背水之陣・下
スランプ持続中……
狙っているかのように生じた突発への対処を完了し、護衛役の男達と数人の使用人を残して花の騎士達は帰途につく。
彼らが到着する前から腐死者達を押しとどめていた自警団とのすり合わせが必要なのだが、正体がバレないようにするためには、やはりヴァルキュリア家に帰るのが一番である。バスの中に籠っていてもわりとヒトの気配は察知出来るもの。妙な疑いを持たれるよりは、顔馴染みであろう者達に任せるのが賢い。
そんなわけで現在はみんなバスの中である。
行きの時は戦いに向けての緊張感やら、ワクワクが止まらねぇぞ状態で気にならなかったようだが、帰りは興奮もちょっと冷めているもの。案の定シャルロッテとレオンとレイラの、三半規管弱い組が車酔いでダウンしていた。三人とも体幹は優れている方なのだが(シャルロッテに至っては別格レベル)、三半規管ばかりは乗り物慣れしなければ鍛えようがない。
「うぐぇ……」
「はいはい酔い止め飲んでほら」
コップに水氷花の力で出した水を入れ、酔い止め薬と一緒にグロッキーズへ渡すゼルレイシエル。乗る前から飲むべきだが失念していたのはしょうがないだろう。
「すまん俺にもくれ」
「酔ったの?」
「狐臭くて気分悪くなってきた……」
「重症すぎる……」
狐が絡むととことんコイツ面倒くさいななどと思いつつ、アリサはゼルレイシエルからバトン式に薬と水を手渡す。普段なら渡すふりをして手を引っ込めたりするが、流石に調子悪そうな相手にするほど空気読めないわけじゃない、と思いきややはりやってしまって座席を蹴られるあたりアリサである。
一方粉薬は苦くて飲めないシャルロッテだが、錠剤なのでなんとか飲み込める。酒豪なわりに味覚が子供なのでなんというかやはり、言われて怒っている以上に周りからの印象はロリであった。
「……」
薬を飲んでしかめっ面になっているシャルロッテの横に這いより、声をかけながらミイネがまじまじと見つめている。いつものやつだ。
マオウは最後部座席に横柄なポーズで座りながら、不機嫌そうな顔であった。良く見るとポーズこそくつろいでいるようだが、手足が落ち着かないかのようにしきりにそわそわしている。そんな彼の様子に気がついた前の席の使用人が、ビクつきながらも振り向いて声をかけた。
「あ、あの~。車酔いされましたか?」
「あー? チビ助共と一緒にすんな」
「も、申し訳御座いません……出過ぎた真似を……!」
「……チッ」
ぺこっと謝る使用人に、舌打ちをしつつ手のひらをぐいぐいと向ける。無言のやめろのジェスチャーであったが、そりゃ狭い車内だ。速攻で仲間達やら使用人やらに察知されて、何か謝らせていると妙な視線を向けられるマオウ。
花の騎士たちはマオウの人柄についてかなり知り尽くしているため、「また誤解されるような言動を……」という視線だが、使用人たちは余計に怯えているような雰囲気である。実際粗野な言動と立派な体格のせいか、初対面の相手には怖がられることが多く、過度に警戒されがちなのだ。
「俺ぁこういう、機械が苦手なんだよ。使用人間で情報共有してんのか?」
「あわわ……」
「常識的に考えろ。んな細かい嗜好まで覚えてるわけないだろ」
レオンが顔色を悪くしつつもいつもの調子で罵る。
「機械苦手とかまで伝えたりしてないから」
「弱点、教えるの嫌がるでしょ」とゼルレイシエルは続けた。たしかに勝手に教えたらキレそうだなと仲間達が頷く。
噛みつかんばかりに反論しようとしたが、日ごろの自分の言動を思い出し、忌々しげに表情を歪める。暴れようと思っても、動くバスの中では何か壊してしまいそうで下手に立ち上がることも出来ないらしい。
「ふむ。ではゼルシエお姉様のご家庭へ、マオウ様の旨を送信しておきましょう」
「ねぇ話聞いてた?」
ミイネのとんでも発言にザワッと視線を向けるリリア。が、ミイネがその声に反応して顔を向けるまで五秒ほど時間がかかった。
「あ、もう送信いたしました」
「はやぁーい」
思わず棒読みで喋りながら後部座席を見るリリア。
さすがのマオウも携帯端末の電話機能やメッセージアプリやぐらいは使える。送信がなんの意味を指すのかも理解しており、半分ブチギレ状態であった。
「止めろって言葉がわからなかったか……?」
「やめろ……いえ、データベースにはマオウ様がそのように言われた記録は直近一時間にございませんが……」
眉間にさらに深い皺を寄せるマオウ。それに対してバスの同乗者達は、一様に背を向け、密かに肩を震わせている。一人だけ後を向いて笑っているレイラは、目じりに涙を浮かべながら、ミイネの背中をぽんぽんと叩く。
「たしかにねー! ふふ、言ってはないわ! ふふふふふ……〝い、言ってない”からセーフ! あはははははっ!」
マオウがグーの形で手を持ち上げるも、レイラやら他同乗者は笑っている。後部座席の怒りのオーラとは裏腹に、バスの中はゆっるい空気に満ちるのであった。
