『禍災片元』マザーコンピュータ・上
機壊という黒花獣は最も遅く生まれた。
他の黒花獣達はほぼ同時に現れ、人々を蹂躙したと言うのにだ。
時間差で言えば、およそ一年と半分。
そんなこともあり、“星屑の降る丘地方”には黒花獣が存在しないものとさえ考えられていたこともあった。
第一に、機壊に使われている鉄などはどこから生まれたのであろうか。
そう考えるならば、機壊達は鉄等の金属を得る為に動いていたと言えるだろう。
始めて機壊の存在が確認されたのは騎士王の治める街、戎跡柴炭である。
機壊達は何者にも目もくれず、城門の金属を剥がし、鉄くずを拾ってどこかへと消えた。
二度目に現れた際には火にくべる為か、特産品である高火力を生み出す、紫の石炭を盗み出して消えた。
中央大陸にて鉱石と言えば、京から西側に位置する火山峡谷地方が有名だ。
しかし星屑の降る丘地方にも鉱石が豊富とされる地域があった。有名な山で言えば畏怖之山がある奧翼山脈である――――
『機工技師組合長が考察する星屑の降る丘の黒花獣、機壊というモノについてのこと』より一部抜粋
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星屑の丘中西部にあるアリサの故郷の村で、ヴィクロス達は村の警備に当たっていた。
村の住人であるエルフ達は村に殺到してきた多頭犬の群れに当初は驚いていたもの、持前の種族的な自然への適応能力という性質の為に、すぐにこの状況に慣れたようであった。
ヴィクロス達は自分たちが事前に仕留めた動物など口に咥えて村を訪れた。。多頭犬という魔獣が群れで来たことに驚き、襲撃に備えた戦士エルフ達によって村の門は物々しい雰囲気に包まれる。
ヴィクロス達は村門の前に獲物を積んだ。昔話などではよくある、動物による贈り物である。しかし村民達は獲物を受けとろうとはせず、ジッと門の中に閉じこもって観察していた。
ヴィクロス達は肉などが腐ってはもったいないと、一日の終わりに新鮮な動物と入れ替えた。エルフ達は連日、彼らの行動を見てどう対応すべきか議論が行っていたが、それは機壊達の襲撃を彼らが防いだという事実を確認したことによって、門を開くと言う結論に達する。
今となってはヴィクロス達に差し入れを持って来たり、しまいにはエルフの子供たちが遊びに来ることさえある状況になっていた。昼間のうちにエルフの子供たちに絡まれ、力加減に気を使いながらあしらっていた為、極度に疲れてしまったヴィクロスは大きくあくびをした。
『ボス』『大丈夫』『ですか?』
ヴィクロスの隣に座っていた赤毛のケルベロスが、本人から見て左側の頭から順番に口を動かして、心配するような言葉を紡ぎ出した。そして右側の頭が喋ったあと、三つの頭が一斉に首を傾げる。このぶつ切りのような喋り方が気にならないかと言われれば、ヴィクロスも尻尾を垂らすというものだが。まだ若い方のケルベロスであるため仕方がないのだ。
『大丈夫では無いな。お前らも子供に好かれるくらいになれ』
『それは』『難しい』『っすねぇ……』『ボスほど』『丸い性格』『してないですし』
『うるせぇ馬鹿野郎共』
ベシッと隣に座っていた赤毛のケルベロスの左の頭をヴィクロスは叩いた。じゃれ付くようなパンチだったため、ケルベロスはけらけらと笑っている。そんなことをしていると、一匹の、同じく赤毛を持ったオルトロスが二匹の下へとやってきた。
『ボス。ちょっと、お話よろしいでしょうか』『でしょうか』
『ん? あぁ、わかった。……って、またか。変えねぇって』
ヴィクロスの右側の頭が疲れたように呟いた。新たにやってきたオルトロスは食い下がるように言う。
『ですけど……』『けど……』
『俺は少なくとも、あの忌々しい機壊達が居なくなるまではあの人たちの事に従う。そしてお前達は、そんな俺についてきた。そのはずじゃなかったのか?』
