決戦の後・中
「九十九年前。倉方 佐助氏をリーダーとして作られていたロボットが倉方 佐助氏と共に姿を消した。研究員達が運用テストを行っていたところ、研究員達が席を外していた間に二人は忽然と居なくなったのだ。その場に残っていたのは脳脊髄液に非常に酷似した液体だけである」
「脳脊髄液?」
「脳味噌の周りにある液体のこと…………あ? 脳味噌?」
シャルロッテの疑問に答えたマオウは自分の言葉に何かが引っ掛かり、同様にハッと気が付いたレオンと目を合わせた。
「研究リーダーである倉方氏の失踪と、莫大な資金によってようやく完成した原型機の喪失は、当時のパトロン達を憤慨させるのには十分すぎる出来事であった。資金の援助が無くなり研究は断念。倉方新機械研究所は倒産した」
「……機体の喪失、先ほどまで博士と……? これって……」
何人かの勘や想像力の強い者達は、何かを察したように苦々しく複雑な不快感の強い感情を露わにした。
「現場の脳脊髄液と、マザーコンピュータを倒して消えた脳味噌みてぇな物体」
「九十九年前の事件と、機壊が現れ始めた時期」
マオウの呟きとアリサの呟きによって、当事者たる機械仕掛けの女性を除いた全員が不快感をあらわにした。頭の悪いシャルロッテでも気が付いたようで、盛大にしかめっ面を顔に表していた。
「つまり、この女性……方は、マザーコンピュータに利用されていた……?」
「マザーコンピュータとは、どういう……わかりません。私にはこのような事象を理解するための機能はついていません……」
頭を抱えるかのようにしてその場にへたり込む女性。九人は同情の視線を送るが、しかし、疲れには抗えずにシャルロッテやマロンはあくびをしてしまった。
「……すいません。ちょっと、俺たち、疲れてて……」
「……ここは、星屑の降る丘、地方という場所でしょうか」
「そう、ですけど……」
二人のあくびに連鎖的に疲れをドッと感じる七人。アルマスが申し訳なさそうに女性に話かけると、質問が帰ってきた。
「マジュウ、というものが出るのでしたね。見張りは、させていただくであります。旅の仕方、というのは博士から習ってありますから。のこりの電力はもう少ないですが、一晩くらいなら」
「すいません……じゃあ、お願いしても良いですか……」
「はい……。私も情報の処理がしたいでありますし……何が起こっているのか、聞きたいでありますから」
女性が頷くと皆が頭を下げて礼を言った。九人はそれぞれ思い思いの格好になるとすぐに泥のように眠りについた。マロンとシャルロッテはお互いに背中合わせに、アルマスは狼の姿となって、リリアとレオンとエントとアリサは土台にもたれかかりながら、アルマスに断りを得て尻尾を枕替わりにしながらゼルレイシエルは地面に仰向けになり、マオウは自身の右腕を枕にしながら寝転がりながら、眠った。
機壊の体を持つ女性は、九人の真ん中あたりに陣取ると体育座りのようにして、視覚に関する情報を一度遮断し、聴覚関係のみ収集能力を強化させる。わずかな寝息と、平原に生える植物同士が擦れるザワザワという音だけが彼女の耳に捉えられる。
寸断された記録を順に整理し、何が起きているのかを考えようと頭部にある情報処理装置が負荷によって熱を発する。
「理解不能、このような事象に関することは、教えられても、入力されてもいません」
苦悶のような声が、静まり返った月下の平原に、消え入るように放たれた。
◆◇◆◇
朝日が昇り、じりじりと太陽の光が一行の肌を焼くこと三時間ほど。背中あわせで寝ていたが、いつの間にか横になって寝ていたマロンとシャルロッテの二人は小麦の焼ける香ばしい匂いにつられ、のそりと起き上がった。
「総合的に匂い、塩分、糖分、旨味、水分量等々の比率などを考えまして、とても美味しいものなのではと判断するであります」
「わかるか。機械相手にも上手いとわかるとは……ま、あたりまえか」
「ほほう。その自信。名のある料理人ではと推測いたしますが」
どこで仕込まれたのか、眼鏡を中指でクイと上げるような動作をする女性。が、レオンは手元のパンケーキを焼くことに神経を傾けているようで、まったくそんな動作を見てなかったりする。
寝ぼけ眼の二人にも気が付かれず、女性の行動が無いものとされるなか、なんとか二人は女性の向こうに立っているアルマスが、携帯端末を使って誰かと通話をしているのを確認することが出来た。
「んなこたねぇって。そもそも面倒くさくて店なんか持ちたくねぇ」
パンケーキを脇に置いていた皿に乗せ、ポケットからミントタブレットを取り出して噛み砕くレオン。ふとある人物を思い出し、沸き起こる感情を消し去ろうと、もう一つ口に入れて力強く噛み砕いた。
「おはようございます……」
「おはよー? ごはん?」
「ふぐ……おはようございます。先に私はいただいております」
マロンとシャルロッテの声に女性が反応した。口に咥えていたパンケーキを咀嚼嚥下すると、丁寧に頭を下げて挨拶をする。昨日までは仮面のように動かなかった顔も、いつの間にか表情豊かに微笑む美しい女性の姿を作り出していた。
「えっと……」
「失礼いたしました。電力を補うために火力発電を行いたかったものですが、炉が熱で融解しないように燃えやすい食物が良いと、言われておりまして。残飯でも良いと進言したのですが聞き入れていただけず……その、こうして先に頂いているという状況に……」
「豚にならともかく、ヒトの姿をしてるやつにんなもん食わせられっかっつの。気分悪いわ」
シャルロッテ達の挨拶を頷くのみで返していたが、面識の薄い女性にたいしても相変わらずな口の悪さでレオンは対応いている。パンケーキを手首を返すことでひっくり返すと、空いた左手で女性の少し前の方を指さしながら言った。
「あっちの方でゼルレイシエル達が顔洗ったりしてるから行って来いよ。あいつらが枕替わりってことで、タオルをお前らの頭の下に敷いてたけど。どのみちお前ら顔、泥だらけだぞ」
レオンの言葉に自分の顔を手のひらで擦り、乾いた土がボロボロと落とす二人。お互いに泥だらけの顔を見合わせ、どちらも顔が泥だらけなのを見てお互いに笑いあった。地面に置いてあるタオルを手に持ち、二人一緒に洗面所の方へと歩いて行く。
「そういや、あと他に必要な金属は無いのか?」
「大丈夫……ですかね。削り出す作業を体内で行っておりますので、それを合わせるだけですから大丈夫であります」
「なら良いけどよ。そういや表皮とか服ってどういう風にできてんだ? 金属みたいだけどよ」
「ふむ……」
女性は左の手のひらの一部を欠けさせ、右手で受け止めた。女性はそれをレオンに渡して言う。
「詳しくは機密保護のプログラムにより説明できませんが、六角形の金属のプレートを磁力によって留めているであります。色に関しましても、電磁波などによって色が変わるという金属を用いているため、自由自在に色を変えることが出来るのです。今は電力が足りない為に変えることが出来ませんが」
「……言わんとすることはなんとなくわかるが、ドワーフクオリティでもないと難しそうな造りだな」
レオンが女性に金属の欠片を返すと、丁度散らばっていたその他の七名が集まって来た。ひとつ大きなあくびをしつつレオンは呟く。
「んじゃ、飯にするか」