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双神八天と九花(ここのか)の騎士  作者: 亜桜蝶々
清水クニノ求血鬼譚
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骨肉之親・下

 リュクロイは拳を広げながら、握りしめた小瓶の破片をポロポロと地面に落とした。


 同時に手のひらから真っ赤な液体が零れ落ち、この場に居る“誰もが嗅ぎなれた”異臭がする。

 真新しい、血の匂いだ。


「父上!」


 ゼルレイシエルが静止する間も無く、リュクロイは自分の手にまとわりついた血をベロリと舐め取った。


「ぐ、うぅぅおぉあぁぁぁぁぁぁっ!!」


 一瞬苦しむようにうめいたかと思うと、バキャッという音が天井から鳴って、リュクロイが忽然と立っていた場所から姿を消した。

 ゼルレイシエルが何が起きたのかと把握できていない横で、唯一人“目で追えていた”アリサは、自分の背後へ慌てて視線を向ける。


「リリアより早いやん……」

「お前が遅いだけだ」


 アリサが呆れた半分諦め半分のような声で独りごちたあと、次の瞬間にはふわりと体が宙に浮いて。バンガランという二度の音のあと、アリサの体は空高くへと舞い踊っていた。

 頭上に視線を遮るものは何もなく、ほそぼそと光る星がアリサたちを見降ろしている。要はリュクロイに引き摺り出されたのだ。


「たかっ!?」

「飛んでいるんだから当たり前だろう」


 細腕から受ける貧弱さとは裏腹にアリサを傍若無人に振り回し、怒りの表情で睨みつけるリュクロイ。翼を大きく動かし、空気を掴んで荒々しく滞空していた。


 地面が芝生という場所で投げやりにアリサを手放し、するどく尖った犬歯を覗かせながらえる。


「アリサ・ルシュエール!! 私ごときにやられる体たらくで娘を守れると思っているのか!!」

「まじで戦うつもりですか……」


 なんとか着地することが出来たものの、アリサは両手両足をビリビリと痺れさせながら立ち上がった。


「ずいぶん急に、パワーもスピードが上がったな」


 手元に刀を呼び出してアリサは構えをとって迎え撃つ姿勢を取った。


(力は巨人リリア並み、瞬発力も同等。しかし飛んでるのと、他にも能力を持つ噂があったりして……)


 初夏の暑さによるものとは別種の汗を流して。


(ヤバいな。花の力でも使わないと勝てる気がしない)


 体と刀からバチリと電気を迸らせる。

 もはや一触即発という雰囲気のところで、思わぬ闖入者ちんにゅうしゃがあった。


「いったい何をしているんです?」


 ゼルレイシエルやその母とも違う、透き通った声音の女声。

 ヴァルキュリア邸の屋根の上。闇夜に溶け込むような、黒を基調とした恰好の人影が笑っていた。


「というか顛末は聞こえていたんですが。痴情のもつれというやつでしょうか?」


 世間話のような調子でしゃべりつつけている女の背後では、黒い影が炎のようにゆらめいている。


「篠生、萌華……」

「お久しぶりですアリサさーん。こんなへんぴな地方になんの御用です?」

「それはこっちの台詞だ」

「よっと」


 屋の上から飛び降りると空中で風車のように一回転しながら着地して。顔にかかった髪の毛を手くしでかきあげて姿勢を正す。


「九尾のキツネ……“二十七夜”か」

「……最近よく看破されちゃうんですが、知名度の高いスパイってなんなんでしょうね」

「改名すれば? 知らんけど」


 内心(えっ二十七夜……!? 気づかなかった……)とか残念なことを考えているアリサだったが、とりあえずひょうひょうとした態度をしていた。


「バレバレですけどね?」

「ナンノハナシでしょうか」


 しょうもないやり取りをしていたところで、ゼルレイシエル達が裸足で飛び出してくる。突然聞き覚えの無い(久しく聞いていない)声が聞こえてくればそりゃ警戒するもので。右手には拳銃型の武器が握られていた。


「貴女は」

「どうも。私は十尾天狐じゅうびてんこ様が直属、二十七夜が一員、“蒼尾月狐そうびげっこ”と申します」


 仰々しいまでの礼をしながら彼女の語った挨拶は、最高権力者からの命令が下ろうとしていることを示しているのだ。


「ゼルレイシエル・クイーン・ヴァルキュリア、及びアリサ・ルシュエール、そして以下六人のこの場にいない“花の騎士”たちへ、神獣が一柱、“十尾天狐より命令を与えます”」

「神獣院……まさか、この時期の命令って……」


 中央大陸大和を統べる十三柱の神獣が一角。

 この大陸の誰もが知っている万民の長からの言葉。

 萌華はダメ押しとばかりに尻尾の中から大きなサイズの茶封筒を取り出して、表面にでかでかと印刷された神獣院の公式マークを見せつける。


 察しの悪いアリサでさえ、続く言葉を察して苦々しい顔をしていた。


流銅ながれ市にて近日開催される臨時会議りんじかいぎへ、出頭するように」

「なっ……!」


 察してはいても途轍もなく間の悪いことを聞いてしまえば、不服そうな声は漏れる。仕事モードらしい萌華は冷やかな表情でリュクロイを睨んだ。


「どうしましたリュクロイ・ジン・ヴァルキリー?」

「……出頭せねば、逮捕されることになるのでしょうか」

「さてどうでしょうか。いくら神獣院とはいえ無実の者を逮捕することは無理でしょう、けどね?」


 役人は暗に「つべこべ言わず出頭しろ」と脅す。

 いかにしだれ櫛町で有力な貴族であっても、クニの政府には到底逆らえるものではないため。どれだけ娘が心配だとしても、リュクロイは口をつぐむしかなかった。


「なんの話をしようってんですか」

「それは言えません。なにせ臨時会の議題そのものですもの。姑息な根回しとかできないように、発案者と議長だけしか事前に把握してないものだし」


 アリサの質問に対して妖しくウィンクをしながら答える萌華。人によってはどぎまぎしそうではあるが、男どもは考えにふけっていて知らぬ顔であった。とくに萌華の側が傷ついたような様子も見られないが。

 神獣からの直接の命令という重圧に足をふらつかせる母を支え、ゼルレイシエルは身を潜めるひな鳥のように慎重に言葉を吐き出す。


「いつから、花の騎士だと?」

「別にいつでもいいでしょう」


 目を合わせることもなく会話を終わらせにかかった萌華であったが、何も返事のかえってこないことを奇妙に感じて、ちらと視線を向けた。

 そこには少女じみた悲しみが浮かんで見えて、萌華は苦虫をかみつぶしたような顔のあと大きなため息をつく。


「ヒトが仕事のために知らぬ顔してるっていうのに、そういう顔しないでくださいな……」

「えっ?」

「学校の時点で把握はしてましたけど、今はそれなりに親愛の情は持ってますよ」


 頬をゆびで掻きながら照れくさそうに呟いた。

 なんだか不安そうな表情をしていたゼルレイシエルだったが、見当違いにしか思えない萌華の突然の告白を聞くと。まるで花のような笑顔を浮かべていた。


「子どもか!」

「こど……べ、別に私は友達が欲しいとか思ってるわけじゃないわよ」


 両者とも大人であるはずなのだが、友達だったり友達じゃなかったりとわやわや決着のつかない会話を続けている。

 少々あきれ顔のアリサとは対照的にゼルレイシエルの両親は、困惑とともに嬉しそうな表情をしていた。


「……そう、か。ゼルシエに、友人が出来ていたのか……」


 ふっと翼を力なく下したリュクロイは、小さな小さな、掠れるような声をこぼす。

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