寸草春暉
「私が聞きたいのは、君たちのような若者が花の騎士であるのか。と言うことだ」
「んだと?」
「おいマオウ」
リュクロイの言葉に、マオウが思わず立ち上がって睨む。マオウにはまるで、弱いのに花の騎士なのかと嘲られているように受け取られた。
アルマスが諌めるものの、どことなく語気が弱いのはアルマスも同じように感じたからだろう。
「……どうやら誤解を感じさせる言い回しだったようだ。君達のような未来ある若者が何故、死の危険をおかしてまで戦わなければならん?」
「……何故って、それは、花々が……」
「私はヲクィス教徒などではないが、こと花の騎士という問題については神獣を懐疑的に思う。私と妻の大事な一人娘が、どうして危険な目に合わなければならない」
アリサが小声でつぶやいたのもつかの間、リュクロイは己の思いを出来るだけ簡潔に吐き出した。
一家の長であり、親である存在の疑問にすぐに答えることが出来ず、花の騎士達全員が押し黙る。花の騎士達は“親”では無い。いまだ“子”であり、親が子を想う気持ちなど知らなかった。
天の花々からの天命では納得できないのだ。俗に言う頭ではわかっていても心では納得できないという現象で。
「ゼルレイシエル、帰って来なさい。君達もクニへ帰るべきだ」
「父上!!」「あなた」
「君達の事情は私は知らない。だが、世界の為などという負担の多大な事の為に命を賭す必要はあるか? ヒト任せと批判されようと、戦って暮らす者が戦えば良い。私は戦う能などないのに、酷く独善的だろう。あぁ、だが。娘や家族を守る為ならば、神獣に敵対し、日の下にも出る覚悟はある」
リュクロイは言いたい言葉を吐ききり、身に纏う着物の裾を直す。背中の蝙蝠のような翼が家族を囲って守るかの様に一度大きく開き、再び小さく纏まった。
日光に当たった吸血鬼は死ぬ。リュクロイの言葉は死ぬ覚悟もあるという表明である。
ゼルレイシエルの母も、リュクロイの言葉を止める様に語りはしたものの、視線はどことも言えぬ床を見ていた。
「……俺が死んだとき、両親は既に他界していました」
「そうですか……それは……」
沈黙を破ってアリサが紡ぎ出した言葉は、リュクロイから謝罪の意識を引き出す。しかしアリサは首を左右に振った、
「謝る必要はないです。けど、故郷に居場所も無いし、俺は。旅を続けますよ」
「戦う以外のことで、他の場所で暮らせばいい」
「戦う術を失くした男に価値なんてありますか?」
「……なるほど」
アリサは戦いの術しか持たない。
戦いの基礎も、戦うエネルギーも無い。だからアリサは、ゼルレイシエルを一瞥して、己が拳を強く握りながら問いの答えた。
「私達吸血鬼は、非常に弱い種族だ」
リュクロイは、自嘲気味に語る。吸血鬼と思しき使用人たちは同調するように小さく頷いたが、他種族出身の存在には奇妙な語りであった。
「そんな馬鹿な……強大種族と聞かれて、龍族とも並べて語られるような存在が……」
「弱いだろう。日を浴びれば焼かれ、水に触れれば溶ける」
アルマスの異議に、リュクロイは致命的な弱点をあげる。それでも納得は出来ず、強力な種族と呼ばれる所以を述べた。ゼルレイシエルの様子を気にするように一瞥しつつ、だが。
「吸血鬼は、鬼にも匹敵するとされる怪力に、猛禽類系種族にも迫る高度まで飛べる翼、霧のような姿になる魔法……それと……」
「血を吸った死体を操る魔法かね?」
「……はい」
「気にせずとも良い。ソレで疑いがかけられたのも過去の話だ。しかし君は詳しいな」
「ええ……生き物の知識は、それなりには」
リュクロイの褒めるニュアンスの答えに、アルマスは曖昧に頷いて、ゼルレイシエルへと視線を向けかけたものの、なんとか抑える。
言葉には出していなかったものの、アルマスはゼルレイシエルについてどこか怪しんでいる節があった。
(公爵の反応から本当にある能力だとして……ゼルシエさんが太陽の下に出られるのはいったい……)
「吸血鬼の個体数が年々減り続けているという話は知っているかね」
「それは……はい」
「吸血鬼に限った話でなく、耳長人、黒耳人、人亀、人狐、人象、多頭竜、白鶴目、等。あらゆる長命種の数が減少し続けている」
ここ百年における、黒花獣出現から生じた社会問題の一つ。都会における短命種族の急激な人口増加と、反対に数が減り続ける長命種族。
技術革命により生活の質が上昇したため出生率が増えたが、毎日どこかで黒花獣に殺されるヒトがいる。そのため世界的に見れば人口は減り続けているのだが、都会というものは比較的安全であった。そのため人口が減ることなく増え続け、人口過密に伴う土地代の上昇などと言った現象が起きている。
一方で長命種族はじわりじわりと、時折急激に数が減っていた。長命種族は寿命の長さの為か繁殖能力が相対的に低いことが多く、黒花獣によって一人の命が失われるだけで種の保存では大きな損失が生じるのだ。
「樹人族……」
「……そう、絶滅した樹人族も、長命種だ」
事実、黒花獣そのものだけが要因ではないが、大和においては絶滅してしまった長命種族もあった。樹人族と呼ばれた、樹木と一体化した人間のような姿をした種族で。生まれた場所から動くことのできない彼らの最期は、誰も見ていなかった。
