珍味佳肴・上
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大和の発展を語るには輸送革命を忘れるわけにはいかない。
今や生活の中に溶け込んでいるSTMカプセル。
収納した物の鮮度や状態を高度に維持し続け、ごく小さな容器に数十倍もの体積の物体を取り込む。
それまでは輸送コストに悩まされていた生鮮食品でも、採れたてそのモノの状態で、大陸の真反対まで運べるようになった。
STMとは「“S”torage and “T”ransport “M”agic “capsule”」(保存と輸送用・魔法カプセル)の略称であり、アマノマテクノ社が人間との共同開発で作り上げたものである。
アマノマテクノ社が特許を取り、それをもとに様々な企業が独自の規格のSTMカプセルを製造している。
一般的にはSTMカプセルではなく、単にカプセルと呼ばれているこの道具。使い捨て式の物から指紋認証などのついた高級品タイプなども開発され、ヒトビトの生活には欠かせない物となった。
全世界へ波及したこの技術がどのように開発されたのか。その発想の種となったのは、人獣族の持つ獣化魔法であった。
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『大和発展史8~ヒトを活かす現代技術~』より一部抜粋
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しだれ櫛町。商店街の立ち食いそば屋。
真っ白な服を着て、勢いよく蕎麦を啜るのは、真っ白な髪を左右でまとめた女性。お供には幼い双子の子供が一杯の温そばを分け合って食べている。隣には青々とした毛並みの人狐族がきつね蕎麦を食べていた。
「お蕎麦美味しい」
「久しぶりに食べました?」
「ここ二、三年食べて無かったかも」
「奢りますから、食べれたらお代わりもどうぞ」
「ありがとう、大丈夫」
まぁ何を隠そう、破邪の騎士ことハナと蒼尾月狐こと篠生 萌華である。二人仲良く並んで蕎麦を啜っており、なんだかんだと仲が良さそうに見える。
「あと一ヶ月だっけ? 例のあれ」
「そうですね……問題はあのヒト達がどんな決断をするかですが」
「あんまりそういうこと、あの子達にさせたくないんだけどね」
「どこから目線ですか……」
温そばに七味唐辛子を入れながら溜息をつくハナ。カツオ出汁に七味の香りが加わり、さらに食欲をそそる。無料の薬味としておかれている刻みネギを器の半分ほどにたっぷり乗せて、ネギと七味の風味が混ざった部分を、前に垂れてくる側頭部の髪をかき上げながら大きな口をあけて頬張る。
ネギの辛さと七味の辛さが蕎麦の強い香りと調和し、つるりとした食感のなかにシャキシャキとした食感がアクセントになる。
「あったかい」
「普段果物とかでしたか? 動物達が分けてくれるとかなんとか」
「えぇ。果物は好きだから全然問題はないんだけど。そもそもあんまり食べなくても良いし」
ズズッと汁を飲んで、ほうと息を吐く。横では双子が交互に蕎麦をすすり汁を飲み、ハナの様子を見て真似をして大きく息を吐いたりしている。ちなみに双子は子供用の高い椅子に座った状態である。ヒトの少ない時間帯である為、その程度の融通は利く。
「あのヒト達に決断させたくないなら、ハナさんが“賛成”に票を入れてくださればそれで済む話ですよ」
「いや。私はそんなこと決められる立場じゃないし」
「もう頭固いんですから……」
なんとなく眉を顰めながらあぶらげを食む萌華。口に入れると汁を吸ったあぶらげから、濃厚なうまみが溢れだし、萌華の耳が密かにぴんと天井に向かって伸びる。
実は萌華も初めて来る店で、ネットの評判を見て訪れた店であったが。正直流銅市にある行列の出来る蕎麦屋よりも美味しく感じていた。
(こう、都会だからと無条件になんでも一番良いってわけじゃないのよね)
今度裏羽でも連れて来ようなどと考えつつ、仕事の話を続ける。
「だって角王様とか議長様の意見変えられないでしょう」
「それぞれ記録と仲裁の神獣だし、仕方がないんじゃ?」
