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双神八天と九花(ここのか)の騎士  作者: 亜桜蝶々
清水クニノ求血鬼譚
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機嫌気褄・上

 ある木の傍で獣が戯れに殺し合った。

 片割れの血が樹木に飛び散る。


 木には一匹の別の獣が暮らしていた。獣は血のかかった果実を喰らう。

 甘露である。甘い。甘い。

 甘い。

 獣は血の味を覚えた。しかし獣にとって血の味とは禁断であった。


 獣は賢い。

 足元からでは己が踏みつぶされることを知っていた。故に獣は長き月日を耐え忍び、翼を得た。

 皮を貫くための牙も得る。

 そして獣は空に舞った。


 獣は悩める獣に忍び寄った。悩める味である。

 獣は勇敢な獣に忍び寄った。ほろ苦い味である。

 獣は歓びの獣に忍び寄った。甘辛い味である。

 獣は怯えた獣に忍び寄った。おぉこれこそ甘露である。


 獣は恐怖を煽る。

 暗闇に潜む事を覚えた。太陽は獣を見限った。

 水の全てを血で補うようになった。河川は獣を見限った。


 血は獣に力を与える。

 それは怪力無双であり千変万化の魔の力である。


 闇夜に棲む魔の獣はシェイドに見入られた。

 かくして魔の獣はウィル・オ・ウィスプと対立し、光と決別した。

 血無き屍を重ねる魔の獣はノームに見入られた。

 かくして魔の獣はウンディーネと対立し、水と決別した。


 魔の獣はヒトと為る。

 その力で暴虐を振るい、夜の帳の中で皮膚に牙を突き立てる。

 ヒトビトはその姿を。悪鬼、と恐れた。

 血を吸う悪鬼。とかくその姿は醜悪であった。



      民間伝承・吸血鬼の進化(正式題名不明)より


 ********


 しだれ櫛町の住宅街をバスがひた走る。

 海沿いの辺りに位置する加賀峰かがみね市に比べると、流銅ながれ市に近いためか和風建築物の割合も非常に多い。加賀峰市では洋風と和風の割合は半々と言ったところであったが、しだれ櫛町は七割を超えるだろう。


「なんだあれ……」

「何が?」

「葉っぱの上に壺と櫛が……」

「あら。もうそんな季節だったの」


 意外と言った表情でアリサの疑問に答えるゼルレイシエル。

 アリサが見たモノは束になったイネの葉っぱの上に壺を置き、その上に木製の櫛を飾った妙な物体。それが全ての家では無いものの、多くの家の玄関先に置かれている。

 ゼルレイシエルの言葉からすれば何かの年中行事のようであるが、アリサには思い当る出来ごとが無く、ただ首を捻るのみであった。


「知らない? 八頭竜王やずりゅうおう攻常戦王こうじょうせんのうの一騎打ち伝説」

「いやそれは知ってるけど……ん? しだれ櫛の櫛ってそういう意味?」

「クシナダヒメに由来してるわね」


 八頭竜王と攻常戦王の一騎打ち。

 一人の美しい、櫛職人の娘をめぐって行われた戦い。愛の物語としても痛快な戦いの物語としても、大和で創作物語の題材としてよく扱われるもの。かつて能楽などでは一、二を争う程の人気話であった。


 街で一番の美人と噂の櫛職人の娘、クシナダヒメに惚れた攻常戦王。すぐに求婚を申し入れたモノの、すでに別の地域の王である八頭竜王が求婚をしていた。クシナダヒメと両親にはどうすることも出来ず、攻常戦王は八頭竜王に決闘を申し込む。勝った方がクシナダヒメを妻に貰う。そんな約定の決闘の末、攻常戦王が勝利し、クシナダヒメを妻に貰う。


 戦いの舞台とされる土地はまた別の場所にあるが、物語の要となる女性、クシナダヒメが生まれ育ったとされる町。それがしだれ櫛町であった。


八岐大蛇やまたのおろちに関係してるだぁ?」


 ところで二人の会話を聞き取って急に立ち上がるマオウである。前の席に座っていたリリアとマロンは、急に背もたれが動いたことに驚き、抗議の声をあげた。


うわっ急に立ち上がるのやめてよ」

「わりぃ「素直」


 使用人に座ってくださいと促され、マオウは小さく舌打ちをしながら座椅子に腰を降ろす。


「八岐大蛇ってこたぁ、あのイネの葉で模してんのか? あのシーンを」

「そうね。この辺りは昔から蛇に噛まれるとかの被害が多くて、それを防止するっていうことでね」


 ゼルレイシエルはなんともいえず言葉をぼかしながら、マオウの説明に答えた。故郷の風習を悪く言いたいわけではないのだが、他地方のヒトの居る所で堂々と語れるようなモチーフの出来事では無い。いや出来事自体はよくあるものだが、登場人物の立場が語りにくさを生み出していた。

