この糞はエテ公か」


 急に立ち止まって地面の何かを、花の力で創造した木の棒でつつくアルマス。何かとは、茶色の物体であり、つまるところ動物のフンである。アルマスが見たところ猿のフンに似ているものの、一般的な猿のものとは違って明らかにサイズが大きい。シャルロッテやリリアがフンを見て「うぇ……」とでも声が出そうなしかめっ面をする中、ゼルレイシエルがアルマスに聞き返す。


「エテ公?」

「……狒々《ひひ》だよ。あいつら嫌いなんだ。これ、においも新しいし近くに……」


 アルマスがフンという痕跡から問題の生き物の気配を探ろうと、神経を研ぎ澄ました瞬間、ミイネがごくごく何気ない様子で呟いた。


「東の方向より中型生物が接近中。木の枝を伝いながら移動しているような音であります」

「ほんとに来たのかよ……マロン、範囲はどれくらいだった?」

「距離などを考えると消費する魔力も極力抑えたいので……頑張っても十メートルくらいまでだと思います」

「十分だな」


 アルマスは腰に巻いたウエストバックから一本の折り畳みの出来るナイフを一本取り出す。一般的な鉄製品よりも白っぽい輝き刃を持っているナイフは、刀身がミスリルで柄が高級木材の黒檀で出来たもの。高級にして高品質な、様々な用途に使えるものであった。


「でも狒々って何? よく知らないんだけどー」

「まぁしいて言うなら大きい猿ね。大きさ的にはマオウと同じくらいじゃなかったかしら」


 シャルロッテの呟きにゼルレイシエルが答える。マオウの方をチラリと見ながら言うのに合わせ、リリアとレオンとシャルロッテの三人が一様にマオウの方を向く。ジロジロとみられている当の人物は思い切り舌打ちをして背を向いた。

 そんなこんなありながらも、そもそも見たことが無いため猿と言うものですら浮かばないシャルロッテはぽけっとした表情を浮かべながら呟く。


「さる」

「えぇ、猿よ。まぁ森林の多い地方だと割とポピュラーではあるけれど、【訪神の荒野】みたいなところだと聞いたことが無いのも無理はないのかもしれないわね」


 シャルロッテの様子に気が付かずに予想を述べるゼルレイシエル。別に気付いたからと言って特に対応が変わるわけでも無いだろうが。

 そうこうと会話をしてているとミイネが話を中断するかのようにカウントダウンを始める。


「目標接近。遭遇まで十、九、八……何故か停止しました」


 アリサの耳にガサガサと木を揺らす音が聞こえてきた時であった。急にあまり音がしなくなり、地面に降りるようなドサッという音が聞こえて来ただけである。アルマスはにおいを嗅いで狒々の位置を察知しアルマスが最も嫌う、狒々という生物の習性に備えて心を落ち着ける。


 数秒の時間があり


『ウキャアァァァァァ!!』

「うるせっ」「耳栓持っててよかった……」


 狒々の咆哮が森に響く。いつの間にかちゃっかり耳栓を付けていたアリサ、機械のミイネやアルマスは平然としているものの、他の六人は脳を揺さぶるような甲高い狒々の鳴き声に、耳をふさいだり頭を押さえたりしていた。


「……来る」


 突進するかの如く草木を猛烈な勢いでかき分ける音が、やがて一般的な聴覚を持つ者達にも聞こえて来た。夜目の利くゼルレイシエルが頭を手で抑えながらも、その姿を視認する。


「キィ……」


それは唇部分が異様に分厚い、巨大な猿であった。ぱっと見では茶色の毛に赤い顔という中央大陸では一般的なイメージの猿ではあるが、爪が長いことや両腕がゴリラという動物のように太く逞しいことが相違点と言える。


 一行の進路方向から見て左側から、九人の前に姿を現した狒々は、九人の姿を一度マジマジと舐めまわすように見ると「ヒヒッ」という奇妙な声を漏らす。


「なにコイツ……」

「うるさいだろ? こいつ俺の住んでた所の近くに良く現れてさ……このうるさい声で鳴くから嫌いなんだ」


 リリアが立ち上がりながらアルマスをジットリとした目で睨む。


「……先言ってよ」

「あ、すまん……まぁ、こいつら見た目こんなんで雑食性だけどかなり美味いからさ。そこだけはまともかな……」


 アルマスは右手にナイフを持ち、仲間たちの前に躍り出る。アリサ以下他の仲間たちは横を通り過ぎるアルマスの表情を見て、なんとも言えない顔をした。


「アルマスまた悪い顔してる……」

「アルマスっていつもは冷静でかっこいい感じだけど、ほんと肉のことになると性格変わるよね……」

「肉の亡者アルマス」


 普段の落ち着いた表情とは百八十度異なるような、鬼面の如く凶悪な笑みを浮かべる人狼族の拳闘士。そんな彼が迫ってくるのにも動じず、まだ奇妙な声を漏らす狒々。声が漏れるたびに唇がめくれて薄く伸びていき、それと同時に顔に張り付くようにして顔を覆っていく。


「ヒーヒッヒッ」


 狒々が腹を抱えて笑うような仕草を取ったころ、その唇は彼の目まで覆っていた。上部の歯だけにとどまらず歯肉まで露出して見えている。アルマスは脚に力を込めた前傾姿勢となり、ナイフを逆手に持つ右手に力を入れた。

 狒々の唇が額まで覆った瞬間、アルマスは全力で地面を蹴り、狒々の後頭部に左手を添え、右手に持った骨をも切り裂くナイフを、躊躇なく唇に覆われた額に突き刺した。

 狒々の体がビクンと震え、アルマスがナイフを突き刺した場所から血が大量に零れる。立ち上がっていた狒々は後ろ向きに倒れ、痙攣していた。


「うわエグぅ……」

「……ヒトと近い形してる生きもんが死んでいくのは見てて気分いいもんじゃないな」


 アルマスのやろうとしていたことを事前に察知していたマロンとゼルレイシエルは、あらかじめ背を向けることで失神したりするのを回避していた。そんな二人を横目に見つつ、アルマスは斯く語る。


「とりあえずそこの茂みでこいつ解体するから少し待っててくれないか?」

「俺らは良いが、お前はどうなんだ?」


 マオウがマロンの肩を叩いて聞く。マロンは困ったように考えこんだ。


「うーん……このままだと十キロ進むのに私の魔力が続くかどうか……」

「ねぇねぇ、私達から魔力の吸収とか出来ないの?」

「無理……ですね。まだそういう魔法は開発出来てないですし、あっても反霊魔法を使用しながらというのは難しいです」


 アルマスがアリサの助けを受けて茂みの裏に狒々を持っていき、皮を剥ぐ音などが辺り一帯に聞こえるなか、マロンがとあることに気が付いた。


「アルマスさん、出来たら狒々の爪や牙を取ったり出来ないですか?」

「……まぁ出来るけど、どうしたんだ?」

「つい先ほどまで生きていた動物の牙や爪なら、反霊魔法を込めることで魔力消費を抑えられるかもしれません」


 マロンの言葉を聞いた八人は、良くわからないと一様に肩を竦めた。

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