表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双神八天と九花(ここのか)の騎士  作者: 亜桜蝶々
清水クニノ求血鬼譚
123/137

篝火狐鳴・上

 女性用の部屋にと準備された大部屋。天蓋付きのベッドに突っ伏し暴れているのはシャルロッテ……と思いきや、ゼルレイシエルであった。いつものパンツルックにノースリーブのシャツという出で立ちのまま、脚と両腕を伸ばしてバタバタと暴れている。

 上着を脱ぐとプロポーションの良さも相まって、男性陣は目のやり場に困ったりするのだが、女性の仲間しか居ない部屋ではなんの支障も無い。


「ゼル姐うるさいよー」

「むー!! むむむむむーむむー!!!」

「なに叫んでるのやらー」


 部屋の中央部に配されていた机の上。大きめの缶が鎮座しているのを開くと、【流厳なる湖沼河】名物のお菓子がたくさん入っていた。お米を使った煎餅やら柿の種の米菓に始まり、金平糖やきんつばなどのあまーいお菓子。さらには小魚のみりん干しのような魚煎餅までこれでもかと入っており、それを食べるだけでも一般人なら二食分程度になりそうなほどである。マオウやシャルロッテのような大食いには、まったく足りないであろうが。


「うーん……まさかゼル姉に外出禁止令が出されるとは……」

「むぐ。シャリーちゃんきんつばいる?」

「あ、レイラお姉様、お菓子の袋を下さい。燃料にしますので」


 ばりんと歯並びの良い歯で醤油煎餅を齧りつつ、缶からきんつばの入った小袋を取り出してシャルロッテに見せるレイラ。煎餅をくわえたまま、中身の入っていない菓子の袋をミイネに手渡す。


「今はおせんべの気分」

「めずらしい」


 一瞥したもののきんつばから視線を外し、海苔付きの煎餅を取り出した。普段なら真っ先に甘いものを食べる所だが、気分が乗らないのだろう。顔合わせで率直に嫌悪感を口にするほど怒っていただけはあり、精神的に不調らしいのが様子からも見て取れた。

 その隣ではクッションの無い、堅い木製で出来た椅子に座って袋をもぐもぐするミイネが、リリアからも袋やプラスチックごみを受け取る。乾燥剤は食べられないため、手元の乾燥剤の山に積んだ。


「ゼル姉もだけど、シャリー姉大丈夫?」

「運動したーいなんか壊したーい」

「頼むから暴れて調度品とか壊さないでね……」


 戦々恐々とした声音でシャルロッテに念を押すリリア。飾られている高級な壺やら皿やらが割れたりでもすれば、めのまえがまっくらになるのは明白である。


「こうなったらゾンゾンでもいいぁー」

「ゾンビはなかなか戦えないでしょ……」

「ゾンゾンゾン……ゾゾゾゾ~ゾンビが芋を掘る~♪」

「なんすかその歌……」

「テキトーに~。芋ほりしたけど、芋がなかなかみっつからなくて~めっちゃ掘ったら埋まっちゃった~」


 世にも美しい歌声から飛び出てくる奇妙奇天烈な歌詞に、熱烈なファンであるリリアですら困惑の表情を浮かべた。ゆるいというか、阿呆っぽいというか。まともに聞いていると頭の痛くなるような歌詞である。


「……っちょっとはかまってよ!!」


 急に起き出してきて眉を垂らしながら吼えるゼルレイシエル。大声に反応して顔を一度は向けるも、すぐに視線を思い思いの方向へと戻す。


「めんどうくさい大人だ……」

「ゼル姉ってわりとかまってちゃんよね」

「んむ? 可愛いよ?」


 小首傾げながら褒められ(?)、顔を真っ赤にしてベッドに沈むゼルレイシエルである。(クソ雑魚すぎる……)などとリリアに失礼なことを思われていると、燃えやすい様に袋を小さく切断し終えたミイネが、ぐるっと首を九十度に曲げて遅れて声をかけた。

 食べながら喋りはしないものだと、その点はわりとまともなのだが。


「大丈夫ですか? 慰めましょうか?」

「ミイネが言うとヤバい意味にしか聞こえんなぁ……」

「心外です。ただ少しむn「黙って」はい」

 

