篝火狐鳴・中
萩風の刃状に変化した尻尾がヒト喰い草の蔓のようにうねうねと動く。金属光沢に似た鈍い銀色の光沢を放っており、擦れるたびにジャリンと音が鳴った。
「こんな街中でその金属使っちゃっていいのか?」
「それ言ったらお前こそ。諜報機関とか言いつつ堂々としすぎだろ」
「俺イケメンだし?」
「頭おかしいんじゃねぇの」
神聖銀を盾の形状から手甲の形へと変化させながら、頭を指さしてくるくると回すアルマス。仲の悪い相手と争う際にはとりあえず煽るスタンスだが、たいして口撃が効いている様には見えない。
にやけ顔の萩風を睨みながら、大人しくボクシング風の構えを取る。
「俺はどうする?」
「……隙が無さすぎて何とも」
「それはわかる」
アリサが刀を抜いて正眼の構えをとり、切っ先を萩風の体幹に向ける。
アルマスは腕部の一部のみ密かに獣化させ、筋肉量を何割か増やす。部分獣化はそれなりに疲れるものなのだが、出し惜しみはしない。
「そこのチワワさぁ「なんか言ったか女装野郎」イキんなってっ! 面白すぎるからちょっと……笑わせんなよっイキリチワワッ……くーっ!!」
「腹痛いなら自慢の尻尾を便器にでも変身させて糞垂れとけよ」
「あー? どうもアドバイスありがとうございま。便意催す頃には用事済んで、コンビニでも行けるから。臭いの心配とかしなくて良いぞ」
笑った笑ったとお腹をぽんぽんと叩き、船長帽を深くかぶり直す萩風。
「火行」などと呟いたかと思うと、やはりリリアやマオウかくやと思う程の凄まじい速度でアルマスと肉薄する。一瞬で間合いの内側に入りこまれ、アルマスは舌打ちをしながら脚部も獣化させた。
「チッ……! 行法使いが……ッ!」
「遅い!!」
数本の萩風の尾がアルマスの脚部――脛から下は神聖銀に覆われているため太ももの部分――を狙ったところで、アルマスは左脚を軸に体を傾けながら右ひざを抱える様に曲げ、次の一瞬には萩風の胴体に向かって鉤づめ付きの蹴りが放たれる。
「水行」
強烈な一撃が入ったと思われたが尾の一本で鉤づめ部分を受け止め、そしてアルマスは不愉快そうに顔を顰めた。
「相も変わらず芯に当たらねぇ……」
「未熟だから当て“られねぇん”だろっ!!」
スッとアルマスの顎部に手のひらを添えたかと思うと、再度尻尾の刃を振りかざしながら掌底の一撃をぶちかまさんとする萩風。喰らえば脳震盪でノックアウトされるであろう攻撃を、一瞬だけ脚の脱力をして後ろに倒れるように回避し、アルマスの体の上を一筋の銀色のつるぎが通り過ぎた。
ガキンと音が鳴り、アリサの刀が腹の部分を叩かれ、強引に叩き落される。
「ひゅー……あっぶね。さすがに受け止めたら尻尾吹っ飛んでたわ」
「じゃあ受け止めらどうだ? かっこよくカットしてやるよ」
「美容師免許持ってるぅ?」
叩き落されてもすぐさま蜂の如く、変則的な軌道を描いて尻尾を切断せんと迫るアリサの刀。神聖銀製の刀ということもあって、斬鉄すら容易く行う斬撃。さすがに危ないと感じたのか、数本の尻尾を背後の地面に突き刺し、体を一気に引き寄せることで後方へと跳んだ。数本の斬撃を入れてアリサをけん制しつつ。
「んー? なんで花祝の力使わんの?」
「うるせ。こっちはこっちなりにお前に配慮してやってんだよ」
「舐めてる?」
「体から植物生やされたいか?」
「それは嫌」
うわっと眉をひそめて、首を横に振る萩風。木行の力で植物の姿に化けたりも出来るとはいえ、体そのものから植物が生えてくるのはどうしてもグロイものである。アルマス達が花祝の力を使わないのは、対人戦においてオーバーキルを防ぐ為であった。
端的に言うならば、ヒトを殺したくないため。
「んだよー、花祝とかいうわけわかんねぇの、負かすつもりだったのに」
「は?」
「行法の上位に位置するものなんざ、祈法だけで充分だろ」
何を言ってるのかという視線でアリサとアルマスが敵を睨む。アルマスは地面に意識を傾けてとある細工を施し、アリサは着物の裾を動きやすいように綺麗に直す。
「ぽっと出の意味不な力が、なんで祈法と同等なんだ?」
「知らねー。学者にでも聞け、それかググれ」
