決戦の後・下
「そういやアルマス、てめぇ何話してんだ?」
「……黒花獣に変化が起きたらしい。なんでも新しいタイプのやつが出て来たとか」
「は?」
ベーコンや目玉焼きなどを挟んだパンケーキを貪り食っていたマオウが何気なくアルマスに質問し、予想外に大変な事態を耳にして固まった。いや、マオウ以外の五人も食事をしていた手を止め、アルマスの方を見て固まった。
アリサは女性に事態を説明するため、いくらかパンケーキを分けてもらって離れた場所に移動していた。
「新しい……タイプ?」
「なんて言えば良いんだろうな……アリ、クワガタ、カマキリの三種類しか確認されてなかったが、今朝になって蝶の幼虫に似た食人虫 。……この名称のままで良いのかはわかんねぇけど、そんなのが、現れたらしい」
「ちょ、ちょっと私も電話入れてみる!」
「私もっ……」
シャルロッテは悲痛そうな表情を浮かべながらパンケーキを一口食み、マオウは機嫌が悪そうに手に持っていたものを口に押し込んだ。他の四人はそれぞれ故郷の友人や家族に携帯端末を使って通話をし、それぞれ神妙な声音になって通話を終えた。
「やっぱり、変化が起きてる……? 言葉を話しているような、変なアクジキが現れたって……」
「俺のところは水を泳ぐ狂亜人が現れたとか言ってる」
「私の故郷は、なんだか行動が知性的になってるとか……」
「私のところもそうね。複数体で集団行動をするようになっているみたい」
各地で起きている黒花獣の異変に眉を顰める八人。エントも彼らの故郷を知らないながらも、なんとなく察して顔を顰めた。
「マザーコンピュータを倒したときに黒い光が出ていましたが、あれはもしや……」
「黒花獣が、強化された……?」
エントの言葉にレイラが憶測を続けた。八人の下に、重苦しい沈黙が降りる。アルマスが柄にもなくぼやいた。
「マザーコンピュータを倒した事って、良いことだったのか?」
「……どう、なんだろうね。神様とか天使様は正しいって言ってたけど」
シャルロッテが苦々しく答える。彼らの東側では太陽の光が、黒花獣の居なくなった【星屑の降る丘】地方を祝福するように照らしていた。対照的に暗い雰囲気を纏う彼らの頭上を真っ白な鳥が数回、鳶のごとくぐるりと旋回した。シャルロッテは空を見つめていて、その鳥を見かけると軽く溜息をついたのちに目の前に座っていたマオウの皿からパンケーキを奪って口に入れた。
「あってめぇ! 何してやがる!!」
「ふぁふぁーんふぁ! ふぉふぉふぅぃひふぇふふぉうふぁ……悪いもんね! ぐじぐじ悩んだって仕方ないもん! ただ倒して倒して倒せばいいの!!」
「うーん……暴論には違いないけど、まぁいっかぁ……」
「だから俺のやつを取ってんじゃねぇよテメェら二度手間だろうがゴラァ!!」
リリアがシャルロッテの意見に呆れつつ、隣にいるマオウの皿からパンケーキをとって口に含む。先ほどまでの嫌な雰囲気はどこへやら、マオウが怒鳴ると他の七人がそのやりとりに笑った。和やかな雰囲気となった所にアリサと女性が戻る。アリサの後ろをついていくような形で女性は歩き、アリサが座った後に女性も座った。
「話は終わったの?」
「おう。そんで、さ。このヒト……? から話があるらしいだが」
「え?」
ゼルレイシエルが首を傾げる中、女性は九人の見守る中で、いわゆる土下座とよばれるポーズを取った。アリサをのぞいた全員の顔に驚愕の色が浮かぶ。
「私を、旅に連れて行っては貰えませんでしょうか」
「そ、そんなことならいいだろうけど……少なくとも“戎跡柴炭”の街に行くまではそうだし……けど、なんで?」
レイラの言うことに一斉に賛成するように頷く一行。半分気圧されの動作でもあるようだが。
エントを故郷へと送る為に花の騎士達は騎士王の治める街へと行くことにしていた。黒花獣の脅威が消えたとはいえ、野生動物や魔獣の跋扈する地域で一人旅というのも危険なものであることに変わりは無いからである。
「博士も、私の知っている研究者たちももう居ないとのことでありますし……今の世の一般的な知識すら無い私一人では、スクラップとなるだけだと」
