火炎に染まる銀影・下
「ふぁ……」
その夜、十時頃。不寝番をしているマロンと交代するためにリリアは起き出した。女性用のテントの中ではシャルロッテとゼルレイシエルが並んで眠っている。そんな二人を寝ぼけ眼で見た後、テントをくぐり出た。
日中の連戦で疲労感がどっとリリアに襲いかかる。「うー……」と軽くうめき声をあげつつ、たき火の方へと歩いて行った。九時から十時までの不寝番担当であるマロンはテントの方へと背を向けながら、たき火に体を向けて誰かと通話をしていた。
「うん、わかってる……え? だから出来ないってば。適当に断っといて?」
リリアはマロンが話す声を少しだけ聞き取った。敬語を使っていないため、親などと話しているのだろうとリリアはボーっとした頭で考える。
「……ごめん、もう切るよ。それじゃ、お願い」
リリアの気配に気が付いたマロンは慌てたように電話を切った。リリアはマロンの傍に腰を下ろし、たき火をぼうと眺めた。明るく燃える炎を見つめると徐々に目がはっきりとしていく。
「目、覚めた?」
「うん……もう大丈夫。マロンも早く寝なよ」
「……」
「マロン?」
「……へ? あ、うん。そうだね。寝るよ。……リリア、おやすみ」
「おやすみ。」
マロンはそう言うと立ち上がって女性用テントへと向かった。リリアはハッキリとしない思考のままその後ろ姿を見送る。
「うー……やっぱりまだ眠たいか……音楽でも聞こうかな……」
ショートパンツのポケットから携帯端末を取り出して電源を入れると、音楽ファイルを開いてアイドル、レイラ・ホープの曲を流した。眠気を少しでも取る為に、曲と一緒に歌詞を口ずさむ。
「……やっぱり、あのときのマロンの歌声と、そっくり」
歌い始めてからしばらくして頭が明瞭になってきたリリアが独り言を漏らす。リリアが思い出していたのはエルフの村での宴会の時のこと。
「星々があなたを見下す中、
夢を語ったあなたの瞳に私は映っていました。
夢を語った私の瞳にあなたは映っていました」
リリアが口ずさむ曲はレイラ・ホープのデビュー曲である歌。他の曲と比べてあまり人気は無いものの、レイラ・ホープがライブのラストで必ず歌う曲である。
「あのときのあなたは一人で一人。
いまのあなたは二人で一人。
辛い日もうれしい日も悲しい日も、
いつもあなたと一緒」
世間の評価は低いものの、リリアが最も好きな曲である。歌っている人物の心が最も籠っているように感じるからだ。戦う者だからこその考えなのだろうかと、リリアは推測している。
「あの日の言葉はうれしくて悲しくて苦しかった」
リリアはふと歌うのを止め、女性用テントを見つめた。スマートフォンから音楽が流れ、ただ暗闇に消えていく。
(そういえば、また口調が変わってた……どうしたんだろ……いつもは私にも敬語なのに)
リリアはマロンの不可解な状態に疑問を覚えたが、あまり深くは考えずに続きを歌い出した。子どもの頃男の子と喧嘩をすることが多々あり、親に怒られ相手の事を理解しようと思考したりはしたものの、やはり性別の違いから相手が何を考えていたかわからない。ということが大多数を占めていたために、直接相手やその親戚等に理由を聞くことが多かった。その影響で相手に疑問を持てば直接聞くという癖が染みついていたからである。
「あなたと私は一つだから」
一番のサビを歌い終わり、もう一度女性用テントをリリアは見つめた。
「もう寝ちゃったかな……明日聞こう」
そう呟くと他の曲を再生し、リリアはまた歌い始めた。
半分寝ぼけていることもあって、朝起きた時には聞こうとしていたことをすっかり忘れていたのだが。ご愛嬌である。
◆◇◆◇
数日後、一行はアリサの村へと向かっていた。理由としては物資の補給の為にどこかヒトの住む集落にいかなければならないが、最も近い場所がアリサの村だったためである。皆が疲弊しているのも理由の一つであった。
「アリサ……大丈夫なの?」
「ん? 何が? 良くわからんがだいじょうブイ」
「わからないのなら良いのだけど…」