 出来事を把握しているらしいアリサやマオウは、言外にあるゼルレイシエルの言葉の意味を察したのか頷いている。


「なんで蛇多いと笹飾るの?」


 とまぁ案の定飛んでくるシャルロッテのなんで攻撃である。普段は疑問に答えるのもやぶさかでは無いのだが、飛んできて欲しくない時に来るのがこういう類のものであった。


「それはその……」

「わけわからんー」

「あとで教えるから」

(八岐大蛇は蛇の王だから、それが負けた出来事を模せば蛇が逃げるとか……他の地方のヒトの前で大声で言えないわ)


 流石に迷信的なものが過ぎる風習を大っぴらに語る気にはなれず、ゼルレイシエルはわずかに口を噤んだ。


 ☆


 隅々まで舗装されている住宅地の道路を走っていると、不意にバスが徐々に減速を始めた。


「うわマジか」


 運転手から心底嫌そうな声が思わず漏れ、バスが停車する。何が起きたのかと、乗客たちが思い思いに通路側からフロントガラスを通したり、窓に張り付いて前を見たりして前方を窺い、何とも露骨に嫌そうな顔になる。


 そこには公道の真ん中に陣取り、住宅地だと言うのに大声で叫んでいる集団が居た。水色の旗を手に持った老若男女が思い思いに叫んでいる。


「神獣による独裁反対!!」

「神を名乗る化け物を許すなー!!」

「独裁者を監獄に入れろ! 今こそヲクィス様と共に真の自由を手に入れるのです!!」

「悪魔と契約し、不死を手に入れた怪物を討滅せよ!!」


 国家転覆を促すような言葉を声高に唱える者達。


 「犯罪組織」「テロリスト共」「度を超えた馬鹿」「大和の汚点」等々、散々な言われようをしている水色の旗の集団こそ、正体不明の存在であるヲクィスと呼ばれる者を教祖とする宗教団体。“ヲクィス教”であった。

 大和の都会地域に現れては公道を占拠するなどの迷惑行為を行い、神獣の弾劾や暴言などを吐き散らす。天の花々を信仰しつつ神獣を批判する、という宗教は他にも見られるものの、ヲクィス教ほど過激で反社会的極まりない存在は大和全土でもそうみない。中央神獣院からは要注意団の烙印まで押され、誰かしらの神獣を信奉しているような一般人からすれば、端的に言って頭のおかしい存在であった。


 エキドナでも二、三度ほど彼らの活動を見かけた程度の花の騎士達ですら、思い切り顔を顰めている。


「すいませんお嬢様。お客様……今通報しましたからしばらくすれば警察が来ると思いますので……」


 頭のおかしいヒトとは付き合わない方が良い。暗にそう言う意味合いも含んで、ヲクィス教が邪魔な場所で集会などをしていた場合はすぐ通報することを推奨されている。

 運転手が無線機器を通じて警察組織に通報し、停車させた状態で立ち上がるとペコペコと乗客たちに頭を下げた。携帯端末で【流厳なる湖沼河】の条例を、フリック操作でスススッと文字入力して検索しながらアリサが呟く。


「【流厳なる湖沼河】じゃ、大声で騒ぐような行為は捕まるんじゃ無いっけ」

「えぇ。外縁地域じゃないからそこまで高くは無いけど、捕まれば罰金が課せられるわね」


 腐死者ゾンビは“ヒト”の出す音に反応する。無人で動く機械などには反応せず、ヒトの声や直接触れて発する物の音にのみ反応を示すのだ。一定の音程などではなく、どんな音であってもヒトの発するモノにだけ反応する。

 【訪神の荒野】地方の黒花獣、アクジキが目も鼻も無いのにヒトを認識しているような、何かしらの力が作用しているのだろうと言われている。


 大和を支える米作りは腐死者のそんな特性を利用して無人トラクターなどを使うことにより、ある程度危険性を排除するなど。ありとあらゆる工夫と生産者の命がけの努力によって、上手く生産量をキープしているのだった。日々農家への感謝を忘れてはいけない。


「……ゼルシエんところの料理大丈夫なのか……不安だ……」

「なんで?」

「不味かったりしたら食えねぇし俺……」

「心配そこ……」「というか聞こえてるわよレオン。普通に美味しいから安心して」

「米は美味いがおかずが微妙ってのもあり得るし。不味いのはほんと」

「御託は良いのでレオンさん的に不味くても食べて」


 レオンはレイラに冷ややかな声で怒られると、怒られた幼児のような何とも言えない困り顔になる。バツが悪そうに視線を反対側に向け、バツが悪そうに答えた。


「わかってる……冗談だっての……」


 ほんの冗談のつもりでレオンは言ったが、本気で怒られてしまう。そんな光景が微笑ましいやら面白いやらでゼルレイシエルや、レイラの隣に座っていたリリアがクスリと笑うのであった。

 農家と料理を用意する人には日々の感謝を忘れてはいけない。 

第二次選考は惜しむらくも落選となりましたが私は元気です。続きは書いていきますよう

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