猫の呪い・下
瞬火の村に入村してから四日後の、太陽が村全体を照らしはじめた早朝。シエロの謝罪と、八人も泊まる宿屋が無いためという理由で、無料で寝泊まりをさせてもらっている屋敷の女部屋(仮)内にて。
ピンク色のパジャマに眼鏡をかけたリリアがにらめっこをしている一冊の帳簿と電卓を、周りにいた女性陣が囲って覗いていた。しばらく電卓を弄っていたが、やがて小さく頷き三名に下がるようにジェスチャーをした。思い思いの恰好で横に並んで座る三人。リリアは振り返って三人と対面すると神妙な面持ちで口を開く。
「さて……お金が無いわけなんですが……っ! ここ最近の消費金額を計算したら、なんとなく動向が掴めてきました」
と、まずリリアは水色のネグリジェを着たレイラと、青や白を基調とした浴衣を着たゼルレイシエルの方に体を向けた。
「まず二人は高い物に金使いすぎ! 魔導書とか古書とか……いや、趣味にお金使うのは良いんだけどさ……」
「それ……そっくりそのままブーメランじゃないの?」
「うぐっ……」
少々寝ぼけ眼なゼルレイシエルに一冊一冊は高い物ではないものの、時々書店に行っては気になった恋愛小説や少女漫画等を大量に買い込む癖を指摘されるリリア。その近くではキャミソールにハーフパンツという出で立ちのシャルロッテがうとうととしていた。
「と、とは言っても三人とも読むじゃん! 待ちつ持たれつだよ!」
「少し用法違うわよそれ」
「こ、細かいことは気にしない!」
などと叫んでいると、洗面のため移動し女子部屋の近くを通った思わしきアリサからの声が、ドア越しに聞こえてきた。
「そもそも女子陣全般服とかに金使いすぎだろ」
「女子は男子よりも色々あるんだって! というか女子の部屋に聞き耳禁止!」
「お前らが叫んでるから聞こえるだけだっての!」
ドアを挟んでアリサが反論していると、背後の男子部屋のドアから寝間着から着替えた残りの男性陣が出てきたところだった。レオンがあくびをしながら言う。
「うるへぇなぁ……朝っぱらからなに騒いでんだよ……」
「あくびしながら喋んなよ……いや、なんか金がどうたらこうたらってさ」
頭をガシガシとかきながら洗面所へと進むアリサ。部屋内でまだ何か喋っている女性陣を放っておき、三人もその後ろに続く。屋敷で会議などを行う際に妙な諍いなどが起きないようにと、三つも作られた洗面器の奥の物と真ん中の物をアリサとマオウがそれぞれ使った。アルマスとレオンは洗面所の外に出て少し薄暗い廊下で自分が今手伝っている仕事などを話す。
何故手前にある洗面器を使わないのかというと、
「あら、やっぱり早いね。村の衆も早起きな奴はいるけど数は少ないし、やっぱり花の騎士様ともなると違うものかい」
「おはようございますシエロさん。いやまぁ村から村へ移動している最中の、戦闘戦闘移動移動……っていう行動の仕方じゃないですから、あまり疲れも残ってないですね」
「あっはっはっ! 確かにそうかもしれないね。まったく村の衆なんてあんたらと比べれば情けないもんだよ。農作業とかしただけで日が昇るまでぐっすりだからねぇ」
彼らが借りている一室のある方向とは反対の廊下から現れた、浴衣の袂に手を入れて組み、顔を洗ったアリサの言葉にコロコロと笑う猫又族の女。シエロが同じ時刻に洗面をしに現れることを知っていたからである。幼少期から風呂などに無理やり入れられる人猫族特有の習慣により、顔を水で洗うのも猫らしからぬ慣れた手つきであった。
洗面を終えた男性陣とシエロは今日の予定などをざっくりと報告し合ったりしていると、遠くから屋敷への来客者を示すインターホンの音が聞こえてきた。
「あら、なんだいこんな朝早くから。すまないね」
「いえ、とりあえず俺たちも体動かすために外に出ようとしてたんで」
「あれ? シエロさんは?」
シエロに同行するかのように移動しようとする男性陣。すると、寝間着から着替えた女性陣達が洗面に来たのを見て一度立ち止まった。この三日間、遅れて洗面所に行きシエロと話をするレイラが疑問の声をあげるなか、シエロの姿は廊下の角をまがったために見えなくなった。
「なんか来客らしいぞ。マロン……」
「本日はレイラです」
「すまん。レイラ達の今日の予定とかは来客との応対が終わったように見えたら言えばいいんじゃないか?」
アルマスの言葉に頷くレイラ達。女性特有の朝の支度の長さには付き合っていられないと、早々に屋敷の玄関へと向かう男達。なかなかに長い廊下を歩き玄関へと続く角を曲がると、何かに押されたように駆けだすシエロの姿が映った。玄関先で方向転換をし、一瞬見えた横顔は恐怖や焦燥感といった様々な感情の入り混じった表情をしていた。ただ事ではないと察知したマオウ達は、シエロの後を追った。
