珍味佳肴・下
「な に」
「こ れ」
しだれ櫛町に到着した花の騎士一行の前に現れたのは巨大な鉄の塊。側面をガラスの窓に覆われており、巨大な車輪が四つ付いてその大きな体を支えている。形としては立方体で、高さは三メートル半はあるだろう。
「……なにって、バス?」
言うところのバスであった。座席数二十程度の小・中規模のサイズ。ミイネもなんとか乗れるであろうサイズで、運転手と幾人かの女性に一行全員がバスの中へと押し込まれそうになる。
「…………俺ぁ乗らねぇぞ」
「ちょっ……っと! 乗ってください!! ねぇ!! っぜんぜん動かないんですけど!!」
「これ私大丈夫なのでありますか? ……あの、申しわけ御座いません。私お姉様達一筋でして。皆さまのご期待には」
「何言ってるんですかこの女性!! 怖い! というかピクリともしな……!!」
てこでも動かないマオウとミイネの重量級コンビ。それぞれ女性二人ぐらいが背中を押しているが、一ミリも動いていない。
「どうしたのよこれ。なんでバス?」
「当主様からの命令でして……お嬢様達を迎えに行けと……」
「徒歩でいいわよ別に」
「い、いけません!」
着物を着た使用人がゼルレイセルに駆け寄り、バスに乗るように促す。あくまで雇われる側の彼女達は、雇い主であるゼルレイセルの父親には逆らえないのだ。
「お嬢様? ゼルシエさんは凄い家の生まれなんじゃがだべ?」
「じゃがだべ……?」
「うん。良いとこのお嬢様らしいですが……そういやアンネさんはこれからどうすんですか?」
「ん? 皆さんが次移動するまでその辺の宿にでも止まっとくでありんす」
なんとなく周りの流れに従って、使用人の誘導に逆らって静止状態になるリリアと、のらりくらりと使用人たちを躱すアルマス。というか二人はバスというものを初めて見たため、会話などをしつつジロジロと危険だったりしないか観察をしていた。
アリサとシャルロッテも初めて見るためか、比較的素直にバスに近付いたものの「ちょっと見して!」などと願って、様々な方向から至近距離で観察していた。子供か。
「……あれ? そう言えばレオンは?」
「レオン様……もしやあのお子様ですか? 真っ先にバスに乗られました」
「レオン…………」
なんとなく自分の脚で歩いて家に帰りたいと思っていたのだが、一行で一番の面倒くさがりは真っ先に送迎車に乗り込んでいた。個人的なわがままで躊躇しているだけなものの、ここまで期待を外さないめんどくさがりムーブをされると若干の落胆があった。
「俺は乗らねぇつってんだろ!! 誰がメタルスライムみたいな化け物に乗るってんだ!!」
「メタルスライムってうっそだろお前」
「あぁ? あんなクソデカくてうろちょろ動き回るとかスライム以外の何があんだよ?」
「俺とかリリアならともかく、【横断原】出身でその発言って何世代前のジジイだよ……」
マオウの発言に調子を崩し使用人に捕まるアルマス。マオウのある意味キレのある機械嫌い発言で思わず呆れたようである。自動車に限らず列車すら走っているのが、マオウの出身地である【海陸の横断原】地方だ。携帯端末やらパソコンを毛嫌いするのはともかくとして、まさかバスを黒花獣と混同するとは誰も思うまい。
アルマス以外にもゼルレイシエルや、その周囲にいた使用人などがドン引きしていた。
「あ、あのぅ……」
「ほ、本物のレイラさんですか?」
「……なんかこっちだと顔が知られてるなぁ……」
ファンらしき使用人の一人に絡まれ、ぬーんとした表情で困った声を出すレイラ。名前を言われた影響か、他の使用人だけにとどまらず、周囲のヒトビトからもわずかに視線を集め始める。
「タイヤでけぇなぁ」