「なるほどな……」
アルマスはそう呟きつつ、周りにいる仲間たちに目配せをした。一通り見たあと、アルマスは「良いんじゃないか」と呟いた。
「それじゃ、名前が必要だね。今のままだと呼びにくいし」
女性がアルマスの言葉に驚いていると、リリアが一度拍手をして仲間の視線を集める。
「リコラ……って、たしか昨日言ってたよね」
「そう、であります」
「うーん……リコラ、リリア、アリサ、レイラ……なんだか語感が被って紛らわしいような気がする」
レイラが両手を組んで考える。自分で言うのも何という話かもしれない呟きだったが、事実のことであり全員が頷いた。
「私はリコラでも良いでありますが。おねいもというモノもありますし」
「「ん?」」
女性の呟いた言葉に、一斉に視線が移る。何か変なことを言ったかと女性が首を傾げるのを見て、主に女性陣が肩をなで下ろした。
「気のせいだよね。まさかね」
「……え、えーっと、3170から取って語呂合わせで、ミイネとかどうかしら?」
「そ、それ良いかもね。プロトとかだと変だし」
おずおずとゼルレイシエルの述べた意見に、うんうんと首を縦に振るリリア。他の者達も賛同するように首を振り、そう呼ぶことに決まった。女性改め、ミイネは感激したように両手を合わせて喜んだ。
「これからよろしくね。ミイネ」
「……はい。ゼルレイシエルお姉様」
ゴフッと飲んでいた水を思わず噴き出すリリア。口に含んでいたパンケーキをなんとかこぼさないように、口を閉じて堪えつつむせるレイラ。ゼルレイシエルは固まり、シャルロッテは目を逸らした。
「み、ミイネ? なんでお姉様なのかしら?」
「アリサ様に言われたのです。思いのままに生きていいと。だから、私はそうお呼びしたいのでありますが……駄目、でしょうか」
「…………良いけれど、ゼルレイシエルは長いからゼルシエ、で良いわよ」
「はい。かしこまりましたであります。ではこれからよろしくお願いいたします、ゼルシエお姉様。リリア姉様。シャルロッテお姉様。レイラ……お姉様」
一瞬にして凍りつく女性陣。名前を呼ぶときのミイネの顔はどことなく赤みを帯びており、まるで上気しているように見える。男性陣も一様に苦虫を噛み潰したような表情をしつつ、レオンにパンケーキのお代わりを貰ったり水を飲んだりしていた。まるで自分は関係ないと言っているかのように。
ミイネは女性陣の反応にキョトンとした表情を受かべていたものの、アルマスが意図せず隣に座っているレオンに、お代わりを貰うのを見て無邪気な笑顔を見せながら片手を胸の前にあげた。人差し指を立て、親指を立て、人差し指と中指と薬指は曲げて、質問をする。
「アルマス様とレオン様の二人はBえ「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 何言おうとしてんの!?」んん?」
ハッと意識を取り戻したリリアが慌ててミイネの手を抑え、口元を塞いだ。男性陣が不思議そうな表情をするなか、リリアは動転しながら言う。
「え、え? ミイネってそっち系もなの? 誰要らないこと教えたのこれはアウトだよ!」
「女性研究者の方だったと思うであります。素晴らしいものだとは思いますが……」
「わかんない! わかんないから! 少なくとも私達の中でクサってるのは居ないから、その手の話題は耐性無いから、絶対口に出しちゃ駄目だからね!!」
レイラやゼルレイシエルが苦笑いを浮かべ、リリアが叫ぶ。青ざめた顔をしているアリサ以外の男達とシャルロッテは、何が起きているのかさっぱりわかっていないためレオンが携帯端末で調べた結果を覗き見る。その動作に気が付いたレイラが止めようとするが時すでに遅く、レオンが一番上にあったページを開いて意味を確認した。そして、ミイネが言おうとしていたことを理解するのに数秒が経ち、
「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」
男達は、盛大に悲鳴を上げた。