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双神八天と九花(ここのか)の騎士  作者: 亜桜蝶々
清水クニノ求血鬼譚
128/137

尽忠報狐・上

現在リアル多忙につき執筆滞り気味です。申し訳ございません…

月を見よ太陽を見よ。

己を統馭とうぎょし修練せよ。


爪と牙の高みは遠く。

拳聖けんせい頂は星の先に居る。



     【ヨツアシ唄】より、「拳聖」。


 ********


「ぷぁ!?」

「グルルルルル」

「ちょっとうるさいからアルマス放り出して」

「キャイン!?」


 アリサの指示に、マオウが蹴飛ばすようにしてアルマスを風呂場から追い出す。半端に獣化していたため、人間の姿の状態であったが「痛い!」とかではなくイヌ科の悲鳴であった。


「ごめんなさい水なんかかけて。でも酔っぱらっていたので……」

「な、なんだぁ……? うぇー……すっげぇ頭痛い……」


 水をかけられて意識を取り戻したらしいが、萩風はしかめっ面でなんとも苦しそうに俯くばかりである。濡れていることなど気にならないほどの頭痛らしく、拘束されている状況でありながら体を縛る縄にも気が向いていないようだ。


「頭痛だぁ? ゼルシエ、ちょっとどけろ」

「え、えぇわかった」


 俯く萩風の頭を無理に上げさせ、瞳孔や血色などを観察するマオウ。やがてバッグから使い捨てのビニール袋を取り出し、ゼルレイシエルに頼んで氷水の入った水風船を作り上げた。

 先ほど放り出されたアルマスと面倒だと帰ったレオン、二人以外の花の騎士達はマオウの行う行動に何も口出しせず見守っている。


「これで頭冷やしてろ。あとは水を定期的に飲め。ったく、飲んでもねぇくせに酔っ払いやがって軟弱野郎が。ほんとに“二十七夜にじゅうななよ”かよ」

「マジでこいつ自分で言ってたから信じろって、普通に強かったし」


強いやつ=酒にも強い的な安直なイメージのあるマオウは、天下の噂に聞く諜報機関が酒に弱いのを知って幻滅の表情を取っている。

とはいえ具合が悪そうにしている人物を放っておくほど、マオウも冷酷な性格でもない。文句を垂れつつも頭痛軽減のための処置を施した。


「つめた……治療とかしてくれんならこの縄も解いてくんない?」

「襲ってきたような相手を易々と解放すると思う?」

「しないね」


 萩風の問いに問いで返すアリサ。腕を組んだ状態でずびっと指さし、警戒の視線を維持し続ける。頭痛に顔をしかめつつも調子がなんとなく良いのか、先ほどと同じようにふてぶてしく笑った。


「これ君らの能力について言及しても良い系?」

「……」


 ゼルレイシエルは周囲の使用人を見回す。一緒にシャルロッテも首を左右に向けるが、表情を見るに意味が分かってい無さそうである。

 それはともかく風呂場内にいる使用人たちが残らず首肯したのを確認し、ゼルレイシエルは萩風の質問に首を縦に振った。


「はぁーそっかー。とりまやってらんねーねー! 頭痛が痛いし、チートじゃんチート! どうりで七法最上位なわけだ、あ~ムカつく!」


 声を張り上げて空元気風の台詞で語る。非難のような罵倒に花の騎士も使用人も唖然としていたが、ふと情緒不安定かと思うほど唐突に、萩風は真顔で殺意を剥き出しにした。


「余計に殺したくなった」

「なんだこいつ」

「七法に上下関係とか無いだろ」


 しかし常日頃から黒花獣と相対し、悪意や殺意に晒されている花の騎士達は、けろりとした表情でツッコミすら入れている。気配だとかに疎い方であるゼルレイシエルでも真顔のままである。


「最上位は十尾天狐様だけで十分だ。あの方はお前達みたいな紛い物の“英雄”とは違う」

「歪みしかねぇ」

「順位……そもそも順位じゃないけど、序列? ……ばっか気にしてジン生疲れないか?」


 だいたいいつもの身内特有のノリで絡む男性陣であった。レオンが居ないため殺伐感は薄めであるが。


「別に英雄になりたいわけじゃないし」

「いがーい」

「出世欲はそもそもあんまり無いデスよ? ……うん」


 まじまじとアリサを見ながらシャルロッテが呟いたのに対し、なんとも微妙な顔で釈明をしたのち、神妙な顔になりながら顔を逸らした。ゼルレイシエルは一瞬心配そうに一瞥したものの、使用人の目もあるためすぐに萩風へと視線を戻す。


「私達自身は英雄を名乗ってるわけじゃないし、その実感もないわよ」

「ねぇな」「ないね」「やーやーわれこそはえいゆーでーすいえー」

「シャリ―拗れるから今はやめて」

「はーい」


 ゼルレイシエルに頭を撫ぜられて猫のように目を細めながら、のんびりと返事を返すシャルロッテ。幸いにも冗談を本気にとるような性格ではなく、どことなく冷めた目で花の騎士達を見ているだけであった。

 なんだかシャルロッテを見る目が厳しい気もするが。


「そもそも俺ら花の騎士だってこと隠して行動してるし」

「……そういえばなんでこの人知ってるの?」

「諜報機関だから……」


 などと言いつつ、まさか自分達が二十七夜のメンバーに直接正体をバラしていたとは、つゆにも思わない花の騎士達である。花の騎士の三賢人ゼルレイシエル・アリサ・マオウが揃っていながら、と考えると残念かもしれない。