「なにこれ。なんだこれ」
「好き好んでメタルスライムの中に入るやつがどこに居るってんだ!!」
「だからいつの時代から来たヒトだお前は!」
「この状況はいったい……」
誰もかれもが我の強い花の騎士。それだけに騒ぎも段々と大きくなり、周囲からの視線が突き刺すような辛いものになってくる。船旅疲れで変なテンションになっているようで、それを見ていたアンネがコロコロと他人事のように笑っていた。実際他人ではあるが。
ゼルレイシエルは惨状を眺め、茫然と見ている使用人を横目に眉を顰める。
「いい加減に、しなさい!!」
辺り一帯響くような本気の怒号。花の騎士達や使用人だけにとどまらず、関係の無い観衆ですら思わず体を跳ねさせる。アルマスなどは獣化時に怒られた時の如く、反射的に首を竦めたりなどしていた。
「はぁ……良いから、もう、みんな乗る」
「俺は「マオウもいいから乗りなさい。レオン乗ってるって言ったでしょ何も無いわよ」……おう」
ビッとバスに向けて指を向けながら冷徹に語るゼルレイシエル。伊達に冷静の感情を司る天使、アクア・エリアスからの加護を貰っているわけではないのか。迫力こそアリサの怒り方には劣るものの、冷徹に告げられる声には有無を言わせない鋭さがあった。
使用人は乗って貰えれば文句は無いためすごすごと引っ込んでいき、ミイネをバスを指さすことで誘導しながら、一人取り残されたアンネの方を見た。
「うぉっ!? 私はなんにもしてないじゃんね!?」
「え、あぁそうじゃないです! 我が家に泊まりませんかって……」
「我が家? ゼルシエさんとこ家?」
「はい」
「あ~……」と曖昧な表情のアンネ。先ほどキレた人物で、そこまで深い間柄でも無いジン物から誘われればそうもなるであろう。
「三食付宿泊無料……」
「!?」
ゼルレイシエルがボソッと呟いた言葉に、露骨に反応するアンネ。しかし一日にかかる金が三千ルク四千ルクもかかると考えれば、それらすべてが無料と言うのは魅力的も魅力的だろう。
さらに念を押すかのように右手の人差し指を立てたあと、続けて中指を立てながらセールスを続ける。
「我が家は名家なので食事も贅沢なものが食べられるでしょうし、ベッドもふかふかです」
「お、おぉ……」
そして薬指を立てながらダメ押しをする。
「我が家は十英雄“蒼鷹繰る吸血公”。リュクロイ・ジン・ヴァルキリーの血を引く家系ですので。周辺地域の有力者にコネがあります」
「行く!! 絶対行くわ! 涅槃に墜ちても行くぜよ!」
「涅槃って……ともかく、歓迎いたします」
先ほどとはコロリと打って変わって随分乗り気なアンネに対し、両手を打って歓迎の意を示すゼルレイシエルである。
アンネに無駄な出費をさせるのもどうかな。という配慮もあったが、ゼルレイシエルにはもっと別の思惑もあった。
◆◇◆◇
「当主様。もう十分ほどでお嬢様方が到着する予定です」
「……わかった」
カーテンの閉め切られた部屋。外は真昼間だというのに、天井の電球で部屋の中を明るくしている。
若い男性吸血鬼に返答するのは、常闇のような黒さの髪を短く切りそろえた若い容姿の男。切れ長の蒼い瞳の先には、蝙蝠のような羽を持つ鷹の紋章があった。
「花の騎士」
背中に生えた蝙蝠の翼がわずかにはためき、男は苦虫を噛み潰したような表情になる。
「何故そんな危険なことを……」
そして男、“リュクロイ九世”は机の上に置かれた紙の束を再び手に取る。職業、年齢、経歴、そして顔写真の貼られた紙。その端には“種族・吸血鬼”と、赤い文字で描かれていた。
「あの子を守れるような男はどれだ」
男は見定める様に、紙の隅から隅へと目を通す。