「花の騎士でも知らんの? うっそーぉ?」
何の反応もしない花の騎士達に対し、頬を膨らませて不満を表す。「うわきも」とアルマスが率直に貶し、萩風は笑いながら目を閉じる。
「うううううん。マジかー」
「……」
目を閉じつつゆらゆらと不規則に揺れる耳に対し、ピンと立っている耳を見て、攻め込めずに二の足を踏む二人。機壊と戦っていた時にわかっていたことだが、不規則に動く触手状のものほど、近接格闘家にとって厄介なものは無い。
端に死角からの攻撃が多いだけでなく、軌道が読み取りにくいという戦いにくさがある。刃がついているため攻撃も神聖銀で受けねばならず、その隙にがら空きの胴体に別の触手が……ということが絶え間なく続くのだ。
ゼルレイシエルの援護も無い状態で、ただの機械よりも洗練された動きのモノと戦う。さらに言えばパンチやキックなどにも警戒が必要であり。つまり、弱いわけがないのだ。
「じゃ、改めて殺すわ」
「返り討ちにしてやんよ!!」
四本の尾で地面を蹴ることで宙を舞い、上空からアルマスに向かって二本の尾を振り下ろす。アルマスは神聖銀の手甲でその二本を白羽取りのように掴んで受け止める。
「やるじゃ、ん!!」
「がっ!!」
他の尻尾を動かしてそちらに意識を向けさせ、眼下からの蹴りをアルマスの腹に沈めた。アリサは左斜めから斬り下ろそうとして、刀に交差した尻尾を添えられる。
「くそッ!!」
「止められれば刀も怖かねぇよ!!」
仰け反ったアルマスを横目に着地しながら萩風が吼え、二本の斬撃を無防備なアリサへと放つ。ところでアリサは不敵な笑みを浮かべており、がっちり捉えられたところから“脇差”にすることで抜け出した。
「げっ!!」
「セイッ!」
「いってぇ!!!」
浅くはあるが、初めて萩風に一撃が入る。刀の長さが短いのと、萩風が咄嗟に尻尾を引いたこともあって数センチほどではあるが、刃の部分に切れ込みが入った。
「いって……そんなに痛くない?」
「知らん」
「……絶対尻尾の毛、切れてんじゃん……最悪なんだけど」
二、三歩下がって様子を見ているアルマスにも視線を配らず、酷く意気消沈した声で切れた部分を撫ぜる萩風。何百何千という種類の獣人の中でも、一際尻尾に愛着を持っている人狐族。萩風のように戦闘で酷使しているにもかかわらず、毛並みなどにも執着する様子見てアルマスは辟易した表情になる。
アルマスもそんなところがあるが、流石に人狐族ほどまでの酷さはない。そのため同族嫌悪というわけでもないが、どことなく生理的嫌悪感のようなものを抱いていた。というか露骨に気持ち悪そうにもしている。
「うわぁ萎えたーまた尻尾切られたくないしやめていい?」
「お前が決める事だろ……」
「萎え萎え……」
あまりのマイペースさにアリサが困惑しつつ、脇差から元の長さへと戻す。萩風は切れた尻尾を元の姿に戻してさすり、変な毛並みになっていないか丹念に調べている。
「嫌いだわ―神聖銀。チートじゃんチート。普段簡単には尻尾切られたりしないのに」
「はいはい流石は九尾の狐サマだこと」
「はぁ…………木行金行……」
萩風は溜息をつきながら、一部が切れた尻尾を他の尻尾と同じ姿へと変えた。アルマスとアリサはすぐ近くに位置取りし合い、相手の一挙一動を無言で観察している。
「うん……しかし弱いね君ら。ほんとに救世の英雄ってやつなん?」
アルマスはガキャッと手甲と脚甲を鳴らし、アリサも刀をだらりと下げたように構える。だんだんと日が傾いているなか、市街地のど真ん中で男達は睨み合う。
「シッ!!」
アルマスが脚部を獣化させ低い姿勢で萩風に突っ込む。そう判断した萩風が目の前に刃を置くように動かそうとして、尻尾が何かに引っかかったかのように動かないのに気がつく。
何事かと見ると、地面から生えた植物が尾の動きを制限するかのように、網目状に枝を張り巡らしていた。
「ドラァ!!」
勢いをつけた神聖銀の拳が、萩風の腹部にめり込んだ。
昨日誕生日で成人になりましたー。
レビューとは言わないけど、感想くれたりポイント入れてくれても良いのよ?(自然な誘導)