畏怖嫌厭・下
「初めましてリュクロイ様。私はシラカミと申します」
応接室で向き合いながら会話をしているのは、リュクロイと客人の白い髪の女である。“夜”と通知を入れられていたため、深夜帯に訪れるのだろうと束の間の休息を取っていた時の訪問だ。
立場的にリュクロイが上であれば、失礼であると追い返すことも出来るが、なまじ神獣院からの使者ということもあって、慌ててフォーマルな着物に着替えて面会をすることになった。
女性の名乗った名字を聞いて、リュクロイは訝しげな表情になる。中央大陸大和において天の花々に関係する言葉や文字は――特に属性と色は特別な意味合いを持つ。
「“白上”……ですか? 歴史の長い巫女の家系か何かで?」
天の花々と一言で言っても、八輪の天使花に関する文字は名字や名前にも比較的使われやすい。しかしながら二輪の原初の花については例外的で、“白”“黒”“神”と言った言葉は名前に使われることは“まず無い”。
「いえ。ただの一般人です」
「おや、それは失礼しました」
ニコリと笑う女性に対し、リュクロイも人当たりの良さそうな笑顔を浮かべながら謝った。
しかし腹の中では訝しげな目線を向け続けている。
(白の名を持つ者……巫女でも無いなら……何者だ?)
「……ひとまず本題へと参りましょう。今宵はどのようなご用件で?」
「そうですね……えっと、重要な証書類を預かっていました。とりあえずこちらを。私は中身は見てませんので」
「了解しました。目を通しておきます」
シラカミから渡された、A4用紙を折らずに収められるサイズの封筒を受け取る。白い光沢のある紙の中上部に赤い神獣院マークが押されており、封蝋印も同様のマークだ。
本当に神獣院からの使者らしいと、リュクロイは再認識する。相手が見たことも聞いたことも無いジン物、だということは不可解であったが。
「とりあえず……ということは、他にもご用事が?」
「はい」
リュクロイの問いにハッキリとした声で答えるも、シラカミが言葉を続けるのには十数秒の時間を要した。
「実はリュクロイさんご夫婦だけでなく……クイーンさんにも、お伝えすることが」
「……なんですって?」
リュクロイは自身の耳を疑い、両手を組んで膝に肘を乗せた。猫背というか、前かがみの状態で、切れ長の瞳をシラカミへと向ける。妙に迫力があると言われるリュクロイ。しかしシラカミと呼ばれる女性が動じているような様子は微塵も感じられない。
「わが娘はまだ、“社交界に姿を出していないはずですが”?」
「率直に言いましょう。私は、神獣院の者ではありません」
シラカミは一度かぶりを振って、一つ息を吐いた。
「リュクロイさんに会うために、ある神獣と取引を行いました。流石に名も知れない人とは会わないでしょうし」
「まて、神獣と取引だと……? あなたは何を言っている」
意味が解らないと眉を顰め、牙を覗かせて困惑するリュクロイ。周囲の使用人たちもポーカーフェイスを維持できず、動揺した表情を浮かべている。
「すみません。体に悪影響は御座いませんので。本当にごめんなさい」
「お、お前達!?」
謝り始めたシラカミが手を叩くと、使用人たちがふらふらとし始めて地面に座り、そのまま俯いて寝息をたてはじめた。リュクロイとシラカミ以外のヒトすべてが行動不能に陥る。
リュクロイは半ば恐慌状態に陥るものの、着物の襟元に隠していた小瓶を握り絞めながらシラカミを睨んだ。
「……すいません。強引だとは思うのですが」
「強引、だな。何の用だ。娘を攫いにでも来たか」
「違います」
即答で否定し、ソファに居直る白い髪の女。
「私の名は、シラカミ ハナ。白色の白、神獣のカミ、天の花々の花……で、“白神 花”と申します」
「白神……だが、いや、ですがその名は……」
リュクロイは息を飲んだ。
「はい……恐れ多くも、天の花々の頂点である、“白神花”と同じ字を頂いております……ごめんなさい、立場は、今は言えません」
◆◇◆◇
「で、誰それ」
「……“二十七夜”?」
「なんで疑問形……って、二十七夜!?」
アリサ達がまた誰かを連れてきたと聞き、玄関を訪れたゼルレイシエルは素っ頓狂な声をあげる。なんともなし的な様子で呟かれるアルマスの言葉に、ゼルレイシエルはおろか周囲の通りすがりの使用人たちまで「えっ」という表情になっている。
「こゃ……」
巷では都市伝説レベルの存在であるが、ヴァルキュリア家ほどの情報網を持っていれば存在が確かな事ぐらいは把握可能なのだ。メンバーまではわかっていなかったものの、暗殺行為をも行う組織だということぐらいはほとんどの使用人が知っている。
「嘘でしょ。なんで急にそんなのが」
「いやいや……こいつ九尾だし、自分で認めたし、普通につよ……けっ」
強いと言いかけて悪態を付きながら顔を逸らすアルマス。
「強いの!? 戦う!」
「俺が先だ」
「今は無理だろ……
案の定乗り気になったりしている戦闘馬鹿二人に、アリサは呆れ笑いの表情になりつつ、台車に載せて運んできた萩風の尻尾を見せる。
「ほれ」
「ひふみよいつむなな……うわ本当ね」
「すっごいもふもふしてる……」
「着眼点そこかよわからんでもないが」
ゼルレイシエルが数える横で、呑気に尻尾の触り心地良さそうとか雑談しているレイラとリリアである。もふもふは仕方がない。
最近ツッコミ役に回りがちになって来たアリサがツッコミを入れつつ、ぶにぶにと強めに頬をつつくと、
「ん~……かぎょ~!」
赤ら顔のまま眉を顰め、寝言の如く攻撃力バフをかけてアリサの手に噛みつこうとする萩風。流石の反射神経でひっこめるも、あと数秒遅ければ腕を持って行かれたかもしれない。
「サメかなんかかよ……」
「一周まわって義手か何かにすればカッコいいのでは? 仲間になりましょう」
「電気ですぐショートしない?」
ミイネの提案にアリサは質問形のマジレスで返す。
「それで……なんでロープでぐるぐる巻きに? そう言えばお酒くさ「レイラちゃあああぁぁん!!?」あっ」
萩風の服に染み込んだ“鬼殺しの果実酒”の香りを嗅ぎ、レイラが目を回して倒れた。ただのビールのにおいでも酔っぱらうほど酒に弱い、レイラとマロンである。時間が経って少しはアルコール的効果が弱くなってるとはいえ、ホープ姉妹が酔っぱらうのは当然とも言える。
リリアがレイラを担ぎ、数人の使用人たちと共にベッドルームへと運ばれていく。介抱はリリア達に任せておけば良いだろうと思いつつ、アルマスは「キュウ」と喉を鳴らした。
「ううん……レイラ達が居る所で“鬼殺しの果実酒”使うのはやめといた方が良いか……わりと強いんだけどな……」
「あれ不味いから要らん」
「おいしくなーい」
「元からやる果実酒は微塵もねぇよ酒豪ども!」
むかし不味い不味い言われながらがっぱがっぱと酒を飲まれたアルマスは、恨みがましそうに吐き捨てた。
「……お風呂に連れて行きましょう」
「!?」
「お嬢様!?」
真っ先にアリサが振り向き、使用人たちも一歩遅れてゼルレイシエルを見る。なぜ蒼白な表情でアリサが自分を見るのだろうと、しばらくぽかんと顔を見ていたが、ふと顔がひくっと顔が引き攣った。
「ただ、水をかけて起こすだけだから勘違いしないように。風穴開けられたい?」
「「すいませんでした」」