『けど、こんな村の警護なんて』『辛いっす』
ヴィクロスは左の頭で赤毛のオルトロスを睨みながら言った。隣に座っていたケルベロスが、ヴィクロスの機嫌が悪くなったことを察知して若干後ずさる。
『この村はアリサの故郷で、滅びかけてすらいた。それを守っていてほしいって言われたんだ。それが嫌なら、お前は群れから離れるのか?』
『……すんませんでした』『した……』
頭を垂れて背後に下がるオルトロス。ヴィクロスはそれを見送ると、そろそろ寝ようとうつ伏せになった。が、自身の体の影に居た者に気が付き、即座にその場から離れた。すぐに飛びかかれる姿勢をとりながら、両の頭で唸り声をあげる。
『何者だ!!』
「言葉のわかる魔獣? 儂が言うのもなんだが、珍しいことだな」
『鹿が何を』
「まぁまて。別に君たちと争うつもりは毛頭ない。別に頭部の毛はふさふさだが」『お、おう』
そこに立っていたのは銀色美しい毛並に、うっすらと輝きを放つ金色の角を持った一匹の赤い瞳の鹿。ヴィクロスの唸り声に応じてやってきた多頭犬達も、そしてヴィクロスも、その鹿の頭部に輝く王冠のような荘厳さを感じさせる角によって。自身よりも格上の存在を目の前にした獣が感じる本能的な命の危険への恐怖、そして自身よりも上位者に完全に屈服をしてしまう人間的な恐怖を、まざまざと刻み込まれた。
ヴィクロス達が本能的にも理性的にも怯え、耳を垂らし、尻尾を股の間に挟むというポーズを取っているなか、鹿はのほほんとした声で言葉を続ける。
「まぁまぁ落ち着きたーまーえーよ。ただ儂は、君達から匂う独特な……いや、いろんな種族の匂いが混ざった男女一行のことを知りたいだけなのだ」
ヴィクロスは、どこか震える声で唸った。
『お前は、な、何者なんだ』
「儂か? ……まぁ魔獣であれば知らないこともあり得ぬことでは無いか。儂は禄星。又の呼び名を“角王”と言ふ。まぁそこは気にせずともよい。神獣とも呼ばれうるが、他の神獣には対応を気を付けた方が良いだろうのう。あぁ、何。これはただのあどばいす? であるから儂にはそのままの口調でも良いぞ」
◆◇◆◇
「こんな……酷い……」
「大丈夫か?」
目の前の光景にショックを受け、思わず隣に居たマオウにもたれかかるマロン。
彼らの目の前に広がっていたのは惨劇の後だった。
鮮やかな草原が広がっていたはずの畏怖之山の麓。地面には無数の金属片、金属塊。そして、おびただしい数のヒトや馬の死体から流れた血によって赤く染まった草原を、金属が反射する月光が冷ややかに照らしていた。
「だ、大丈夫です……」
「無理はすんなよ。こいつは、ここで見張りをさせてても良いんじゃないか?」
「……そうだな。精神衛生上よろしい物じゃないし、じゃあゼルシエ。付き添いお願いしてもいいか?」
「わかったわ」
辛そうに目を伏せるマロンの心配をするレオンの提案に、アリサはゼルレイシエルに役目を頼んだ。最も危険とされる黒花獣が居ながらも、最も血が流れることが無いと言われる【永夜の山麓】地方出身のマロン。そのため血を見ると言うことは他の七人より慣れておらず、酷く憔悴していたのだ。
ゼルレイシエルはマロンの肩を支え、地面に腰を下ろした。他の六人と唯一の騎士団の生き残りだと言うエントは二人を背に向けながらゆっくりと丘を下る。ところどころが銃弾か、魔法かによって抉られた斜面を歩く七人。
「……血の匂いが濃いな。鼻がどうにかなりそうだ」
「埋葬しないと匂いにつられて獣も来てしまうし、……どうするべきか」
アルマスの言葉に、どこかうわごとの如く続くエント。仲間が死に、上司が死に、ほぼ全てが死んでしまったという事実は相当な苦痛である。希望があるとすれば、仲間たちが決死の思いで送り出した伝令役の一団が生きているかどうか。
