白い小鳥と温泉と・下
「おおおおお……これが、宝砂温泉……!」「こんな森の中に温泉があるなんて……」
八人の目の前に現れたのは漆喰で塗り固められた壁と入口であった。屋根は瓦になっており、森の緑の中に現れる白と黒のコントラストはかなりのインパクトを見る者に与える。
「外観とかどうでもいいから早く行こうよ~」
「風情もへったくれもないな……」
ハリーハリーと急かすリリアとそれに呆れるアルマス。とは言いつつ、ゼルレイシエルらのように歴史などに興味のあるわけでもないので、よく見れば視線は温泉の入り口のほうに向かっていたりするのだが。
敵の罠かもしれないことを考慮した一応の用心として、一見武器には見えない手甲や脚甲を使うアルマスが先に入ることになった。中に人がいた場合、剣などでは怖がらせてしまうかもしれないという配慮の為である。入口のドアを開けちょっとした廊下を歩き、そしてのれんをくぐるとホールへと出た。電気はついておらず、窓からの光だけが唯一の明かりである。薄暗い広間は少しばかりの不安を感じさせる。
「ごめんください。誰かいらっしゃいますか?」
マロンの呼びかけ。だが、ホールの中から応答は聞こえてこない。八人は顔を見合わせる。
「誰もいねえけど……最近掃除された形跡はあるな。」
「たまに掃除をしに来てる人がいるんじゃね? 管理人とか。あそこに料金徴収の箱みたいなのあるし」
レオンが指さしたのは鍵付きの金属の箱と、その上に貼られた料金の書かれた紙。リリアが近づき、その料金表を見る。
「大人800ルク、小人400ルク……たかッ!!お金入れずに入ろっか?」
「なんでだよ。確かに入れなくても入れるだろうけどそれは駄目だろ、常識的に」
「だって、今の私達のお財布事厳しいんだよ?結構消耗品も多いし、あんまりおっきい出費は……」
「まぁ、お金の工面はリリアにしてもらってるからなんとも良いがたいけどよ……」
「だからってキッチリ払うもんも払わずに利用するのはどうかと思うぜ」
男子たちに反論され、真っ赤になるリリア。が、数秒後何かいい案を思いついたように顔を上げた。
「じゃあ、男性陣はお風呂なしで……」
「「俺らも風呂に入りたいんだが」」
「う……」
また反論され、肩をすくめるリリア。それを見たゼルレイシエルは仲裁に入る。
「いいじゃないの、リリア。少しくらい金を使っても。後で稼げば……」
「ゼル姉はたぶん、お金を稼ぐことの大変さがわかってないんだよ……」
「え?」
呑気なゼルレイシエルの言葉に、少し胡乱な瞳で見つめるリリアである。
「……わかった。なんとかやりくりしてみるよ……次の村でお金稼げれば良いけど……レオン兄とシャリ―姉は小人で良いかな……?せめて」
「おい、なんで「まあいいんじゃないか?」えっ」
リリアはポケットからカプセルを取りだし、中から金庫を取り出した。その中から5,000ルクを取り出し、金属の箱の中に入れた。その背後では子供扱いされ憤慨するレオンがマオウに口を塞がれていた。
「じゃあ、上がったらそこのソファの辺りで待っとくってことで」
「了かーい」
そう言うと、それぞれ女性陣と男性陣に分かれそれぞれの浴場へと向かった。
◆◇◆◇
女子風呂の脱衣所にて、久しぶりの風呂に喜ぶ女性達の声がする。
「アリサ兄の村で入れたんなら良かったんだけどねぇ……」
「まぁ仕方がないわよ」
「……そういえば、一緒にお風呂とか入るの初めてだね」
「そう言えばそうですね」
光は窓から入るものだけのため、ホールと同じように薄暗いがその中で繰り広げられる会話は和気あいあいとしたものである。
ふと、リリアの目がサラシを解く最中のゼルレイシエルの胸に止まった。
「……やっぱり…………大きい……」
「邪魔なだけよ。あげられるものならあげたいよ……肩も凝るし……」
そうゼルレイシエルが言うと、しばし羨望の目が向けられた。
「……早く脱いだら?」
「す、スタイルも良いとか……なんなのこの差……」