「別に私は種の保存の為に、ゼルレイシエルに子供を産めなどとは言わん」
「ちょっと何を」
「私の願いは、愛娘が平和に安心して暮らして欲しい。それだけ。ただそれだけだ」
リュクロイは再度自分の気持ちを語り、冷めた紅茶を飲み干す。花の騎士達は一連のリュクロイの話を聞き、彼に対する共通の認識が出来ていた。
端的に表現すれば頭が回る頑固親父というところであった。リュクロイの指摘はもっともで、同意するところもあるのだが。いかんせん一辺倒の主張で、周囲の意見を聞き入れる様子が無い。
「ばーか」
「……シャルロッテ?」
「馬鹿じゃん!!」
「俺は知らね」
シャルロッテとレオンの二人が声を荒げ、気怠そうに一人ごちた。
「親のクセに子供のはなし聞かないとか、ただの馬鹿じゃん!」
「ふむ」
「夢ある存在を応援しない? ほんとに親かよアンタ。俺の両親は小さい頃に死んだが、小さな夢でも応援してくれたぞ」
「……そうか」
中学期の存在にも見える二人が、抗議として牙を向いた。二人の中にある“良い親”との姿とのかい離が激しく、反抗心が生じたのだ。
「俺は反抗期ってのしらねーけど、こういうことなんだろうなと思ったぜ」
「なんか……ゼルシエちゃのお父さん嫌い……」
良くも悪くも率直な二人は隠す様子もなく嫌悪を口にする。それらを境に他の花の騎士達からもピリピリとした警戒が滲み出て、応接室内の雰囲気が徐々に怪しくなっていく。
「反抗期、か。子供の願いを聞くべきという風潮があるが」
「クソ喰らえって?」
「いや。そこまでは思わんが。だがソレを逆に考えたとき、なぜ子供は親の願いを尊重されない?」
「屁理屈だろ」
「屁理屈だ。だが犯罪を願ったり危険なことを願っているわけでもなく、むしろ逆にも近い。」
リュクロイは花の騎士達から視線を外し、ゼルレイシエルを真っ直ぐに見つめた。場の異様な空気に右往左往していたゼルレイシエルは、父から出てきた発言に思考の全てを持って行かれる。
「ゼルレイシエル。見合いをしなさい」
「……は?」
「相手は今選出している」
「ちょっと」
ゼルレイシエルだけでなく、花の騎士全員に衝撃が走った。なかでもアリサの表情は唖然そのもので、真っ白と表現できるほど思考が停止している。
「お前を守れるだけの“強い”男を選んでいる」
「いやよ……絶対に嫌」
「戦いたいのか?」
「……そ、ではないけど……ちがうの、嫌です父上。私は見合いなんかしません」
父の問いには言葉を濁しつつも、ゼルレイシエルは立ち上がって体を震わせながら己が気持ちを吐き出す。
「反抗するか」
「そう……わ、たしは……反抗期になります。父が押し付けるならば、私に断る権利もあるはず」
「ゼルシエ……」
「私の気持ちなど考えなくともいい。だが、ゼルシエ。“戦いたくない”という意思が少しでもあるならば、見合いは後回しにしても、絶対にこの館からは出させん」
「そんな、父上!!」
父の宣言に絶望したトーンで叫ぶゼルレイシエル。母を見れば俯いており、本心では娘が心配で仕方がないのだろう。
花の騎士達は横暴だと一気に体を緊張させ、ただ黙していたミイネも体内の銃器をキリキリと鳴らす。アリサが居てもたってもいられず、眉間に皺を寄せながらリュクロイに詰め寄りつつ叫ぶ。
「いい加減にしたらどうなんですか!! 親だからと言って子を拘束する権利があるとでも!?」
「貴方こそ黙っていただきたい! 吸血鬼がどんな存在かを全て知っているのか!!? “我々が子供を守る為に、吸血鬼間だけで伝えている口伝”すらある!! 強き種族だとレッテルを張られ、妙な恨みすら買う! 強いだと? “流水に弱い我々が、何故河川ばかりの【流厳なる湖沼河】で暮らしている”と思う!!」
アリサの胸倉を掴み、感情のままに叫ぶリュクロイ。種族ゆえの葛藤と、鬱積が洪水のように流れだし、胸倉を掴む右手が、ブルブルと大きく震える。
「長い命の我々にとって、一瞬とも言える我が子の成長の姿が、どれほど大事で守りたいものであるのか!! ゼルレイシエルはとりわけ成長も早く、成長を見つめていられる時間も短かかった。君達の親に、花の騎士である。旅に出ると告げ、親は悲しげな顔をしていなかったのか!!? 私達夫婦からすれば、その数十倍も数百倍も胸が張り裂けそうな思いだった!!」
ありったけの大声で叫んだあと、「クソッ……」とリュクロイは悪態を付きながら、力なく胸倉から手を離した。
静まり返った室内で、リュクロイは元のソファへとうなだれる様に座り込んだ。
「レッテル張りには慣れている。君達もゼルシエも使用人も私をなんと言おうが、意見を曲げるつもりは無い。すまないが私と家内だけにしてもらえないだろうか……夕食は私は席を外そうと思う。安心して食べてくれたまえ」
☆
夫婦だけになった室内で、リュクロイは妻の肩に頭を埋めながら、深く息を吐いた。
「私は……戦う力が無いから……こうしなければ、あの子を……」
「……スイエン様がきっとあの子達を守ってくださいますよ……」
父は男であるから泣かないものの、バサリと、羽を伸ばすかのように翼を一度だけはためかせた、