「だからハナさんにお願いしてるんです」
「私は神獣じゃないって」
最後の一本をつるんと飲み込み、割りばしを器の上に乗せたあと両手を合わせて「ごちそうさま」と呟くハナ。再度ありがとうごちそうさまと萌華に向けて話かけ、萌華は軽く会釈する。
「はぁ……ほんと、あのヒト達が賛成多数なら確執もある程度落ち着きそうなものですが……」
「長いね。もう千年近いんじゃ」
「奴らが大人しくしてるならそもそもここまで拗れてないです」
「…………」
疲れたように呟かれた萌華の言葉に、ハナは何も言わずに双子の口元を拭ってやる。何か思うところのあるらしい表情ではあるが、“狐と鼠”の確執は知っているため、ただ口を噤むだけであった。
狼と狐の確執は種族的にソリが合わない故のものだが、狐と鼠はそれぞれの立場と過去の関係性による複雑なものである。
「あの子達を納得させられるような証拠とかあるの?」
「えぇ。勿論。政治的中立であっても、賛成派に出来るでしょう」
「そう……」
双子と萌華がほとんど同じ時に食べ終わり、三人とも両手を合わせて「ご馳走様」と呟く。萌華がハナの顔を見たため頷き、ハナは双子を椅子から降ろして、萌華は会計のためにカウンター越しに店員に話かける。
店の外に出るとさあさあと雨が降っていた。ハナは肩にかけたバッグから折り畳み傘を二本取り出し、一本を双子へ、もう一本を遅れて出てきた萌華に渡した。
「あ、ありがとうございます。……ハナさん要らないんですか?」
「私は雨に濡れるの好きだから。風邪はここ百年ひいたことないし」
「不病不老不死でカミとも対話が出来る……やっぱり神獣じゃないですか」
萌華は傘を差しながら渋面で言った。
ハナは二、三歩歩いて軒下から雨のなかに踊り出て、彩しく笑った。
「神獣だったら、こんなに自由に話すことも出来ませんよ」
「それはハナさんが許可してくだされば良いだけの話です」
萌華はハナの傍へと寄り、二人で笠に入るように、笠を持つ手を差し伸べる。二人とも全身が入ってはいないものの、どこかおかしく感じてクスクスと笑った。
双子がそれを見て傘を慌てて仕舞い、ハナにかけよって足元に抱き着く。楽しげな雰囲気に吊られたのだろう。雨に濡れて男の子の方がくしゃみをしたのを見て、ハナと萌華はさらに笑った。
「はぁ……久しぶりに声を出して笑ったかも」
「それはなによりです。普段難しい顔ばかりされてますし」
ハナの独り言に、萌華はヒト当たりの良い笑顔を浮かべる。
「難しい顔と言えば、白尾……いや、萩風と会うたびに嫌な顔されるのだけど」
「萩風は仕方がないです。飄々としてますけど、アイツ一番十尾天狐様に心酔してますから。裏羽も、大概ですけど」
「……“聖女”十尾天狐。なんだか男性だけ特に心酔してない?」
「十尾天狐様は素晴らしい方なのは間違いないですし、単に男性は忠誠心が強いということじゃないかと」
「なるほど」とハナは納得したように頷く。実際、男性というものは愚直に一つの対象を信じる傾向はあるなと、経験則からして理解出来た。勿論記憶の中の男性の知人も、そのような性格では無い人物もまた多く居たが。
「十尾天狐……たしかに、上手くやってると思うよ。元々政治向きの性格じゃ無かったって聞くけど、黒花獣が出ても特徴を調べ上げて対処してるし」
「ふふ。そうでしょうね。先代の世代ですけど、私達の組織が手足となることで十尾天狐様をお支えしてるわけです」
「街をベニャの壁で囲って、地面を定期的に固く締めることで実質的に被害を軽減……とか、ほんとに良く考え付いたと思う」
敬愛する上司が賞賛されて嬉しいのか、萌華の尻尾が右に左に揺れている。諜報機関のわりにちょろくないかな?とは思いつつも、話がこじれそうなため口には出さない。
「……まぁ、“愛染鼠”に関しては、私は干渉しないけど。望む方向に進むといいね」
「まったく本当に」
「……“神獣の政治・統治権はく奪”、か。シャルロッテ、どうするんだろう……場合によっては、合流を早めるべきなのかな」
自身の仲間である秘色の髪の少女の姿を思い浮かべながら、ハナは心配そうに一人ごちた。