「あなた達も良いじゃない。ねぇ、シャリ……」
ゼルレイシエルはリリア達と反対側で着替えているシャルロッテを見つめ、数秒間静止した後になんとなくだが「ごめんなさい」とひとこと謝った。シャルロッテは顔を真っ赤にして怒る。
「イヤミか! イヤミなのか!! どうせ私は胸も度胸も無いもん!!」
「ごめんなさい……かける言葉が見つからないです……」「私……いやでも……シャリー姉に度胸が無いなんて事は、確実にありえないと思うってツッコミは無しなのかな……」
「うぅぅぅぅ……」
シャルロッテはそのままひどく落ち込んだ。何も言わずに脱衣を続ける。
「ご、ごめんなさい、シャリ―さん」
「……もういいよ……どうせ……私はもう成長しませんよーだ……」
そう言いながら脱衣を終えたシャルロッテはバスタオルを持って露天風呂へと向かう。三人もその後に続いた。
「わっほぁぁぁ!! おんっせん!!」
「……外に出た途端元気になったわね……」
四人の前に現れたのは青空と漆喰の壁、そして木々と乳白色の温泉らである。
普通の露天風呂の他にもかけ流しなどの変わったものも見られる。
「温泉の効能は?」
「ここに書いてありますね……血行促進、むくみ、打撲……美肌!」
「ほう、美肌」
女性四人の目が一瞬ギラリと光る。旅の影響で汚れなどに関して感覚が麻痺しつつあるが、やはり女性なのだ。綺麗になりたいという気持ちは錆びつかないのだろう。
「まぁ、まずかけ湯をして入りましょ……え?」
マロンは桶を持ち、湯船に近づいた。その瞬間、風呂に飛び込もうと走ってきたシャルロッテとぶつかり、湯船へと体が投げ出された。マロンの体は水の中に吸い込まれていき、お返しとばかりに大きな水しぶきが上がり、三人の体を濡らした。
「「マロン!!」」
リリアとゼルレイシエルは慌てて風呂に入り、マロンを引き上げた。
「気を失ってる……額が赤いから湯船の底に頭をぶつけたのかしら……シャリ―? ちゃんと周りを見ないと」
マロンの体を見て怪我などをしていないか確認するゼルレイシエル。外見を見る限りはおおきな問題が見当たらないため、シャルロッテの目を見ながら厳しめに諌める。
「ごめんなさい……」
すると、そこでマロンが目を開いた。
「ゲホッ……カフッ……あれ……ここは……?」
「目が覚めた?マロン」
「……あー……ここ温泉かぁ……そこで気を失ったと。」
「マロン? どうしたの? 言葉づかいが変わってるような……」
マロンはキョトンとした目で心配そうな顔のゼルレイシエルを見つめた。数秒後、何か思いついたような明るい表情をした。
「あっ……なるほど、マロンってば私のことまだ言って無かったのね」
「……? マロン? 私のこと? 何を言ってるの?」
訳がわかっていない様子の三人。マロンはその場に立ち上がると決めポーズを取った。それは、とあるアイドルがライブで自己紹介の時によく使うポーズである。裸でやるのもなんだが、大して気にしない様子だ。
そして、茶髪の少女は三人に言った。
「私の名前はレイラ・ホープ、16歳! 職業はアイドルでマロンのもう一つの人格でっす☆」
「もう一つの……」
「人格……?」
「そそ☆」
三人は突然の出来事に思考停止した。それを見たレイラは「あれ…伝わらなかったかな…」と、頭をかき、もう一度語った。
「マロン・ホープは二重人格者。私は妹、マロンは姉ね。そして私は中央大陸全土をまたにかける現役スーパーアイドル、レイラ・ホープだよ! ま、今はこの通り休業中だけどね!!」
もう一度、内容を聞きじわじわと三人は理解をはじめた。そして、半分ほど理解したころに三人のハモった声が空へと溶けていった。
「「に、にじゅうじんかく……??」」
お読みいただきありがとうございます。
さて二重人格として現れた、(他称)銀河系魔法美少女アイドルこと、レイラ・ホープさん。
はてさて、彼女はどのように世界を救うのか…
どうぞ見守ってあげてください。