 そんなところでコンコンと扉をノックする音が鳴り、レイラが周りを一度見やってから「どうぞ~」と声をかけた。その後ドアを開けて一人の女中が入って来る。


「失礼します。お食事の時間をお伝えに。六時半ごろとなるようです。何か不自由は御座いませんか? ご希望のものがあればご用意いたしますよ」

「ありがとうございます~大丈夫……だと思います」

「そうですか。何か御用が御座いましたらベルをお鳴らし下さい」

「いやぁ悪いですよぉ……何かからなにまで……」

「いえ。皆さまはお嬢様の大事なご友人ですので。こちらも仕事に精が出るというものですとも!」


 女中のそんな台詞を聞いて再びがばっと起き上がり、まじまじと女中を見つめるゼルレイシエル。顔を見て口をあけ、指を指した。


「あなた……ウチで働いてるの……!? いつから……!?」

「はいお嬢様。実は一年ほど前に。御当主様にお声をかけていただき……実は前よりも良いお給金で働かせていただいております」

「一年前……私が旅に出た頃……?」


 驚いた表情のゼルレイシエルに、照れくさそうな吸血鬼らしき女性の女中。他の女性陣はなんだなんだと顔を見合わせている。


「お元気でしたか? お嬢様。当時は……お守りできず……」

「いえ、その……いいの……良いの……!」


 ゼルレイシエルは慌てたように立ち上がり、その場で何度か足踏みをした。


「あ、あのね? 私……あれから頑張って……」

「お嬢様……」


 先ほどまで大声などを出していたが、急にその声は弱々しいものへと変わってしまう。足に力が入らなくなり、へたりと、そのまま床に座り込んだ。ただごとでは無いと察し、花の騎士一行が椅子から腰を浮かせるなか、女中が先にすぐ傍へと駆け寄っていた。


「あの……うっ…………私、あれからずっと……」

「私こそ……お嬢様のお傍に居る事が出来ず……申し訳……ございませんでした」

「いいの……当時、素直に……なれなくて、言えなかったけど……結婚、おめでとう」


 ゼルレイシエルのとぎれとぎれの祝福の言葉に、しばらくキョトン顔を浮かべていた女中であったが、やがてはにかむような笑顔になった。抱きしめたいような気持ちにでもなったのか、しかし雇い主を抱きしめるわけにもいかず両腕が宙に浮く。それを見たゼルレイシエルはそっと両腕を掴んで引き寄せ、自身の体を抱きしめさせた。


「お嬢様……!」


 女中は感動したような表情となり、着物に顔を埋めてくるゼルレイシエルの肩をぎゅっと引き寄せる様に抱きしめた。

 ところでこの部屋はゼルレイシエル個人の部屋ではなく、団体の客用の大部屋である。それはもう他の目があるわけで。リリアは片手で頬を軽く押さえ、レイラは軽くおちょぼ口になり、シャルロッテは口角が吊り上り、ミイネはヒトを殺しそうな目をしている。


「はっ!?」

「可愛いねぇ~!!」

「やめてぇ!!」


 一瞬テーブル席を見てまたすぐに顔を埋めたモノの、突如として女中を押しのけてわずかに離れるゼルレイシエル。レイラが満面の笑みで褒めたところ、当の本人は毛布を被って布団の中に逃げこむのであった。


「あんまりお嬢様を苛めないであげて下さい」

「これぐらいいつものことですよぅ。善処しますけどー」


 面白かったのかころころと笑いながら女中に答えるレイラ。女中が何とも言えない顔をしていると、あっという表情になって事務報告を行う。


「あ、そう言えばアルマス様とアリサ様がお出かけになりました」

「ほえ? なんで?」

「そこまでは……少々深刻そうな様子でしたが……」

「察した」


 リリアが一言断言すると、芋虫状態のゼルレイシエル以外の女性陣全員が頷いた。女中は首を傾げているものの、付き合いが長い(一年程度ではあるがほぼ毎日会っている)こともあってアルマスと一緒と言うのがどういう意味であるのかは明白であった。


 ◆◇◆◇


 同時刻、しだれ櫛町中縁地域。

 他の市町村と同様、外壁は視線を遮るだけのベニャ板のような壁で出来ており、やはり十メートル程度の場所に建築物は存在していない。

 目が良いアリサはそんな街の外れを見ながら、街灯にもたれてペットボトルからほうじ茶を飲む。その脇ではアルマスがヤンキー座りで街頭にもたれており、スライスされたサラミを三・四枚ほど纏めて口に入れている。


「詰んでんじゃね?」

「やっぱそうかなぁ……」

「当たって砕けろ」

「ざつぅ」


 アリサとアルマスが連れ立っている理由は、アリサの恋愛相談であった。アルマスは非常に怠そうにしているが、他に相談できそうな仲間もそういまい。


「今回の話ばかりはアドバイスしようにもどうしようもないぞ」

「やっぱそう?」

「わかってんのかよ」

「流石に……なんとなくは……」


 のどが渇いていたのか三口で飲み終わり、耐熱プラスチックで硬いはずのボトルをめしゃりと片手で潰した。伊達に鍛えていないのもあるのだろうが、心情的なこともあっていつも以上に力が入っているらしい。