エントは生きる為に花の騎士達の下へ(というよりたき火の上がっていた場所へ)と向かっていたが、先ほどまでいた戦場へとまた向かっているという事態に、気が狂いそうな苦しみすらエントは覚えていた。
憧れの地が一変して、恐怖の地へと変わったのだ。
リリアがそんな首なしの騎士を心配そうに見る。
「大丈夫、ですか?」
「あ、あぁ……僕は、アルフォンス様にこの事態を伝えなきゃならないからね……」
「こんな時に言うのもなんですけど、俺たちのことはぼかしといて貰えませんか?」
「なんでだい? 花の騎士、なんて僕たちが待ち望んでいた存在なのに……」
アリサの要望に苛立ちを覚えつつ、それを隠してエントは聞き返した。
「騎士王には機壊を討つまで会うなって、まぁ……俺たちのリーダー、に言われてるんです」
「……そうか。わかった。けれど、機壊を倒したなら、来てほしい。何か、お礼がしたい」
「……わかりました。俺たちも騎士王の街には行ってみるつもりでしたし。とは言っても」
「言っても?」
「いえ、なんでもないです」
アリサは笑いながらエントの言葉に頷いたが、ある言葉を言いかけて、口をつぐんだ。
(俺は、マザーコンピュータと戦って、正気でいられるのか。わからねぇ。なんて、たとえゼルシエの前でも言えやしねぇよ)
坂を下りきり、目の前にあったのは最も存在感のあった金属の塊。その大きさは通常の機壊は勿論、アウグセムやエウグレムという猫型の機壊をも圧倒的にしのぐ大きさを持っていた。全長で言えば十五メートルほどであろうか。八本の脚がついた蜘蛛のような形をしていた。
「……これを、この人たちは」
エントは蜘蛛の機壊を殴りながら言う。
☆
機壊の群れの強襲を負傷者を多数出しながらも死者は出さずに収めた騎士団は、休息や怪我の治療にいそしんでいた時だった。畏怖之山の影から突如この機壊が現れ、ミサイル等を撃って来たのである。
騎士団の魔法使いがなんとか空中で爆破させ、ミサイルによる被害は免れた。しかし、蜘蛛型の機壊は騎士団の野営地から百メートルほど離れた場所に陣取ると、蜘蛛の口元にある牙に備えた狙撃銃で騎士団を討ち始めた。敵とは言えど機械であり、通常の雑魚とは性能の違う蜘蛛型の射撃は一発ごとに確実に騎士の息の根を止めていく。
盾を用いて進んだものの蜘蛛型の機械も後方に下がって距離を取る為、やむなく騎士団は馬に乗って間を縮めた。何頭の馬が潰され、何人もの騎士の犠牲があり、なんとか接近戦に持ち込むことが出来たのである。
しかし多足という縦横上下から攻撃が可能な特徴に、その巨体に見合っただけの膨大な数の仕掛けによって。そして、逃亡した騎士には無慈悲な射撃が見舞われ、次々と命が失われていく。エントはそんな様子を騎士達の死体の中で仰向けになりながら見ていた。剣を握ろうとしたが、機壊の脚に体を殴打されて体がピクリとも動かなかったのである。機壊の銃の流れ弾がエントの砕けた鎧の一部から入り、肉を抉った。
エントは顔だけをなんとか動かし、戦闘の様子をうかがう。機壊は仕掛けを使い尽くしたのか、脚のみを使って戦っていた。脚も四本を潰され、二本の脚で体を支えて前方の二本の脚で一人の槍を持った騎士と戦う。その騎士はエントの上官でとても臆病な、頼りない騎士だった。
騎士は蜘蛛の攻撃を死にもの狂いで掻い潜り、機壊の体の下へと潜りこみ、装甲がはがれてむき出しになっていた動力源を手に持った槍で貫く。騎士は緊張がぬけたのか、その場にしゃがみこみ、放心した。機壊の二本の脚の支えが効かなくなり、機壊は前方に倒れこんだ。
エントの耳はグチャリという音を確かに聞き取る。
エントがその後立ち上がれるようになると、自分以外に生存者が居ないのかを確認したが。誰一人として動く者は見つからなかった。