◆◇◆◇
「萩風」
瓦礫の山と化した住宅街。そこでぼうと立っていた萩風に、背後から女が声をかける。帽子の中で狐耳をピクリと動かし、勿体ぶるように振り向いた。
「やぁ萌華、と」
青々とした黒髪の知人にはにこやかな笑顔を向けたものの、真っ白な髪と肌のカオミシリには侮蔑的な視線を向ける。
「どうも白神 花。いったい俺に何の用だ」
「いったいもなにも。こっちの話よ、〝白尾練狐”」
萌華が相手をコードネームで呼ぶときは、基本的に怒っている時だ。心当たりはある、というか萩風としてはありまくるぐらいだったが、ひとまず人差し指を左右に振りながら低めの声で諭す。
「外でコードネームで呼ぶなよ」
「ふつう逆だけどね」
「よそはよそうちはうちイヤヨイヤヨモスキノウチ」などと返す萩風に、「うるさい」とどこからともなく出したクナイを投げつける。
「うおっ」
「いいから真面目に答えなさい。〝何故アリサ・ルシュエールとアルマス・レイグルを殺そうとした。”返答次第じゃ、尻尾全部切り落としてでも天狐様の下へ連れて行くわよ」
「やめてくだち」
一呼吸置いて、萌華の隣に居る天敵を睨みつつも、観念して理由を語る。
「別に、大した理由じゃないけど」
「ヒトを殺すつもりなら大した意味持ちなさいな」
「うーん。まぁ、十尾天狐様を喜ばせるため、かなぁ?」
「はぁ?」
それまで尻尾をぐぐいと萩風に向けていたが、なんとも意味のわからない説明に、力なく九本の尻尾を垂らした。
「ちょっとまってほんと意味が解らないんだけど萩風馬鹿なの?」
「私も何も言わずに居たけど、あまりに意味が解らないのだけど」
「は? 十尾天狐様の悲願を叶えるためだよ」
「あんた馬鹿ぁ?」
非常に冷たい目線で萌華とハナが睨んでくるため、流石の萩風も上半身を若干引き気味である。女性を怒らせると怖いが、花はおとなしい人ほど云々も追加されての迫力であった。萌華も萩風と同等の戦闘力があるわけで、ゴボウ並に太い神経の萩風でも恐怖しているようである。
「ち、げぇよ!! 〝愛染鼠”を確実に消す為に、鼠擁護しかねないアイツらを殺すっての!」
「白尾練狐は馬鹿なんですか?」
「ああ!!?」
「すいませんハナさん。練狐の名前をはく奪しましょうって黒尾統狐に申請しておくので」
同僚の阿呆な行動に呆れながら、花の騎士達の代わりとして破邪の騎士であるハナに謝る萌華。
「〝愛染鼠”! 邪悪で淫乱で邪知暴虐のおぞましいヤツを! ここで追放せずしていつ消すというんだ!」
「たしかにそうは思うけど……必ずしも必要な殺しでもないのに、やりたくないわ」
「……」
「そもそも貴様がっむう」
萩風は抗議をしたそうであっただが、再び萌華の尻尾の先が自分へと向けられたために大人しく黙って……いや、「別にあんな紛い物共なんか死んでも問題ないだろー」とか、とんでもないことをぶつくさ呟いていた。
「……あんまり言いたくはないんですけど……ほんとに、彼が当代の〝練狐(教育長官)”で大丈夫……なんですか?」
「お恥ずかしいかぎりで……」
身内を恥じるような気持ちになり、顔を真っ赤にして俯く萌華である。
「これでも新人教育とかじゃ私達の中でも特に上手いんですよ……」
「これでもとは失礼な」
「ホントの事でしょ。薄っぺらなのに天狐様への忠誠心だけ拗らせてるんだから」
「こじ……らせてる?」
「もう静かにしてなさい」
もうやかましいと、瞬きの間に萩風の頭部へ回し蹴りをかます萌華。女性らしくしなやかでありつつキレのある一撃は、見事に萩風の意識を彼方へ吹っ飛ばした。
「はぁ……」
「お疲れ様……」
「いえ萩風の暴走は子供の頃からの腐れ縁で慣れてますから……あ、すいません。鎖で縛るの手伝って貰っていいですか?」
使い捨てのカプセルからとんでもなく長い鉄の鎖を取り出し、ぐるぐるぐる何十巻にもしていく萌華。上体を起こすなど手伝っているとはいえ、その手際の良さにハナは改めて感心を覚える。
「こいつは部下に稲荷宮へ運ばせれば良いとして……はぁ、嫌だなぁ。萩風のせいで顔合わせ辛くなっちゃった……」
手についたホコリを落としながら、意味深げに萌華はハナを見る。しかしハナはゆっくり首を横に振った。
「駄目。もう少し、顔は合わせられないの」
「……はぁ、いや。ごめんなさい。……私はこれからヴァルキュリア家に赴きますが、ハナさんはどうなされるんです?」
「私は……白尾天狐を送り届けるついでに、一緒に流銅市に運んで貰えないかな?」
「それは構いませんが……十尾天狐様に御用があるんですか? アポつけておきますけど」
「ううん」
ハナは静かに頭をふる。
「実を言うと、臨時国会に私も出る予定なの」
「えっ……ええっ!?」
思わぬハナの言葉に、萌華は奇妙な声をあげるのであった。