「え、スルー」
ゼルレイシエルがアリサに心配の声をかける。が、そんな思いとは裏腹に明るい表情を見せたため、ゼルレイシエルはほっと肩をなでおろし背後を見た。右手をチョキの形にしてゼルレイシエルに見せながら、アリサが言ったギャグの様な物はスル―された。
ふと、嫌な気配を感じたゼルレイシエルが振り向いて見つけたのはニコニコと微笑むリリアとマロンの姿。
「な、何よ。リリアもマロンも……わ、私に何かついてるの?」
「べっつにー?」
「なんでもないですよー。ふふっ」
わざとらしくも感じる棒読みで言葉を返すリリアとマロン。ゼルレイシエルは顔を真っ赤にして俯き、アリサは意味が解らないと首を傾げる。他の四人の中にも意味が解っていない者もいるようだが、そんな光景を見て和やかに笑った。
「夕方だから暗くなってきたな」
「そうだな。あと、五キロくらいだし暗くなる前に急ぎ目に行くか」
レオンがそういうと、一行は少し足早に歩を進めた。二キロ程歩いたころ、獣の嗅覚を持つアルマスがとある臭いに気が付いた。
「なんか……焦げ臭いな……」
「たき火とかのにおいじゃないの?」
「だんだん臭いが強くなってきてるような……」
そして更に歩を進めると、その正体にアリサが気が付いた。
「火……?」
木々の上からメラメラと真っ赤な炎が揺らめいて見えた。そして、その火の手の方角は、
「嘘だろ? あれ、俺の村の方向だ……」
「そんな!?」
「おい、アリサ!!」
驚嘆するシャルロッテの声と、呼び止めるアルマスの声。アリサは迂回する比較的歩きやすい道を通らず、狭い樹木の間を通り一直線に村を目指した。途中にちらほらと現れた機壊は一太刀で破壊し、飛び越え、駆け、くぐり、そして森を抜けた。
☆
そこに広がっていたのは地獄絵図だった。
業火に包まれる家々。銃で蜂の巣となり倒れる若い男。その傍で血まみれで倒れる子供。燃える人影、失った片腕を求め狂い踊る女。そして、大量の機壊に包囲されるエルフ達。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ! 雷光斬!!」
アリサは渾身の一撃を放つ。だが、その力不足たるや残酷なもの。距離が遠かったために二体だけを倒すにとどまり、その包囲は解くには至らない。
「アリサ! 大丈夫か……うっ……マロン! 治療を!」
「俺も治療に行くぜ」
後から駆け付けた七人は目の前の光景に目を一瞬そむけた。だがその後、レオンの声によって二手に分かれてマロンとマオウ以外の五人がアリサの下へとやってきた。
「手伝ってくれ! 速く助けねえと!」
「戦う必要はない」
突如六人のもとに無機質な声が入ってきた。六人が振り向いた先に居たのは黒いマネキンのような形の機壊。背後ではマロンが息のある者に治癒魔法をかけたり、マオウが応急処置などを施していた。
「なんだ……お前?」
「私はマザーコンピューター。そうさな、“黒の塔より出でし者”とでも答えた方が良いか?」
「っな……!!」
黒い機壊から発せられた文言に、六人は一斉に武器を構えた。対峙する機壊は他の機壊とは作りから違うのか、滑らかに、そしてわずらわしげに片手を上げて制した。
「コレを斬っても意味は無い。コレを仲介してお前達と話をしているだけなのだから。それに、下手に破壊すれば村の者どもを即座に殺すようにする信号を飛ばすように組まれている」
「……このっ、外道が……!」
「最低!!」
アリサの呻くような声とリリアの罵倒。黒い機壊は右手を口元に持っていき、左腕の様な物をその右腕の肘に添えるというヒト、のような動きをしつつ言う。
「お前如きが私を愚弄するか。争いに負けた神なぞに仕える、気取った弱者如きが。だが、まぁ……あのただ怯える価値の無いゴミ共よりはマシであるか」
黒い機壊は後方の機壊に取り囲まれたエルフ達を呼び指した。必死に花の騎士達に助けを求め、前に乗り出した男が機壊が振り下ろした刃物のようなもの腕を斬られていた。アリサは遠くにそれらを見ながら怒りに震える声で聴いた。