朝焼けの終わった夏の早朝のジメジメとした暑さのなか、全力で疾駆する六人。シエロに、事態を伝えた猫人の男に、花の騎士の男達。五百メートルほど走り、エノコログサの茂みを抜けるとそこには大きな岩……だったものが粉々になっていた。
「これは……なんてことだい! 本当に首塚が壊れたなんて!!」
「首塚!? 黒双の人猫伝説のやつか!?」
シエロの言葉に思わず叫ぶアリサ。気が焦るあまり四人の存在に気が付いていなかったシエロが軽く驚いたような動作をした。
「花の騎士さん方……居たのかい。あぁそうさ、これが首塚、だったものだよ……とりあえず、あんたは防衛分隊長達をわたし達の屋敷に連れてきな! このことは伝えなくてもいい、まずは連れて来るんだ」
「はい、姐さん!」
村の指導者らしい威勢の良いシエロの声に、猫人の男がシエロの後ろにいたアリサ達も目に入っていないかのように、一目散に四足歩行で駆けだしていった。猫人の男の背が遠くなったところで、シエロは絶望するかのようにうずくまった。アリサが慌ててどうしたのかと聞く。その背後ではアルマスが訝しげな表情をしながらスンスンと辺り一帯の臭いを嗅いでいた。
「怖いんだよ、人猫の兄弟が……わたし達にはもう、その恐怖が枷のように巻きついてるんだ! ……首塚が壊されればこの村は壊滅する!! ……まさかあんたらかい壊したのは! でっかい機壊の名前が人猫兄弟の名前とか言っていたけれど、それを誘き寄せるためだとか……そう言う理由でぇ!!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 首塚の場所も知らないし、教えてもらわなかったのにどうして俺たちが壊せると思ったんですか!」
「知らない……なんでだ。どうして、壊れた。駄目だ死ぬ、兄弟が……直さなきゃ……」
アリサの反論に、正気を無くしたかのように崩れた岩を直そうと散らばった小石をかき集めるシエロ。この四日間ずっと明るい姿を見せていた女性の豹変のしように、他人と当事者たちの決定的な価値観の違いを感じ取り、三人は驚愕した。だがアルマスは冷静に、アリサに気が付いたことを耳元で伝えた。
その気が付いたことを聞き、アリサは少しの間何故なのかと眉を顰めていた。が、その目は徐々に見開かれていき、とある物を探すように伝えた。アルマスはうなずくと“モノ”を探し始めた。その様子を見ていたレオンとマオウが肩を竦める。
そして、それは見つかった。
エノコログサが生い茂る場所から、大岩の破片だと思われる小石の中に混じっていたもの。「見つけた」というアルマスの言葉に、アリサは戦慄しつつも、ゆっくりと語った。
「犯人は……俺らじゃ無いですよ。この村の人とか、違う人でもない」
「……なんだって?」
「臭いを嗅いでみればわかると思いますよ。火薬の臭いがする」
「火薬……? たしかに、言われてみれば……」
アルマスとシエロの会話にレオンとマオウが首を傾げる中、アルマスは右手に握っていた証拠を皆に見せた。夏の朝の風が吹き、どこか不吉な雰囲気を纏う風が五人の間を駆けぬける。
手に握られていたのは、金属の破片。
「この首塚の破壊は、機壊の仕業かもしれません……そして、アウグセムとエウグレムという巨大な猫の形をした機壊」
「それが……どうしたってんだよ」
マオウが聞いた。そしてアリサは一つの推測を述べた。
「機壊達は深層的な恐怖だとか、そういったものを……利用しはじめているのかもしれません。奴らは……進化している」
◆◇◆◇
”星屑の降る丘”地方、宝砂温泉にほど近い森。
機壊達と戦う群れが一つ。そのモノらの仲間の死体が一体転がっている。機壊達の数はそのモノらを完全に上回っており、数の暴力に負ける可能性もあった。だが、そのモノらの質は機壊達の数を遥かに凌駕していた。徐々に徐々に機壊達は減り、最後の一体が片方の額に傷のあるそのモノらのリーダーによって薙ぎ払われ、その行動をやめた。
片方の頭に傷のあるそのモノは、死んだ仲間の傍に駆け寄りその顔を片方ずつ順に舐めると、追悼のように遠吠えをあげた。周りの仲間も同じように吠える。片方の頭に傷のある……オルトロスのヴィクロスは、死んだ仲間を再度舐めると、サッと体を背けて歩き始めた。仲間もそれに続く。
その背後にはある事を成すまでに帰らぬと決めた、亡き妻ローザの眠る森があった。
「グァガルルルル……!!」
そしてヴィクロスは雄叫びをあげると、彼の者らが通った道を辿って駆けはじめた。
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ネズミ型爆弾ってボムtyu(ry