白い小鳥と温泉と・上
いやぁ…驚いた驚いた…
幻想や作り物のたぐいだと思っていたドラゴンやエルフが実在したんだからねぇ…
それに加えて、最近現れるようになったとか言う黒花獣?
なんて恐ろしい生命体なんだろうね。
まるで、意思や感情を持つすべての者が憎い…みたいなものをひしひしと感じたよ。
一応頑張ってはみたが…駄目だった。
すまないね息子達よ。
親父はここで死ぬ。
残された無記名の手記より
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中央大陸のとある森の一角。野生の動物達が集まっていた。兎から鼠、蛇に野生の馬に猿。挙句の果てにはイヌワシや熊などの生態系の頂点に位置するような動物もその中に居た。
動物達は木にもたれて座る人物を中心にして毛づくろいをしあったり、無防備に横になって寝たりしている。まるでその空間のみ争いという言葉が存在しないような静かな空間である。
「庭の千草も、虫の音も……枯れて、寂しくなりにけり… …」
ふと、座っている人物が澄んだ歌声で童謡をポツリポツリと唄った。動物たちは耳を澄ませて聞いているように心地よさそうに目を閉じた。厳かな、それでいて優しい時が流れる。
歌詞は続き、二番を歌い出したとき、突如美しい歌が止まった。
「……あ、雛切」
人物はその美しい白い左手の人差し指だけを立て、前方へと掲げた。するとその指をめがけ、飛来してくる影が一つ。真っ白な影はその羽の動きを徐々に弱め、脚を指に掛ける。少しの間宙に舞っていたあとその人差し指の上に止まった。
真っ白な、それでいてひどく小さな鳥である。パッと見れば白鳥の色をしたカワセミ、と言ったところであろうか。実際にはカワセミとは違う形をしているが。
人は雛切と呼んだ小鳥の頭を軽く撫でたあと、両腕を降ろし、ひとりでに頷いた。
「そう……見つけて、助けてくれたのね……ありがとう。」
「ハナ!もっと褒めて褒めて!!」
「わたしたち頑張ったよ!」
ハナと呼ばれた人物は自身の目の前にいる少女と少年を思い切り抱きしめた。少年と少女の柔らかな髪の毛にハナはその顔をうずめる。
周りの動物達は各々行っていた行動を続けていたが、突如現れた二人の少年と少女の臭いや音を探知し、慌てて威嚇をしたり逃げたりし始めた。ハナはそれを見ると、
「落ち着いて? 大丈夫だから」
たった二言の言葉。だが、それだけの言葉で動物達の喧騒は収まり、先ほどまでの静かな森へと戻った。
一方、抱きしめられた少年と少女はキャッキャと無邪気に喜んでいた。そしてしばらく二人の子供を抱きしめながら撫でたあと、体を離して左手を先ほどと同じように前方へ掲げた。
そこに再び先ほどの白い小鳥が乗った。いつの間にか少年と少女は忽然と姿を消している。
ハナという女性は、その小鳥に語りかけた。
「また、彼らを見守っていてくれる? そして、また大変なことに遭遇していたら助けてあげて? 良い?」
雛切は女性の話を聞くと頷くように首を振り、先ほど飛んできた方角へと飛び去っていった。そんな鳥を数羽のうさぎが目で追いかけ、そして耳をピンと立てた。
「黒花獣が来たの? ……教えてくれてありがとう。南ね?」
ハナは足元に駆け寄ってきた兎をなでると、木にたてかけていた自身の得物に触れた。銀色の金属の塊である。金属は独りでにその形を変え、幅広の刀、一般的にフォルシオンと呼ばれる武器の形に変わった。
そして、片手にその武器を携えながら森を南に向かって歩いて行った。何匹かの小動物達が好奇心によってついて行こうとしたが、危険な目に合わせまいと熊が道を塞いだため女性の姿は一人で暗い森の中へと消えていった。
◆◇◆◇
「おっんせーん、おっんせーん♪」「楽しみですね」
「泳げるの?」「いや知らねえけど……そもそも温泉で泳ぐなよ……」
「この方角であってのか?」「合ってるはず。何か起きたりしてなければ」
「アリサ、ここにきてフラグたてるの止めてよ……」「フラグ? 何が?」
花の騎士の八人は『星屑の降る丘』地方を東に進んでいた。目指すは名湯で迷湯と名高い森の中にある温泉、“宝砂温泉”。
日頃、碌に風呂に入れず鬱憤の溜まっている女性陣はアリサがたてたフラグを絶対に阻止せんと、激しい精神への……ではなく物理的なツッコミを入れた。ようするに脛を蹴られ、みぞおちに肘鉄が入り、木の棒でぺチッと背中をたたかれた後、バシッと頭を平手で叩かれた。
「ぐおぉぉぉ……」
「……まぁ、やり過ぎだとは思うが……アリサが悪いな、これは。たぶん」
「女ってやっぱめんどくせぇ」
「お前と同意見なのはむかつくが、頷くしかねぇ」
マオウが崩れ落ちたアリサを背負うと、先を急ぐ女性陣の後を歩き始めた。レオンはアリサのノートパソコンを拾い、方角などを確認している。
「あ、真っ白な鳥」「アルビノかしら」
「……」「アルマス、手先足先が獣化してるぞ……」「え、マジで」
シャルロッテが樹上に座り、八人を見つめている一羽の小鳥を見つけた。体色が真っ白で目立つ為に、アルマスのような狩猟民族でない七人にもすぐ見つけられたのだろう。時間で言えば昼食が消火されて小腹がすく頃合いなためか、肉に目がないアルマスは小鳥を見て無意識の内に手足を獣化させていた。
「……食っていいか?」
「駄目だよ! 可哀想じゃん!」「そうですよ!」
リリア、マロンの二人に怒られたアルマスはさも残念そうに溜息を吐いた。そして、小声で「小鳥って肉柔らかくて美味いんだけどな……」と呟きながら後に続く。未練がましく見つめつつ歩き、樹上の小鳥がとまっている枝を通りすぎたあとも後ろを向いて見つめた。
そこでアルマスは小鳥も振り向いて自分達を見つめていることに気が付いた。
「なんだ……? あの鳥。気持ち悪いな……」
小鳥に薄気味悪さを覚えたアルマスは肉のことをもう考えまいと、首を左右に振ったあと七人を追いかけた。小鳥はなおも花の騎士達を見つめ続け、彼らの姿が見えなくなるとその後を追うように飛び去っていった。