「……何が言いたい。」
「わからなかったか? お前の命と引き換えに、村の無価値なゴミ共を解放してやろうと言っている」
アリサは眉を顰め、舌打ちをした。五人が一斉に各々複雑そうな表情でアリサを見る。黒い機壊が本当に敵のボスなのかは不明だが、明らかに指令を出しているような仕草を見せているため、下手に包囲している機壊達を倒しに行って刺激することも出来ない。
(たぶん、俺が死ねばもっと多くの人が死ぬ。だったら……見捨てないといけないのか……? でも……)
そう悩むアリサの耳に燃え盛る家の中から、子供の助けを求める声が聞こえてきた。
「あの声は……」
花の騎士達八人が最初に訪れた際に「アリサおかえり」などと、アリサに妙に懐いていた少年の声である。その後の村での宿泊時にも比較的他の村民よりもよく接してくれた。
「目障りな泣き声だ」
「……おい! やめろぉ!!」
黒い機壊は左腕を声のする方へと向けた。先端が歪な卵のような形をしていたその左腕はロケットランチャーになっていた。つまり、追い打ちをかけすぐさま殺そうとしているという事。
アリサは少年を救う為に機壊を斬ろうと刀を握った。そこに新たにその子どもの悲鳴が聞こえた。そしてメシリという重い、木の折れる音。何かが、その家の中から飛び出してきた。
「銀色の……狼……」
燃える家の窓から飛び出してきたのは子供を銜える、巨大な狼だった。アルマスですら優に超す巨体で蒼穹を軽やかに跳ぶ。そして、着地点には黒い機壊がいた。黒の機壊は何かに邪魔をされているかのようにその動きを止め、
メシャリ
と、銀色の狼の巨体に黒い機壊は押しつぶされ、破損の影響であらゆる動きが完全に停止した。それと同時に村人たちを包囲していた機壊達も行動を停止する。村人たちは恐る恐る機壊の包囲から抜け出し、傷ついた家族や死んだ恋人などに駆け寄っていった。
銀の狼は少年をおろすと、六人を睨むように見つめる。少年は様々なショックによって気を失っているようであった。
アルマスが口を開く。
「お前……何者だ。銀の狼なんぞ聞いたことねぇぞ」
「そうなの?」
「……少なくとも中央大陸に住む狼ってのは金狼、白狼、黒狼、緑狼、茶狼の五種類だけだ。普通の狼にもこんなデカい銀色の狼ってのは聞いたことがねぇ。それに、その巨体ならどこに居ても否が応にも目立つはずだ」
アルマスがそう説明している間に、銀の狼はそっぽを向き駆けだそうとしていた。
「待ちやがれ!」
アルマスは即座に白の狼となり、追いかけた。だが、銀の狼の方が足が早く、追いつくどころかどんどんと離されていく。
やがて森に入り、ついに見失った。
◆◇◆◇
「結局、あの狼は何だったんだ?」
「わかんねぇ……味方なのか、ただ子供を助けただけなのか……」
翌日。八人は村の人々が作った食事をとっていた。
朝になって生存者の確認をしたところ、人口六百三十四人中、三十七名が行方不明。そのうち二十五名が遺体となって見つかったとのこと。今も行方不明者の捜索が続いていた。
八人も手伝おうと申し出たが、早くこの世界をお救い下さいと、エルフ達はなけなしの物資を渡してきた。アリサは頷いたが、とりあえず簡易の砦のようなものを作るのを手伝ってから出発すると申し出た。仲間達の了承は得ていた。
「マザーコンピューターねぇ……」
「ありがちな名前」
悲喜こもごもな喧騒の中、八人は昨夜の事を話していた。レオンは気だるげに星屑の降る丘の敵の大元の名前を口にし、リリアが心ここにあらずといった様子でその名前に茶々を入れた。
「……絶対に倒す」
「あたり前よ」
「何一人で決心してんだか……お前ひとりの問題じゃ無いだろ」
アリサが漏らした独り言のような決意に、ゼルレイシエルとマオウがツッコミを入れ、キョトンとした表情を浮かべたアリサに向かって皆が同調するように頷いた。アリサは人知れず微笑み、仲間たち全員の決意のように言った。
「頑張ろうぜ、ってな」
アリサの言葉に八人は頷き、また新たに志を一つにするのであった。