「萌華ちゃかー」

「なんで急に萌華さんが……あっ……」

「えっあぁ!?」


 シャルロッテの何気なく呟かれた名前に、一瞬の間を置いて叫びだす秀才たち。風呂場の外から舌打ちが聞こえたが、アルマスが聞き耳を立てている様であった。


「まさか人狐のスパイだった……?」

「萌華さんは七尾……ってことは二十七夜の部下?」

「ぶふーっ!?」


 アリサとゼルレイシエルが神妙そうに呟いた推理に、萩風が思わず顔を綻ばせて噴き出す。

 どことなく不愉快そうに同時に萩風を見やるカップルである。


「なに」

「黙秘権で」


 「くふふ」と笑いながら黙秘権とやらを主張する萩風。すすっと目の前に現れ出てきたマオウに古龍(手加減)のビンタを頬に喰らうわけだが。


「いっっっ……!?」

「ヒエッ」「マオウ!?」


 いくら強種族に名を連ねる九尾の人狐と言えど、名実ともに最強の種族である古龍のワンパンをモロに喰らえば頭が吹っ飛んでいくような衝撃すらあるもので。絶妙な手加減で、アルマスの張り手程度には押さえられているが、手のスナップなどが的確で頬にジンジンと痛みが残る。

 普段の手合せでマオウの馬鹿力を痛いほど知っているアリサは真っ青な顔をし、女性陣はとりあえずその行動に声をあげている。


「こういうへらへらした野郎は一発殴りゃいいんだよ」

「そうは言ってもお前がやる必要はないだろ……おい大丈夫……?」

「ぜってぇ殺うおっ!?」


 萩風が恨みに満ちた声を吐こうとしたとき、ふとグラリと縦揺れの地震が起きた。


「地震だっ!」

「ちょいデカいな」

「震度3ぐらいかな」


 揺れを感じた最初こそ数人が驚いたものの、そこまで切羽詰っているようには見えない。むしろほとんどが落ち着き払っており、冷静に近くの物や壁に手をついて倒れないようにしようと手を伸ばし


「……収まるの早くね?」


 かけたところで地震が収まる。時間にして数秒で収まり、なんとなく拍子抜けした顔になる花の騎士達。しかしゼルレイシエルや使用人たちは、互いに顔を見合わせたりハッと何かに気がついたような表情である。萩風ですら苦虫を噛み潰したような顔であった。


「みんな応接室へ!」

「えっ今の地震で崩れたりすんの!?」

「馬鹿言ってないでいいから早く! 今すぐ戦えるっていう準備もしておいて! あなた達、何人かは私の仲間を呼んで、あとはお父様から指示を貰ってきて」

「かしこまりました!」


 酷く焦った声のゼルレイシエルにつられて、慌てて風呂場を出ていく花の騎士と使用人たち。途中、「おいあの狐野郎は良いのかよ!」という人狼の声を聞き、誰か二人が慌てて風呂場に戻ってくる。


「……あなた、諜報機関なんでしょう? 政府のヒトなら……手伝う気はある?」

「ゼルシエ!?」


 萩風のことを指さしながら毅然と問うゼルレイシエルに対し、萩風は肩を竦めながら首を軽く左右に振る。


「拘束されてるしこのままじゃね……「アリサ切って」

「……ちっ!」


 せっかく捕まえた相手を逃がすことに逡巡しかけたアリサであるが、事態の意味を知らない。ぐだぐだ考えるよりはすべてを理解しているのだろうゼルレイシエルを信じ、その通りに従うべきなのだろうと判断した。

 神聖銀の刀を呼び出してぐるぐる巻きの縄に切り付け、半分以上切れた状態にする。


「バフればおめぇで千切れるだろ」

「“火行”。そりゃ勿論」


 ブチブチっと萩風を拘束する縄が千切れ、九尾の狐が解き放たれる。しかし立ち上がった瞬間にアリサが萩風の首筋に刀の刃を添え、妙な動きをさせないように牽制した。


「……」

「こわっ。この人質にでもしようと思ったのに~なんて」

「させねえ」


 己の恋人の前で、敵を射抜くように睨みながら刀を握り絞めるアリサ。萩風の尾が動いて尾の先をアリサへ向けるなか、ゼルレイシエルは切れ長の瞳を細めた。


「そんなことやってる場合なの? “突発とっぱつ”でヒトが死ねば十尾天狐様も悲しむんじゃないの?」

「お前達があの御方を語るな。……ったく、酔ったのもあるし、人前じゃ七尾しか使えないから全力とは程遠いぞ」

「居ないより全然良いから。行くわよ」

「はいはい」


 ゼルレイシエルはアリサを向いたあと、風呂場の出口へと向かう。入浴時間では無いため乾いた状態の床を、履き物を履いた状態で踏みならし、何かを思い出したように立ち止まって背後の萩風を睨んだ。


「アリサに……仲間に、妙なことをしたら。後から九本の尻尾全部吹っ飛ばすから」

「……女ってのはやっぱ怖いわ」


 わざとらしく両手を上げながら、萩風は尾の先をアリサに向けつつ横を通り抜けていく。肩をぽんぽんと優しく叩くアリサに少しばかり興奮を押さえ、二人は萩風の跡を追うように、椅子と千切れたロープの残骸が転がるだけの無人の風呂場を後にした。


尽忠報狐は尽忠報国のパロディみたいなやつです。

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