 大きな音を出してはいけない外縁地域は静寂に包まれている。アリサの耳にもどこかで水道の音が聞こえるだけで、ヒト通りもごく少ない。


「長年生きてて、紆余曲折あって固定化された考え。そういうのを崩すには……」

「崩すには?」

「全てひっくり返すような、強いショックでも必要なんじゃねぇかなぁ……」


 悩ましい表情で呟かれるアルマスの意見に、アリサはなるほどと神妙な面持ちになる。


「たとえば?」

「知らねぇよ。そこはお前の誠意だろ。ヒトに頼らず自分で考えろ」

「むぅ……」


 アリサが唸って空を見上げた。午前中は晴れであったのだが今はどんより怪しげな曇り空で、季節の変わり目のためか天候の移り変わりが激しい。今にも泣きだしそうな空の下では、周囲には自分達以外の姿は見えなかった。

 が、ヴァルキュリア邸のある方向から誰かが歩いてくる音をアリサの耳が捉えた。


「ん? あ、やっと見つけたー」

「リリア?」


 脇道の角から顔を出し、アルマスとアリサを見かけたところで笑顔になるリリア。アルマスは立ち上がり、それぞれペットボトルやら食べかけのおやつをバッグに仕舞う。


「ゼル姉が部屋に閉じこもっちゃってさぁ。ちょっと手伝ってほしくて」

「別に電話で呼べばいいのに」

「ついでに外の空気吸いたくて」


 アリサとアルマスはリリアをジッと見つめた。視線に気がついたリリアは両手を頬にあてて、顔を背けた。


「なにジッと見てるのー。照れちゃうじゃん」

「お前キモいな」「鳥肌立った」

「ひどっ!?」

「面倒くせぇんだよさっさと本性見せろ」


 リリアはピタリと動きを止め、頬から手を離す。にこやかな顔から冷ややかな表情へと一転し、観察するような目で二人を睨みだした。


「もっとだませたら楽しかったんだけどナー」

「ナニモンだお前……。つか姿変えたところで、ヒトらしい匂いを感じなかったらバレるに決まってんだろ」

「歩き方の癖が微妙に違うし。そもそもリリアはそんなにぶりっ子ぶらんぞ」

「……お前らも大概キモくない?」


 アリサ達の指摘に、辟易とした表情を溢す何者か(リリア)。二人とも自分で理解しているため、その答えとして無言で神聖銀ミスティリシスをイメージすることで手元に呼び出した。


「アリサってヒトには特に用が無いので。そこの犬っころだよ。私怨があるの」

「……お前、瞬火の村に居た奴か」

「ご明察の通り。“木行”解除」


 リリアが何やら言葉を唱えるのと同時に、その姿がどんどんと変化していく。桃色の髪は黄金色へと変化し、群青色の服が白を基調とした男物のセーラー服に変わり。船長帽を被った人狐の青年の姿へと変わる。


「なんだ。女装趣味かよ変態クソ狐」

「雑魚ほど良く吠えるな。そうそう、俺さ。何しに来たかと言うと」


 アルマスは挑発しながら人狐の青年の尾の数を数え、その目がわずかに大きく見開かれる。


「木行、金行ごんぎょう。お前を殺しに来たんだ」


 九つある尾が金属製のアームの先に刃がついたような姿へと形を変化させ、どこからともなく取り出した剣を逆手に持ってアルマスに襲いかかる。


「アルマス!」

「クハハッ! 受け止められるのか! さすが万能金属!!」


 アルマスは瞬時に大盾のような形に、神聖銀の手甲を変化させて自身の身を守る。アリサが抜刀する横で、アルマスは狼の如く低音の唸り声をあげながら、目の前の敵を睨む。


九尾きゅうびの狐……!! 噂に聞く“二十七夜(にじゅうななよ)”か!!」

「おっ有名人? まぁ諜報機関なんで、余計殺すしかないわ、な!!!」


 萩風(はぎかぜ)。コードネーム白尾練狐(はくびれんこ)は、凶悪な顔で笑いながら、尻尾の刃を一斉に動かしてアルマスを吹っ飛ばした!

篝火狐鳴……火を焚いて狐の鳴き真似をする事で相手を惑わすこと。


獄炎花の騎士に化ける狐ってことでちょうど良い感じの四字熟語であった。

以下白尾練狐イメージ画。

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